第45話 凍らせるのは、そこですか?
そこに立っているのは、ゲルハルトと賊のリーダーらしき男だけ。リュシエンヌも、粗暴な魔力抜きの衝撃で、地面にへたり込んでいる。
「おい、妃たちを縛り上げておけ」
「殿下はどうなさるので?」
「言わずと知れたことよ。この極上の魔力を自由に使うために、ちょっと契りを、な」
「無垢のお嬢さんなんですから、ちょっとは優しくして差し上げないと」
「ふん。ほら行くぞ、早くしろ!」
再び髪を引っ張られ立ち上がろうとしたリュシエンヌが、膝に力が入らないようによろめき、踏ん張りきれず倒れる。イラついた風情のゲルハルトが、彼女の脇腹あたりに蹴りを入れ、くぐもった呻きが上がった。
「私の妻に無礼を働いた報いは、お前の生命で償わせるとしよう」
不意に響いたバリトンの声に振り向いたゲルハルトは、己の眼を疑った。南の辺境で叛乱分子狩りに忙殺されているはずの弟マクシミリアンが、うっそりとそこに立っているのだ。もともと冷徹とも冷酷とも評されるその美しくも冷たい美貌が、怒りで凄絶さを増している。
「な、何をしている! マクシミリアンを倒せ! 殺しても構わん!」
「殺せる、ものならな」
主が命ずるより先にマクシミリアンに向かって飛び出していたリーダーは、このクールな王子が吐いた台詞を聞くことはなかった。三十本を超える氷の槍が、彼の身体をミンチのようにズタズタに切り裂いたのだ。
「むおっ! だが俺とて、今までの俺ではないぞ! パワーアップした俺の魔法を見ろ!」
「それは我が妻の力、お前の力などではない」
「何をっ! 食らえっ!」
次の瞬間、マクシミリアンが立つ地面から鋭い鞭のようなものが襲う。それは妃たちに向かって発した「捕らえるため」のものではなく、一撃で刺し殺す目的の魔法だ。マクシミリアンが一歩飛び下がって躱して掌をかざすと、土の鞭は白く凍り、動きを止める。ゲルハルトは数十本同じように鞭を生み出すが、同じように防がれる。
「バカめ、マクシミリアン。そんなに魔力を無駄に使っていいのか? 俺には無限の魔力はタンクがあるんだがな、ほれっ」
「うぐああああああっ」
再び粗暴な魔力吸い上げを受けて、リュシエンヌが淑女にはあるまじき声を上げるのを見て、マクシミリアンの緑の瞳が、一層冷たく鋭い光を放った。
「最後の忠告だ、彼女を放せ」
「お前に命令される謂れはない! 何でいつもお前は上から目線なんだ? やめて欲しければ泣いて頼めよ! だが、こんな便利なもの、手放す気はないがな」
「そうか」
氷のように冷たい最後の一言を放つなり、その掌がゲルハルトに向けかざされた。
「馬鹿者! お前はもう魔力が残っていないはずだ!」
ゲルハルトが鼻を鳴らしながらうそぶく。そして先程ブリュンヒルトが飛ばした石を浮かせたかと思うと、一斉にマクシミリアンに向け飛ばした。
「愚かな」
マクシミリアンの前面に一瞬にして氷の壁が形成され、飛礫を弾き返す。そして、ごく短い詠唱が紡ぎ出された次の瞬間。
「うぐあっ、あっ……」
ゲルハルトが、突然前かがみになって苦しみ出した。よく見れば彼のトラウザーズの、脚の付け根あたりが白く変色している。
髪を掴む手が緩んだのに気付いたリュシエンヌが、まだ痺れる身体に鞭を入れ、半ば這うようにマクシミリアンの元へ向かう。敵が完全に地に這ったことを確認したマクシミリアンが、素早く駆け寄ってその細い身体を抱きしめる。
「済まない、遅くなった。辛い目に遭わせてしまった」
「いえ、いえ、来てくださって……マックス様、マックス様……」
ただひたすら男の名を呼び、堰が切れたように涙を流し続けるリュシエンヌ。綺麗に結っていたはずの紅い髪が解け、まるで炎のように小さく白い顔のまわりを包んでいる。この愛しいものに口付ける誘惑に抗し得る男など、この世界には存在するまい。唇を重ねた二人はしばらく、彫像のように動きを止めていた。
「お二人とも、仲がよろしいのは結構ですけど、それ以上のことは寝室でなさって下さいませね?」
リュシエンヌが唇を名残惜しげに離して振り向けば、そこにはブリュンヒルトが腰に手をあて、小さなため息をつきながら二人を見下ろしていた。
「ひゃっ、すっ、すみませんっ!」
我に返り、羞恥に耳まで紅く染める彼女であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それにしてもマクシミリアン殿下、この人をどうやって倒しましたの?」
「局部的に凍らせただけだ」
「そう言われましても……まさか、局部的って、あの……」
「ああ、局部だが?」
その意味をようやく理解して、青くなるブリュンヒルト。ようやく立ち直ったらしいビアンカも、表情が凍り付いている。
「げ、ゲルハルト様っ!」
ブリュンヒルトが慌てて、うずくまった馬鹿王子を助け起こすが、本人はすでに泡を吹いて気を失っている。股間のあたりはまだ、白く凍り付いたままだ。
「氷が解けても、重度の凍傷だ。そのあたりは腐って落ちるしかないだろう。我が妻になるべき者を汚そうとした罪は、償ってもらわねばならぬ。こ奴も王族ゆえ殺すわけにはいかなかったが、二度と同様の狼藉が働けぬよう、余分なものを落としてやることにしたのだ。お妃方には、申し訳ないことをしたと思っているが……」
表情を動かさずに残酷な言葉を紡ぎ出すマクシミリアンは、凄絶に美しいが、一種の狂気にも似たオーラを漂わせている。それはひとえにリュシエンヌへの執着がもたらすものであるのだが……二人の妃は言い知れぬ恐怖で、動けないでいた。
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