第52話 足を引っ張ってますよね

 捕らわれてから三日、ローゼルトの進軍は、停まる様子もない。


 街道沿いの小村は完全に無防備のまま放棄されている。住民もどこへやら逃げ散って、掠奪するべき食料や財貨もほとんど見当たらないが、ローゼルト軍が労せずして支配地域を広げていることだけは、確実である。


 リュシエンヌは相変わらず、物資と一緒にぞんざいに運ばれていた。食事は最下級の兵士に与えられる携帯用の堅パンと水だけ。貨物用の馬車であるから揺れの対策などなく、容赦なく跳ね上がる床板が、手を拘束している縄と共に、彼女の細い身体を痛めつける。用足しにだけは行かせてくれるのが救いだが、それとて付き添うジョゼに言わせれば「貨物が汚れるのを避ける」配慮だということだ。あくまで彼女は、モノ以下の扱いなのである。


 そしてリュシエンヌの新たな利用法に目覚めた王子たちが、面白がって魔法を撃ちまくり、魔力が切れるたびに彼女から強引に引っこ抜いて悲鳴を上げさせる。苦痛に呻く彼女の姿がことのほか嗜虐心を満たすらしく、第三王子には一日十回近く同じことを繰り返された。もはやぐったりとして声も上げられなくなったところで、ようやく解放されたのである。


「おいベルナール、やりすぎて殺すなよ。まだ使い道があるのだからな」

「そうだな、アルスフェルト主力とぶつかったときに、魔力切れの心配なく撃ちまくるには、こいつを生かしておかないとな」


 従軍している第二王子と第三王子が、とても妹に対して吐くとは思えない台詞を、平気で交わす。彼らの口元は、卑しく歪んでいる。


「そして最後には、盾としても役立ててやろう。こいつを陣頭に吊るせば、奴らは本気で攻められなくなるはずだ」

「そうだろうか? こいつをさらってからもう四日目だが、敵からは何の反応もないぞ? 所詮人質扱いの、それも第三王子の嫁だ。見捨てられたのではないか?」

「いや、間諜の情報でも、こいつがアルスフェルトに来てからの評判は、民の間で実に高い。紅聖女とか呼ばれて……まあそのへんは、盛りすぎだとは思うがな。いずれにせよ、国民人気が下手に高まったことで、見殺しにできにくくなったはずだ」

「くっくっく……実に役立ってくれる妹だな」


 高笑いをしつつ去っていく兄王子たちの言葉が、リュシエンヌの胸に刺さる。


 そうだ、ここに居たら、自分はマクシミリアンの手枷足枷にしかならない。両軍がぶつかるときには、必ず自由を取り戻し、それをアルスフェルト側に知らせねばならないのだ。彼女は痛みに顔をゆがめつつも、少しでも体力を温存しようと、固い馬車の床板にその身を横たえた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして、翌々日。ローゼルト軍の前に、アルスフェルトの軍勢が姿を見せた。


「ようやく現れたか。だが、思ったより大軍に見えるが……」

「斥候の報告では、約四万とのことです」

「何だと? それでは、ほぼアルスフェルト全軍がここに居るということではないか! コンスタンツとの戦に兵力を振り向けていないとでも言うのか!」


 厳格苛烈な国王が発した怒号に、王子たちは震えあがる。


「恐れながら陛下、彼らはすでにコンスタンツ軍を破ってここに在るのではと」

「何を世迷言を!」


 この沈黙をいつまでも続けるわけにはいかない。やむを得ず軍人トップの将軍が予想を口にすれば、国王は激怒……というより逆上する。自らの望まぬ現実を突きつけられることを、極端に嫌う狭量な国王なのだ。


「陛下、小官に不敬の罪あらば、謹んで受けましょう。ですが、眼の前に敵の大軍がいることは事実です。激戦の後とは思えぬ数と士気……コンスタンツが盟約を違えたのでなければ、一方的に敗れ去ったとしか考えられませぬ」

「しかし……どうやって? コンスタンツの騎兵は精強だ、簡単に打ち破れるとは思えぬ」

「兵同士のぶつかりあいではなく、魔法で制したとしか思えません。アルスフェルト王族の得意属性は土魔法と水魔法、中でも軍を指揮する第三王子マクシミリアンは水の上位である氷魔法を能くするとか。リュシエンヌ姫が彼らに無限の魔力を与えていたならば、鍛錬が進んでいるでしょう。我々が知る能力より高くなっていると考えるべきで……コンスタンツ勢を壊滅させることも、あり得ぬことではありません。ですが、そこにわが軍の勝機があるかと」

「何だと?」


 意外にポジティヴな進言に怪訝な面持ちをする国王に、老練の将軍が後を続ける。


「それだけの大戦果を魔法で挙げたのであれば、おそらくその全力をふり絞らねばならなかったはず……しからば三日や四日は魔力が回復するはずもなし。すなわち、今すぐ攻撃を仕掛けるならば、大魔法による虐殺を恐れる必要がありません。兵力はこちらが上、そして当方の切り札である陛下と王子殿下の魔力はフルチャージ……十分勝つことができましょうぞ」

「う……うむ、そうか、その言や良し! 今すぐ、総攻撃だ!」

「はっ!」

 

 短気な国王から望む答えを引き出せた将軍は、意気揚々と部隊に戻り……そして、ローゼルト全軍が、前進を開始した。


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