生きるほど遠のくあなたに恋をして
蒼瀬矢森(あおせやもり)
プロローグ そしてあなたに恋をした
ただ何となく生きていた。それなりにやって、それなりに認められて、それなりに失敗して。良くはないけど悪くもない日々。親や先生は私に夢を持てと言うけれど、夢と呼べるほどの情熱を見つけられないでいる。
そのことに引け目はない。私みたいな人は結構いる。ネットやSNSを見ればうようよいる。だけど何もないまま大きくなることには焦っていた。
だからと言って何をすればいいのだろう。大きなマイナスもないけど飛び出た何かもない。私みたいなのがどんなに頑張ったって一番には慣れないと知っている。一番になりたいとも思うけど、二番でも三番でもいい。だから私は駄目なのかもしれない。きっとこのまま大人になってしまう。
それでいいと思っている自分もいる。本当に私は、どうしようもない。
* * * * * *
汗臭さと閉塞感の溢れる電車に私は今日も揺られている。満員というほどではないけれど、密集した人の合間を漂っているのは海に浮かんだプラスチックごみの気分。きっといらないし、ない方がいい。けどそうなるのも仕方ないのかもしれない。人がこれだけたくさんいるんだからしょうがないんだと思う。
だから私はここじゃないところに行く。イヤホンを付けて自分だけの世界に逃げる。流行りの曲を聞いても私にはどれもピンと来ないけど別にいい。時間を潰すだけだから。
サブスクのミュージックで流れる音楽にはもう飽きたから、動画サイトで適当に歌を選んで流す。あとは自動再生にお任せした。
いくつかの音楽が過ぎた頃、何だが古い感じの歌が流れる。普段は使ってないからおすすめが機能してないみたいだ。違う歌に替えようとスマホを取り出した私の手は止まっていた。
ただギターを持って歌っている若いバンドマンのアップ映像。イケメンでもない彼の紡ぐ歌詞を、私は脳裏でなぞっていた。
渇いた心臓、ひび割れ滴る。血の熱さこそ僕らの声だ
青春過ぎ去り戻れぬ僕らは何を求めて何に縋るか
ギターを鳴らせ24。いまだ道半ば未来は不確か
それでも進んで
夢はあるか、希望はあるか
暗がり怖がり一人で強がり
一寸先に踏み出した矢先
震える心で聞いてくれよ
下手くそなエールを
ひどい歌詞。心臓が乾いて罅割れて血? こんなの若い女の子にはウケない。でもどうしてだろう。なぜか胸が騒いでいた。
何も失っていないのに、失ったものを取り戻したい。そんな焦燥感に胸を掻き毟られる。すぐにその歌に高評価を押す。同じく高評価を押した人はたくさんいたけど、どうしてか私のほうが彼らよりもこの人の歌を理解している気がした。
電車が止まって駅名が呼ばれ、はっとして私は顔を上げる。
「降りる駅、過ぎちゃった」
ぽつりと声を漏らすと隣の人がクスクス笑っていた。いつもなら恥ずかしくて顔が赤くなるけど、そんなことは気にならない。スマホをしまいスタスタと速足で降りて向かいのホームに向かう。電車を待つ人の列に加わると手早くスマホを取り出した。
終わってしまった歌のシークバーを巻き戻す。
戻る時間でまたあの人の歌が聞ける。一瞬暗くなった画面に映る自分のにやけ面がちょっと気持ち悪かった。
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