第4話 商会との打ち合わせ

 雫状の石は短い鎖が通されており、ハンドバックやあるいは腰ひもにつける小さなチャームのようにも見えた。


 メイは雫状の石を指でつまんでながめ、部屋の灯りに透かしたり、バルコニーまで歩いて行って太陽光に透かしたりした。


 「情報ギルド」というのは物語の中で、アイシャが公爵とのうわさを操作するのに使った機関だ。

 そこの封筒に石だけ入っていた。

 気になるが何をどうすればいいのかさっぱりわからない。


 なんとなくだが、あーっとメイは石に声をかけてみた、すると、

「はい、こちらギリー商会です。この番号は聖女アイシャ様ですね」

 石から声が聞こえてきた。


 ちょっとびっくりした。


 伝達用のものだったらしい。しかしギリー商会という名は初めて聞く。


 それにしてもメイドたちが皆席を外している時でよかった。

 あわあわしながら石に向かってしゃべっている様など怪しすぎる。


「あの、この石が情報ギルドと書いた封筒に入っていたのですが」

 メイは尋ねた。


「少々お待ちください。そうですね、アイシャ様は以前、こちらの情報ギルドと面談をされています。その時には詳しいことは決めず後日また打ち合わせ、と、なりましたので、伝達用の石をお渡しいたしました。石にはそれぞれ番号をふっておりますので、こちらに連絡が来た時点でどなたかはすぐにわかるようになっております」


 番号をふっている、どこに?


 メイは石を指でひっくり返して見てみたが、番号らしきものは見て取れなかった。


「そちらではわからないことはなんでも答えていただけるのですか?」

「はい、調査の依頼があれば何でもお調べいたします」

「う~ん、では女性が銀行口座を作るのは本当に不可能なのでしょうか?」

「はあっ?」


 ギリー商会側は絶句した。


 わからないことといっても、子供が電話相談で聞くような内容を受け付けるところではない。


 メイだって、ちょっと場違いな質問だったかもと思わないでもなかったが、そもそも彼女はこの世界を知らない。知りたい疑問をだれにぶつけるのが適切かということすらわからない。だから手当たり次第にとりあえず聞いてみよう、と、いう意図のもとダメもとで聞いてみたのだった。


 子供のような所業だ、しかし、今のメイのこの世界に対する知識は子供以下であったのだから。


「女性が銀行口座? 帝都銀行は基本的に領地で得た税や商売で得た利益などを預けておくためのものです。男性しか口座を開けないのは、この国でそれら経済活動を担っているのが男性のみで、女性は例がないからでしょうね、でも、う~ん…?」


 依頼を受け、何らかの調査をしたり、風聞を広めたり抑えたりする、という本来の業務とは少しずれている質問ではあるが、受付の主はけっこう真面目に答えようとしてくれている。なかなか行き届いた接客ぶりだ。


 そしてしばらく思案した後、


「可能性があるとすれば、国際互助金融機関が運営している銀行の口座でしょうね。国をまたいで商売をしている者がよく利用しています。エルシアンでは女性の爵位継承は不可能で、事業の経営にかかわることもほぼありませんが、それが可能な国も存在しますので、この多国籍機関では女性が口座を開くことも可能です」

「おおっ! それはどこにあるのですか?」

「帝都ではシャルルリエ通りの二丁目、コランダム専門の装飾店から奥の通りに入っったところにあります。ただ、女性でも可能と言いましたが、そちらに出向く際には護衛をつけることをお勧めいたします。シャルルリエの表通りから一歩別の通りに入りますと治安がぐっと悪化しますので」

「護衛ですか…」


 できればルゼリア公爵家に知られない形でやりたいのだが……。


「アイシャ様からご依頼のあった『風聞の流布』関連の依頼は未締結ですが、必要とあらば、別の部門とも連携が取れます。わが社は諜報のみならず護衛部門も充実しておりまして」


 流れるような声で畳みかけるように石からの声が売り込みをかけてきた。


 風聞の流布。


 物語にあった公爵とのうわさについて情報ギルドに頼んだ話かな?


 未締結ということは、アイシャはまだ依頼をしていなかった、と、いうことだ、にも関わらず、けっこうな量のゴシップ記事が出ていた。

 人の口に戸はたてられないものだ。


 それはさておき、治安の悪い場所に出かけるのに一人では心もとないが、ルゼリア家には知られたくないので、同家の侍衛には頼みたくない。


 ゆえに商会側の提案は渡りに船であった。


「あの、護衛を頼んでみたいのですが?」


 メイが護衛について尋ねると、行動の範囲と守るべき人員及び期間を聞いてきた。

 守るべき人員はメイ一人、行動範囲は今のところ帝都内の予定、そして期間は、それが終わればトンズラする予定の「列聖識別式」まで。


「ならば一名で充分ですね。経験豊富な手練れの者を派遣いたしますので、一名でもご安心ください。派遣隊員を準備するのに数日ほどお時間をいただきたく、面談は明々後日しあさって、シャルルリエ通りの『ラ・ココット』という店でいかがでしょうか。」


 明々後日しあさって

 たしか頼んでおいた靴ができて届けてくれるのが明後日あさっての予定だった。


 明々後日しあさってなら外出できる。

 それではお願いします、と、メイは話を打ち切った。


 外に見える空の色はすでに薄紅から紫そして濃紺へと染まりかけていた。

 

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