第44話 義姉様が来てくれました
リュシエンヌは、ベッドの上に乱暴に突き倒された。そしてゲルハルトが彼女の身体を馬乗りになって押さえつける。必死で抵抗しようとするが、先程魔力を引き抜かれたときの痺れが残って、自由に動けない。
「ふふふ、まあ多少は抵抗してくれないと、面白みがないが」
どこまでも自分勝手な王子が、リュシエンヌの着衣に手を掛ける。彼女がまとっていたのは外出用のデイドレス、首元まできっちり覆われ肌が露出しないタイプのものだ。そもそも脱がせにくいことに加えて彼女が必死で抵抗する。しばらく攻防が続いた後、短気な王子は首元から胸にかけて、ドレスを引き裂いた。魔力はともかく、腕力には優れた王子であったようだ。
「なあ、そろそろ観念しろよ」
欲望にギラギラ光る男の眼を、リュシエンヌが折れない視線できっと見返した、その時。
階上から、男たちが騒ぐ声が聞こえる。続いて、何かが激しくぶつかり、壊れる音。
「ちっ、いいところなのによ。仕方ねえ、一緒に来い!」
お下げに編んだ髪をつかまれ、無理やり引き起こされて、一階へ上がると、そこはまるで戦場だった。窓は壊れ、壁にすら大穴が開き、床は水浸しだ。
「何事だっ!」
「それが、急に石が飛んで来たり、訳の分からないとこから水が噴き出して……」
「うろたえるなっ! 初歩の魔法攻撃だ、俺が相手する!」
怒って叫ぶゲルハルトに引きずられて館の外に出たリュシエンヌの耳に、その時覚えのある声が響いた。
「リュシー様! 大丈夫ですか!」
「待っててリュシー、今助けてあげてよ!」
「ブリュンヒルト様! ビアンカ様!」
リュシエンヌには、二人の妃が天使のように見えた。冷静に考えれば二人の夫がこの事態を引き起こしているのだが、ここまで追い詰められた彼女にとって二人は干天の慈雨であり闇夜の灯火であり、地獄に仏……いやこの大陸に仏は、いないのだったか。
「貴様ら! 何故夫である俺の邪魔をする! 俺が次期国王になるには、この女の力が必要なのだ! おいブリュンヒルト、お前を王妃にしてやろうというのだぞ!」
「親友を不幸にしてつかむ王妃の座など、必要ありませんわ」
逆上して叫ぶゲルハルトに、黄金の縦ロールを揺らし、蒼い視線を真っすぐに向けて言い放つブリュンヒルト。カッコいい……とリュシエンヌがこんな緊急時なのに呑気な感想を抱いてしまったのは内緒である。
「参りますわ!」
その声に合わせ、こぶし大の石が三方から次々と飛来し、王子の手下を打ち倒していく。さすがにリーダーらしき男は素早くそれを躱してブリュンヒルトに迫るが、ビアンカが連発する水弾の勢いに跳ね返され、近づけない。
「ゲルハルト様お願いいたします、リュシー様をお放し下さい!」
ビアンカが声を限りに懇願する。言外に、そうしなければ攻撃をゲルハルトに向けざるを得ないという意をこめて。二人の妃は、なんだかんだ言ってもそれなりに仲の良い夫婦生活を送ってきたのだ、夫への愛がないわけではないのである。ただ、リュシエンヌへの友情と、純粋な正義感がそれに勝っているだけのことなのだ。でき得るならば、夫に鋭鋒を向けたくはない。
「女のくせに生意気なっ! 眼にもの見せてくれる!」
しかし妻たちの想いに、唯我独尊を旨とするこの夫が応えることはなかった。彼が何やら詠唱を始めると、ブリュンヒルトとビアンカが立っている地面から土が触手のようににょきにょきと生え、彼女らの足腰に絡みつく。
「ゲルハルト様、こんなものは土魔法に長けた私には効きませんわ……え? なぜ、そんな? 土の触手が壊せないっ!」
ブリュンヒルトが狼狽する。ゲルハルトと同じ土魔法属性を持つブリュンヒルトの魔法素質は、彼よりも上位だ。普段なら彼がいくら土から構造物を造ろうが、彼女の力なら楽々と解除できていたはずである。しかし、今日のそれは、ブリュンヒルトがいくら魔力をぶつけても壊れず、彼女の下半身を拘束して来ようとするのだ。
「ふはははっ! これはいい! 俺の魔法威力がこんなに上がっているぞ、極上の魔力だ、こ奴さえいれば、俺が次期国王だ!」
そう、たった今のゲルハルトの土魔法は、奪い取ったリュシエンヌの魔力で放たれている。リュシエンヌの魔力が術の威力をおよそ五割増しにすることは、実証済……これに対してブリュンヒルトは地力に優れるとはいえ自前の魔力でバフはない。敗れるのは、必然であった。いつしかブリュンヒルトの胸から下は土の触手に完全に飲み込まれ、それは固化して岩となり、彼女の動きを完全に縛った。
ビアンカは水壁の魔法で、王子の攻勢に耐えている。
「ふん、いつまで耐えられるかな……そういえばそろそろ俺も魔力が切れそうだ、それ」
「うああああああっ!」
「なかなかすごい魔力量だな、さあビアンカ、いくぞ!」
再度リュシエンヌから魔力を奪い取ったゲルハルトが、土魔法の圧力を強めていくと、やがて力尽きたようにビアンカも、膝を折った。
「ふあっはっは! これで俺は、最強だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます