第41話 襲われてしまいました
「う〜ん、『気をつけなさい』って言われてもなあ」
ブリュンヒルトから謝罪と警告の手紙を受け取ったリュシエンヌの反応である。一体あの俺様王子が何を仕掛けてくるのかなど、わかりはしないのだ。
「とりあえずは公務以外のお出掛けをしばらく控えるくらいしか……」
ほぼ一月半の地方回りの後だ、久しぶりの王都を満喫したい気分で一杯のリュシエンヌなのだが、あのブリュンヒルトが真面目に忠告して来るのだ。真剣な危険があると考えておいた方がいいだろう。
マクシミリアンは、まだ南部地方を駆けずり回っている。相談できたら安心もできたのだろうが、彼も大事な軍務中だ。できるだけ余分な負担をお掛けするべきではないだろうと、警告の手紙に関しては知らせていない。
名前が売れた途端に増えたお茶会や夜会の招待については、ことごとく断っている。王妃主催のものを拒否するのはさすがに失礼と、婉曲に事情を記した謝罪の手紙を送ると、逆に何度も何度もお詫びの言葉が並ぶ手紙が返ってきた。本来なら王と王妃が正しい姿を教えてやらねばならないのに、躾けられず申し訳ない、というわけだ。側妃腹である第二王子の素行に関して、王妃に謝られるとかえって恐縮してしまうリュシエンヌであるが、王室として不甲斐ないことは事実であろう。
ブリュンヒルトたちとの土木工事も、しばらくはお休みだ。そして唯一の外出理由として残ったのは、ディアナとの「聖女ツアー」である。
「リュシーお姉様! あれだけ長い間我慢したんですから、これからは毎日でも私にお付き合いして下さいねっ!」
そう、ディアナの派手な治癒の奇蹟ツアーは、既に国内だけでなく大陸中に名声を轟かせている。国中、あるいは友好国のあらゆるところから、聖女の降臨を期待する招きが殺到しているのだ。
リュシエンヌがいなくても少人数ならなんとか治すことのできるディアナだが、何しろ民の期待が大きすぎる。真面目な彼女はぎりぎりまで魔力を使い、結局三日や四日は役に立たなくなる悪循環。リュシエンヌ姉様が助けてくれれば……と待ち続ける毎日だったのであるから、王都に戻った彼女を見て多少はっちゃけてしまうのは、無理もないことである。
そして、リュシエンヌもディアナとの公務が好きだ。治水や造成も民のためになることだけれど、やっぱり眼の前で苦しんでいる人を直接救い、喜びの言葉を受けられる「聖女の奇蹟」は、ローゼルトでは感謝などされたこともなかった彼女にとって、やりがい格別である。
「うふっ、今回は泊まりがけですね、夜は一緒に寝ましょうね!」
馬車で半日ほどかかる街での活動であるから、当然現地の教会に宿泊となる。義姉たちが北部で長期合宿したことをいたく羨んでいたディアナは、かなり入れ込み気味だ。義姉たちとはさすがに同じベッドで寝たりはしていなかったのだが……ディアナはまだ十三歳、子供の感覚を多分に残しているのである。
実は、十七歳……この大陸では成人であるリュシエンヌも、こうやってべたべたされることに、言い知れぬ喜びを感じている。ただ純粋に彼女を姉と慕い、小動物のようにすり寄って甘えてくるディアナの存在が、肉親や兄姉の情を味わったことのない彼女にとっては、もはやかけがえのないものになりつつあった。
日が暮れるまで「奇蹟」を施し、くたくたに疲れていてもなお明るくさえずり続ける小鳥のようなディアナと一緒に質素な晩餐をとって、やはり質素なベッドで、静かに身を寄せ合う。体温高めの小さな身体に触れているだけで、心まで温まるようで……リュシエンヌは夢も見ない深い眠りに誘い込まれていくのであった。
翌日も午前中目一杯治癒作業を詰め込み、昼食をとって王都への帰路につく。心地よい疲れに満腹、そこに馬車の適度な揺れ……ディアナがリュシエンヌに寄りかかって眠ってしまったのは、無理なきこと。リュシエンヌはさほど疲れてはいないものの、肩に加わる暖かい重みに、ついいい気持ちになって、まぶたを閉じた、その時。
風切り音と、キャビンに何かが激しく当たる音。驚いたような馬のいななきが続き、馬車は急停止した。
「むぁ……お姉様、何が……」
「頭を下げて! 床に伏せていなさい!」
寝ぼけ顔のディアナを落ち着かせて、リュシエンヌは小窓から外を窺う。ディアナの護衛騎士が走り寄って来る。
「姫様方、ご無事ですか!」
「はい、今のところは」
「何者か分かりませんが、襲撃です。山賊の類ではなく、訓練された兵士のようですが……」
嘘でしょ、そうリュシエンヌは胸の中でつぶやく。辺境ならともかく、ここはアルスフェルト王国のど真ん中。敵国の軍人が堂々現れるとは、考え難い。
いずれにせよ、攻撃魔法や戦闘支援系魔法が使えないリュシエンヌたちが出来ることはない。護衛騎士たちの足を引っ張らないよう、身を縮めていることだけだ。
金属の打ち合わされる音。男の雄叫び、そして呻き。連れてきた侍女の悲鳴……ああ、侍女たちも恐怖に震えているだろう、フリーダは無事だろうか。そんなことを思っていると、周囲の戦闘が突然やみ、不思議な静寂が訪れた。
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