第51話 連れ戻されました
「うああぁぁっ!」
猛烈な苦痛と共に、リュシエンヌは意識を取り戻した。しばらく違和感に呆然とした後、周囲の様子に気付いてみれば、それは野戦陣で用いる天幕の中らしかった。
「うむ、お主の言う通りであった。使い道のない娘と思っておったが、こうやって使えば無限の魔力補給ができるというわけだな」
「あまり急に抜きすぎると、苦痛で死んでしまうかも知れませんがね」
「大丈夫だ、この娘は苦痛に慣れておる、多少痛くしてやった方が良いのだ」
椅子に縛り付けられた自分を見下ろしながら会話を交わす実父と、その相談役。リュシエンヌは自らが再び、二度と帰りたくないと願ったローゼルト王国の手に落ちたことを悟った。
「ほれ、アルセーヌもベルナールも、試してみよ」
「どれどれ……よっと」
「うあ、ああああっ!」
あのゲルハルト以上に粗暴な、兄王子による魔力の強奪に、リュシエンヌはまた悲痛な叫びをあげる。
「兄さん、どうだい?」
「こんな卑しい奴の魔力なんて、と思っていたが、意外に美味いな」
「じゃあ、俺も試してみるか」
「うぐぐぅっ!」
「まったく、母の身分が卑しいと、わめき声まで品がないな。だがこの魔力は、使えるぞ」
連発で与えられた耐えがたい苦痛に、がっくりと首を落とすリュシエンヌ。一方父たる国王は、高揚している。
「これで魔力切れの心配はない、無敵の火魔法を操る我々王族は、力を十全に発揮できよう。そして、鍛え抜いた五万の兵。さらにコンスタンツ王国との連携作戦……必ず勝てる。勝って、二十五年前の屈辱を雪ぐとともに、豊かなアルスフェルトの国土を、支配下に置くのだ!」
やや裏返った声で叫ぶ父王の眼には、言い知れぬ狂気が宿っているように見える。だがリュシエンヌにとってそれはもうどうでもいいことだった。彼女にとって大事なのは、自分を暖かく包んでくれたアルスフェルトの王族たちが、無事に生き延びられるだろうかと言うこと。そして、唯一無二の人となったマクシミリアンが、傷を負わずにいて欲しいと言うこと。それだけが、大事なのだ。
なおも続く父王の演説など耳に入らず、彼女はひたすら、どうすればアルスフェルトとマクシミリアンを守れるか、そればかりを考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
父王が五万と号したローゼルト軍は、ほとんど抵抗を受けることなくアルスフェルト領内深く進攻していた。受ける側のアルスフェルトは拠点となる砦や山城だけを固く守り、街道を傍若無人に闊歩する敵軍を妨げる行為をあえて行っていない。
補給物資を運ぶ馬車の中に、後ろ手に縛られ転がされているリュシエンヌは考える。
おそらくマクシミリアン率いるアルスフェルト軍は、ローゼルトとコンスタンツの二正面作戦を避け、まず南西から攻め入るコンスタンツ撃退に全軍を振り向けることにしたのだろう。ローゼルト軍の進路にはこれといった大都市はないから、彼らが王都に着くまでにコンスタンツを片付け、反転してローゼルト軍と対峙するつもりに違いない。
今、自分がここから逃げ出しても、五万の軍に追いかけられたらマクシミリアンと無事に合流できる可能性は、限りなく低い。であれば、アルスフェルト軍が反転しローゼルト勢にぶつかったその時、自分の能力のすべてを賭けて、ローゼルト兵の中に混乱を生み出すのだ。乱戦になれば自分の身ははかなくなるかも知れないけれど、アルスフェルトとマクシミリアンに、勝利を与えることはできようと。
よし、耐えよう。マックス様は必ずコンスタンツを打ち破ってくれるはず。そして彼が父の軍と相まみえる時こそ、私がお役に立って見せよう。ほんの数ケ月だけれど、夢のような幸せを与えてくれたこの国と、世界で一番大切なあの人のために。リュシエンヌはそのぷっくり膨らんだ唇を、強い意志を込めてきゅっと引き結んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、コンスタンツ軍三万騎は、敵の奇妙な戦法に苦しんでいた。
行軍する兵たちの前に突然、土壁が出現する。それを避けて転進すれば、その先にまた土壁が。一気に蹂躙するつもりの騎兵中心編成の彼らは、壁を壊す工兵など連れてきていないのだから、ひたすらそれを迂回して迷走するしかない。
「リュシーの魔力補充がないから、あまり高い土壁は造れないけど……」
「馬が越えられなければよいのだよ、ブリュンヒルト。魔力切れにならぬようコントロールするのだ」
「陛下のおっしゃる通りよ。まあ、リュシーちゃんの魔力を借りていっぱい訓練したおかげで、魔力効率も上がっているから大丈夫そうね。私も騙されてリュシーちゃんをさらわれた罪滅ぼしに、頑張るわ」
アルスフェルトの誇る王族土魔法使いたちが、せっせと土を操って敵兵を巨大迷路に引きずり込んでいる。そしてコンスタンツ軍のしんがりがふと後方を見れば、自分たちが踏み越えてきた低地に水がたまり、引くこともままならない。
「リュシー様をお救いにあがるには、さっさとこちらを片付けませんとね」
ビアンカが、いつもの控えめな調子と違った強い意志を込めて言い切る。
こうしてアルスフェルトの魔法使いたちに翻弄され誘導されたコンスタンツ兵は、いつの間にか直径五百メートルほどの範囲に固まっていた。
「さあ、お膳立てはできたわよ、マックス!」
「……氷槍よ、貫け」
マクシミリアンの短い詠唱に続いて、空から数千本の氷槍が軍主力の上に降り注ぎ、戦場は阿鼻叫喚の巷と化した。胸を氷に串刺しにされる者、驚いた馬に振り落とされる者、味方に踏まれて死ぬ者……一発の魔法で、コンスタンツ軍の指揮系統は壊滅した。
「よし、歩兵を全数出して掃討せよ!」
氷のように落ち着いて指示を出すマクシミリアンの姿を仰ぎ見て、部下たちは口々に賞賛する。
「さすが我が指揮官は冷静だな、安心したよ」
「まったくだ。溺愛中の婚約者が連れ去られてもあの落ち着き、さすが模範軍人だな」
傍らで見つめる国王と王妃だけは、一見平静なマクシミリアンの奥歯が割れるほど噛みしめられていることを、知っていたのだが。
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