第57話 旦那様、負けるなです!
「リュシエンヌめ、せせこましい魔法を使いおる。お前に、本当の火属性魔法と言うのがどういうものか、見せてやろう」
父王が長い詠唱を始める。そうしているうちにも王子王女たちが火球をアルスフェルトの陣に次々打ち込んでくる。それはビアンカが水魔法ですべて防いでいるが、どうも王子たちの火魔法は、とてつもなく長い父王の詠唱を、邪魔させないための陽動であるようだった。
やがて、父王が眼をかっと見開き、両掌を空に向けた。
「……全てを、焼き尽くせ」
アルスフェルトの兵たちは、自分の眼を疑った。太陽は中天にあるというのに、まるで日暮れでもあるかのように、空が真っ赤に染まったのだ。そしてその空にあちこちから、巨大な火球が滲み出すように現れる。
「うわあぁぁ、殺される!」「逃げろ!」
「落ち着きなさい!」
土壁が現れて道をふさぎ、逃亡を企てた兵士が尻もちをつく。
「自軍の魔法使いを信じなくてどうするのですか! そなたらの指揮官マクシミリアンは、この程度の火魔法に屈しません! そなたらも、男なら立ち向かうのです!」
それは、王妃の土魔法。そして拡声の魔法で全軍に飛ばした檄声が、パニックに陥りかけた兵士達を正気に戻す。
「さあマックス、兵士たちに力を見せてやりなさい」
「母上も、無茶をおっしゃる……」
「無茶なものですか。リュシーがいるのよ、貴方ならできるわ」
「……そうだな。リュシー、頼むぞ」
言い終えたその時、空から火球が降り始める。それは、少なく見積もっても五十個以上、しかも一つ一つが、象ほどの大きさを持っているのだ。
「……氷壁よ、防げ」
いつも通り短い詠唱の後、アルスフェルト軍勢の上に、氷の壁……いや、氷のバリアが出現する。はるか上空から襲い来たりし火球は、それにぶち当たって四散する。火球を受け止めた氷板は薄くなっているが、壊れた部分はない。
「さすが魔法王国ローゼルトの王、実力は予想以上だな」
氷のように冷徹と評されるマクシミリアンも、驚きの色を浮かべている。すかさず詠唱を重ね掛け、削り取られた氷の厚みを戻す。
「ふふふ、あれがアルスフェルト随一の魔法使いと言われる王子の力なのだな。我の魔法を初撃だけでも耐えきるとは末恐ろしい。だが、守勢に立っていてはいずれ力尽きよう、多少惜しいが、奴に今日より先の未来を与えるつもりはない」
ローゼルト王がうそぶくのも、無理なきこと。攻める側は火球をぶつける位置を自由に変えられるが、守る側はどこに攻撃が来るかわからないのだから、全軍の上に氷のバリアを張り続けないといけないのだ。守備側の魔力の消耗度は、攻撃側の数倍となるのは自明である。
さらに続けて火球群が降り注ぐ。第三波を受け止めたところで、マクシミリアンが秀麗な眉を歪める。
「マックス様!」
すかさずリュシエンヌが、背後から包み込むように魔力を与えた。押し付けた彼女の胸あたりから、暖かい魔力がすごい速度で彼に流れていくと、歪めていた眉が優しく緩む。兵たちが皆マクシミリアンに注目する中、白昼堂々自分から男に抱きつくなど羞恥行為の極みだが、これはみんなを守るためと自分に言い聞かせる彼女である。
「ありがとう、これで当分耐えられそうだ」
「私の魔力でいいなら、いくらでも差し上げますっ!」
魔力を補充したマクシミリアンが氷の厚みを増すと、ローゼルト王は火球の着弾を一箇所に集め、何がなんでも防御を突き破ろうとする。それに応じてマクシミリアンがまた氷魔法を唱え……両軍の決戦は、大将同士の魔力消耗戦になりつつあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「見えました」
「リーゼ、どこ?」
「あの、木立ちの右側です」
「わかったわ!」
次の瞬間、敵軍の中に土塔がにゅっと唐突に現れ、騒ぎが起こる。
「東北へ三十歩修正お願いします!」
「次は私が撃ちますわ!」
「その次は西へ二十歩!」
「これでどうかしら!」
アンネリーゼの指示に従って、代わる代わる敵陣に土塔を生やして行く王妃とブリュンヒルトを、不思議そうに見るリュシエンヌ。アルスフェルトの誇るトップ土魔法使いである彼女らであるが、土塔の魔法には殺傷能力はないというのに。
「いや、母上たちは、確実に敵を追い詰めているのだよ」
マクシミリアンが、自信ありげにつぶやいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわっ、今度は土塔が右に!」「いや、左にもだ!」
「儂を守れ! 魔法が途切れるではないかっ!」
自分を中心に次々打ち建てられる土の塔に、いらだちを隠せないローゼルト王。土塔で兵が死ぬことはないが、大魔法を展開中である彼の集中力は乱れてしまうのである。天才魔法使いである王ならその乱れを埋めることは可能だが、そこにはかなりの魔力を必要とするのだ。
そう、これがマクシミリアンの作戦である。空から降る火球を見ていても術者の居場所は掴めないが、魔力の流れを見ることに長けたアンネリーゼが意識を凝らせば、大まかな出どころがわかる。そしてそこに土塔を打ち建てた時の魔力の揺らぎを読み取ることで目標の位置を推定し、次々と土塔を撃ち込んでいくのだ。土塔でローゼルト王を殺すことはできないが、魔力を消耗させることで、我慢比べに勝とうということなのだ。
「小癪な小僧どもめ……」
ローゼルト王の口から呪いの言葉が吐き出されるが、それは彼が優位を失ったことを悟ったいうことだ。
「魔力持ちをありったけ連れてこい! すぐにだ!」
王の怒号が、戦場に響いた。
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