第一話 誰もあなたを知らない
『再生』。それが初めて聞いたあの人の歌だった。彼のバンドの新しい曲も聞いてみたけどそっちはピンと来ない。同じバンドなのに何かが違うのはどうしてだろう。音もどこかおかしかった気がする。高い声が出なくなったのかもしれない。
私のお気に入りのプレイリストは10年前の曲で埋め尽くされていた。何度聞いても飽きない。今日も朝から聞いている。教室で始業時間まであと二曲はいけそうだ。
「あんたまたそれ聞いてるの?」
私の前に人影があった。顔を上げると友人が呆れたようにため息をついている。
「そのバンド聞いたこともないし……それのどこがいいの?」
「共感できない? 青春過ぎ去り戻れぬ僕らはって夢や希望のないまま大きくなっちゃった感じが良くて!」
興奮気味に私が身振りを交えて答えると、友人は私にびっと指差す。
「共感って、あんた青春過ぎ去ってないじゃん。青春真っただ中でしょ」
「それは……そうだけど」
「あんたもっと最新の曲聞きなよ。こんなの古いし、誰も聞いてないでしょ。歌詞も夢とか希望とか薄っぺらいし」
私のスマホをのぞき込んで友人は鼻で笑う。友人の小馬鹿にした態度に私はカチンときた。
「薄っぺらいとか言わないで! ちゃんと聞いてもないくせに!」
「な、何いきなり怒ってんの? あんたそんなのじゃないでしょ?」
「私のこと勝手に判断しないでよ、だいたい古いとか誰も聞いてないとか歌にそんなの関係ないじゃない!」
「あるわよ! このままじゃあんたが流行に乗り損ねると思ってあたしは……」
「余計なお世話よ!」
ホームルーム前、私は友人と喧嘩した。高校生になってから初めて喧嘩したかもしれない。
私のことを勝手に判断しないでといったけど本当は友人の言う通りだった。私は喧嘩するような人じゃない。誰かと意見がぶつかりそうになったら、いつも相手に合わせてきた。丸く収まるなら自分が合わせたほうがいいんだって。そうやってうまいことやってきた。でも黙っていられなかった。あの人のことを馬鹿にされるとどうしても胸がもやもやする。
喧嘩したことには後悔しているけど、怒ったことには後悔していない自分に驚いた。
きっと私は変わったんだと思う。変えてくれたのはきっとあの人。ずっと変わりたいと思って変われなかったのに、あの人はこんなに簡単に私を変えてしまう。あの人の歌にはそれだけすごい力がある。決して薄っぺらくなんてない。
暗がり怖がり一人で強がり、一寸先に踏み出した矢先。まさしく今の私だ。
私は今、あなたの歌詞の中にいる。あなたのエールが私には届いている。
「会ってみたいなぁ」
あなたのことがもっと知りたかった。
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