第34話 リーゼ様の魔法は素敵です

 一旦お茶のテーブルを離れて、コテージから花咲き誇る庭園に踏み出す三人の淑女たち。


「ねっリーゼ、ここなんかいいんじゃないの?」


 王妃が指差す先には、シクラメンが植えられた花壇がある。但し季節はまだ夏が終わったところである、晩秋の花であるそれは、花どころかつぼみになりかけのような芽がちょこんと顔を出しているだけの、たった今の時点ではただの雑草でしかない。


「はい。ちょっと恥ずかしいですけど、お見せしますね」


 そうつぶやいたアンネリーゼが目を閉じ、何かを念じる。呪文の詠唱も何もない、実に静かな魔法である。そして再度眼を開けた彼女が、うっすらと光をまとった右手を、花壇にかざす。


 リュシエンヌは、その下がり気味の眼を驚きに見開いた。目の前にあるシクラメンが見る間にその茎を伸ばし、葉を茂らせ、芽は膨らんで蕾となり、そして可憐な花を開かせたのだ。


「わあっ、すごい……王太子妃様、これって……」

「はい、私の力は植物の生長を促すこと。もう一つは……」

「もう一つ?」


 それには答えず、アンネリーゼは何かを探して……そして隣の花壇の隅に、病害であるらしく葉が茶色く萎み、花がすっかりしおれたマリーゴールドを見つけた。これだけ手入れの行き届いた花園だが、熟練の庭師がたまたま見逃したものであろうか。


 そして彼女はまた先ほどのように眼を閉じ、静かに何かを念じた。


「では、ごらん下さいね」


 その声とともに白く細い手がかざされると、枯れかけたマリーゴールドの枝が風もないのになぜか柔らかくそよぎ、淡い光を帯びた。しばらくすると……


「ええっ、なぜ?」


 リュシエンヌが叫んだのも無理のないこと。すっかり生気を失っていたはずだったマリーゴールドの葉がみずみずしい碧色を取り戻し、くたっとしおれてお辞儀していた花は、誇らしげにその花弁を開いている。


「こんな風に、植物に生命力を与えることだけは、できるのです」

「すごい、すごいです! まるでディアナちゃんの奇蹟みたい……」

「いいえ、聖女ディアナ殿下のお力は人の病や怪我を治すことができる偉大なものです。私のちっぽけな力と比べたりしたら、あまりに失礼というものでしょう。でも……エアハルト様は、この魔法が優しくて好きだと言って下さるのです」


 相変わらず自信無げで謙虚な仕草ながら、よく聞けば特大ののろけを平然とぶちかまし、少しだけ頬を桜色に染めながらふんわりと微笑むアンネリーゼに、リュシエンヌは感心しつつも押され気味である。


「ねえ、リュシーちゃん。私はリーゼの魔法に、無限の可能性があると思うの。このすごさをみんなにわかってもらう方法、何か考えられないかなあ?」

「ええっ!」


 まさか、こんなことまで丸投げしてくるとは。この義母がやたらと自分に高評価を付けていることを何となく気付いているリュシエンヌだが、この地味義姉のプロモーションまでやらされそうな雰囲気には、前向き思考の彼女もさすがに尻込みを…………いや、まったくしていなかった。


 リュシエンヌの眼は、初めて見た魔法に魅せられて輝いていた。ブリュンヒルトが派手に土を操る魔法もすごいし、一時的ではあるが水害を力技で止めてしまうビアンカも素晴らしいけれど、植物とは言え生命を守り育てるアンネリーゼの魔法は、より素敵だと彼女は思うのである。


「これは、素晴らしいです、王太子妃様!」

「堅苦しいことはやめて、王妃様と同じようにリーゼと呼んでね。私も、リュシー様とお呼びするから」

「わかりました……リーゼ様」


 十歳近く年下の自分に対しても様付けなのかと思わないでもないリュシエンヌだが、これがこの万事控えめな妃のキャラなのだろうと受け入れる。


「私は木や草花が大好きよ。だからこの力は自分でも嫌いじゃないのだけど……せいぜい花壇一つくらいしか元気にできないのでは、到底他のお妃様たちのように、国民のお役に立つことができないわ。王族は魔法で国に貢献するのが義務だというのに私がこんなでは、エアハルト様にもご負担をお掛けしてしまう……」

「ダメよ、そんなに自分を卑下したら。エアハルトはそんな風に優しく控えめなリーゼが、大好きなのだから」


 王位よりも、と口にしかけた言葉を、あわてて飲み込む王妃である。それを言ってしまえばアンネリーゼがまた、海よりも深く落ち込んでしまうだろうから。


「民のためにリーゼ様の魔法を役立てる方法は、あると思います」


 さして考え込むでもなくあっさりとした調子で言い放ったリュシエンヌに、二人が驚きの色を浮かべた視線を向ける。


「ですが、私の力だけではとてもそれをお助けするには足りません。ブリュンヒルト様とビアンカ様に、お力を貸していただきましょう」

「えっ? あの二人に?」

「助けて、下さるかしら? 競争相手と思われている、私を?」


 意外そうな顔を向ける二人に、リュシエンヌは笑って答えた。


「力を貸して下さると思いますわ、だってお二人とも、良い方ですもの!」

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