第46話 おねだりしてみました
ゲルハルトは罪人として捕らえられた。
あからさまに悪事の証拠をあちこちに残した愚かな王子を、国王も王妃も、実母たる側妃さえ、まったく庇わなかった。ただ宰相の娘であるブリュンヒルトが、一命だけは助け給えと必死の嘆願を行い、ほだされた宰相も口添えをしたことで、王位継承権剥奪の上、一代子爵へ降格という処分で許されることとなったのである。
この馬鹿王子の生命に別条はなかった。だが男性としての機能は、マクシミリアンが宣言した通り、完全に失われてしまった。俺様を標榜していた無駄な気概も、それと一緒にどこかに消えてしまったらしく……いまは毎日呆然と暮らしているらしい。
もしもこれが戦場での負傷によるものであったなら、銀聖女ディアナと紅聖女リュシエンヌが組めば、何事もなかったがごとく治してしまうだろう。実際に彼女らが為した「奇蹟」の中には、戦傷で妻を抱けなくなった男を復活させた事例も、ちゃんとあるのだ。しかしリュシエンヌは拉致と暴行未遂の被害者自身であり、ディアナは姉のように慕う最愛の侍女を殺されかけている。いくら慈愛を旨とする聖女たちであっても、彼のために力を振るうことはなかったのだ。
ゲルハルトの妃たちには功はあれども罪はないことに衆目が一致し、選択の自由が与えられた。実家に帰るもよし、伯爵夫人なる称号を受けて多額の年金をもらいつつ気楽に一人暮らしするもよし、彼女らの力を欲する高位貴族のいずれかと再婚するもよしと。
ビアンカは、独りで暮らすことを選んだ。わずかのカネを握らせれば娘を簡単に手放す実親も、王子が彼女を望んだ時、本気で嫌がったビアンカを全く守ってくれなかった教会も、まったく信じていなかったからである。もちろんその強力な魔法を民のために役立てる理想を捨てていなかった彼女は、魔法省の高官として働き続けることとなった。
意外なのは、ブリュンヒルトである。彼女は王族としての権威も男性としての機能も失ったゲルハルトを見捨てることを良しとせず、郊外の館で一緒に暮らすことにしたのだ。まだ歩行もおぼつかない彼を支えて歩き、すっかり気弱になった夫を柔らかく叱咤する姿には、かつての高慢な王子妃であった頃の面影はない。保護すべき者ができたことで、彼女本来の性格であろう優しい世話焼き娘が、殻を破って外に出てきたようである。
リュシエンヌは、二人の元王子妃と変わらず付き合うことを望んだ。その夫であったゲルハルトを許すことは決してないが、二人は間違いなく、本来は競争相手であるはずの彼女を、まるで妹のように慈しんでくれた。そしてあの騒動においても、守ってくれたのであるから。
ゲルハルトの企みを感じ取った時、直情的なブリュンヒルトはリュシエンヌに警告の手紙を送った。それに対してもう少し悪知恵の回るビアンカは、早馬でマクシミリアンに書状を届けたのである。それを見たマクシミリアンはまた夜を継いで馬を駆り、あの山荘に乗り込んできて、ギリギリながらヒーローの役割を果たせたのだ。
だけど……とリュシエンヌは思うのだ。マクシミリアンは確かに最速で駆けつけてきてくれた。しかし、その前にブリュンヒルトとビアンカが大暴れしてゲルハルトの一味をひきつけてくれなければ、この身を守り切ることはできなかっただろうと。二人が戦ってくれたあの男は彼女らの夫であり、ひょっとして次期国王かも知れなかったのに。この姉様たちへの感謝を、ずっと忘れないで生きていこうと、ぐっとこぶしを握りしめるリュシエンヌなのだ。
そして、残酷なヒーローとなったマクシミリアンはと言えば。
以前にもまして、溺愛モードに入っていた。ようやく落ち着いた南部地域の平定を部下に任せ、毎日夕食の時間までにはきっちりとリュシエンヌの待つ館に帰ってくるようになったのだ。そしてその日見た景色、その日会った人たちについて彼女が一方的にぺちゃくちゃ喋る姿を、氷のようだと例えられた冷徹な表情を緩め、幸せそうに眺めるのである。部下たちがこの光景を見たら、上司たるマクシミリアンが何か危ない薬でも飲んだのではないかと疑うであろう。
そして、食後にはお茶……時にはワインなどたしなみつつ、一刻でも惜しむように愛をささやき続けるのだ。
「ああリュシー、どこまでも愛しい。君が他の男のものにならなくて、本当に良かった」
「マックス様が救いに来てくださいましたもの。そして、もし間に合わなかったら……その時は私、生命を絶っていましたわ」
「君が死んだら、私も生きてはいられなかった……」
侍女たちが思わず砂糖を吐き出しそうな、二人のやり取りである。少しづつ距離を縮めつつもやはり遠慮があった二人だが、あの事件でお互いの想いを確かめて、一気に本当の恋人にステップアップではなくジャンプアップしたようであった。
「それで……あの……他の男性にどうこう……の前にですね、あの……よろしければなのですが、この際……マックス様のものにして頂けると、嬉しいのですけど……」
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