第42話 攫われてしまいました
恐る恐る、二人は馬車のキャビンから、外に出る。護衛騎士たちはまだ健在で、必死の形相で、まだ敵を睨みつけていた。しかしその視線の先にいるのは、十人ばかりの賊と、両手を後ろに括られた、二十歳ばかりの娘。
「マルグレットっ!」
ディアナが叫ぶ。そう、捕らわれている娘は、ディアナ付きの侍女。幼い時から妹のように慈しんで、大切に育ててくれた、彼女にとって使用人というより家族のような存在。
「ふふふ、ずいぶん大事にされているようですな、では、こうしましょう」
賊のリーダーらしき男が、その風体に似合わぬ上品な言葉遣いで宣言すると、いきなりその手に持った中剣を、娘の背中に突き立てた。声を上げることもできず、そのまま倒れ込む娘。
「いやあぁぁ! マルグレット、マルグレット!」
「すぐには死にませんな。だが、早く聖女の奇蹟を施さねば、確実に死にます」
賊のリーダーは、顔色も変えず言い放つ。
「お願い、マルグレットを助けて! 私に『奇蹟』を使わせて!」
「そうですな、こういう交渉には、報酬が必要なものですよ」
「報酬……何を、求めているのですか! 私の身柄ならどうぞ、差し上げます!」
「いいえ、銀聖女様の身柄は必要ありません。私たちの要求は紅聖女……リュシエンヌ王女に、私どもの本拠へ同道して頂くことですな」
「なんですって……」
言葉を失うディアナ。愛する侍女のためには自らの身さえ差し出そうというのに、敵が求めるのは、ようやく出会った無条件で甘えられる優しい義姉。
「リュシー姉様を差し出すなんてできません、他の条件では……」
「だめですな」
敵が冷たく言い放つ間に、地面に倒れた侍女の背に、血の染みがどんどん広がっていく。侍女に残された時間が多くないことは、明らかである。
「わかりました、参りましょう」
冷静に宣言したリュシエンヌに、皆が驚きの声を上げる。
「いけません、リュシーお姉様! あのような者たちの元に行ったら、何をされるか……」
「そうです、高貴なお方が使用人のためにその身を捨てるようなことをしてはなりません」
言い募るディアナとフリーダに、リュシエンヌは落ち着いた表情で答えた。
「そうね、マックス様には軽率な行動と叱られるでしょう。でも、私はそうしたいの。もしフリーダがあそこに倒れていても、私はそうするわ」
その瞳に宿る強い光に、二人は反論の言葉を飲み込む。倒れたマルグレットを救うには、他に手段はないのだ。
「マックス様に申し上げて下さい。伴侶のお役目を果たせず、申し訳ありませんと。そして、貴女の与えてくれたこの国での半年間、リュシーは本当に幸せでしたと」
リュシエンヌはふわりとディアナを抱き締め、侍女の治癒に使われるであろう魔力を、力一杯注ぎ込む。そしてわずかに垂れ気味の大きな眼を少しだけ寂しげに細め、賊に向かって堂々とその足を進めていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
リーダーらしき男の馬に同乗させられ、どれだけ走っただろう。
「離したら死ぬぞ、抱きついてろ」
目隠しをされたリュシエンヌは、ひたすら男の背にしがみつくだけ。周囲の様子が見えない恐怖に、他のことはもう何も考えられない。予想できない揺れに対応するだけで精一杯だ。
どのくらい駆けただろうか。おそらく三時間くらいかと思うリュシエンヌだが、目隠しを取られて初めて見た景色は、まったく見覚えのない森だった。四方を木立に囲まれ、山も川も、ましてや人里など眼に入らない。辛うじて沈みかける太陽で、方角だけを把握する。
「こっちへ来い」
連れ込まれたのは、森の中に突然現れた、十数部屋もあろうかという大きなロッジ。貴族の別荘かなにかのように見える。窓から森の景色を眺めれば心休まりそうな館だが、リュシエンヌが閉じ込められたのは、その地下室。地下にも大きな寝室兼リビング、トイレやキッチンまであり、彼女はそこに放り込まれたきり、入口を施錠された。縛ったりはされていないが、魔法の使えない彼女に逃げ出す手段はない。
目隠し乗馬でくたくたに疲れた身体をソファに沈め、リュシエンヌは考える。なぜ、自分を殺しもせず、無傷でこんな山荘に監禁しているのだろうと。それも、王女ディアナには見向きもせず、隣国の王女である自分を。
最近、いろいろ魔法関係で派手に立ち回るお姉様たちと一緒に行動したせいで、賞賛もされたけれど多少恨んでいる人もいるのは知っている。「麦の精霊」ツアーは北部の民に感謝されたけれど、穀物相場で勝負していた人たちに大損害を与えたことも事実だ。そしてマクシミリアンのホーエンフェルス討伐では、もちろん叛乱側の者たちにこれでもかというくらい恨まれているだろう。
しかし、本当に自分の存在が邪魔であれば殺すはずだ。こんなところに監禁して置く意味は何だろう。そう考えると、何らかの形で利用しようとしているとしか思えない。
そこまで思考が及んだ時、ブリュンヒルトの警告が頭に浮かんだ。あの第二王子であれば、自分を利用することを考えるのではないか。それを想像すると、背筋に寒気が走る。
どうか、この予想だけは当たりませんように。リュシエンヌは、真剣に祈るのであった。
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