第33話 お義母さんといっしょw

 王宮の北側、国王一家の住まうエリアに向かうリュシエンヌの足取りは軽い。何しろ今日は、敬愛する王妃から初めてお茶会に招かれたのだ。


 姑だの義母だのと言うと一般的にはうっとうしい限りのものでしかないが、この王妃はしっかりとリュシエンヌの価値と裏表のなさを認めて、大事にしてくれようとしている。そもそも母の温もりなど知らぬ彼女だ、自分を暖かく包んでくれる大人の女性などは、今まで存在していなかったのだ。尻尾を振って懐いてしまうのは、無理からぬところであろう。


 しかし侍女たちから見れば、義母とのお茶会ともなれば、最も緊張するところだ。自分たちの主人に対する、この国一番の権力を握る女性の心証が、ここに掛かっていると意気込むのも、当然のこと。フリーダを中心にああだこうだと議論を重ね、当日も朝からすったもんだの大騒ぎである。もちろん持ち込み侍女のジョゼは、いつもの通り蚊帳の外でなのだが。


 そうやって出来上がった自分の姿に、思わずほうと息を吐くリュシエンヌである。薄緑色のふんわりドレスをまとい、少しウェーブした真紅の髪をはらりと自然な感じで肩に流した姿見の中の少女は、自分で言うのもなんだが、とても清楚で儚げで、なんだか妖精っぽい。


「未来のお義母様にお会いになるのなら、思い切り清らかで無垢な感じの演出を致しませんと」


 リュシエンヌから見れば、妙なところに気を遣うものだと思うのだが、侍女たちは真剣である。確かにこの出で立ちであれば、伴侶以外の男をくわえ込むようには決して見えないであろうが。


 そんなこんなで可愛く装った彼女がコテージに現れると、見覚えある大人しげな女性が、王妃と一緒に待っていた。


「ごきげんよう、アンネリーゼです」

「ご無沙汰しております、リュシエンヌです」


 ようやく王妃の招待の意味を理解したリュシエンヌである。この国にきてからと言うもの、王妃、王女ディアナ、第二王子妃の二人と言った王族女性と次々親交を結んだ彼女であるが、第一王子妃たるアンネリーゼとは、初日に顔を合わせたきり、これといった交流がなかった。何かにつけ控えめで遠慮がちなアンネリーゼを気遣った王妃が、お節介を焼いたというところであろう。


「この子はリュシーちゃんが忙しいからって、お茶にも誘えないのよ。でもリーゼはとっても優しい女性なの、仲良くしてあげてね」


 おそらく二十代も半ばであろう、リュシエンヌから見ればすっかり大人の女性であるアンネリーゼも、王妃にかかれば「この子」扱いである。


 沈んだ茶色の髪と、同じく沈んだ暗緑色の瞳。楚々とした美しさと穏やかな表情が男性の心を癒してくれそうな女性ではあるが、国の看板たる王妃を目指すには、かなり地味すぎる印象を拭えない。無意識に全身から発する自信なげな雰囲気は、もっといただけない。おそらくブリュンヒルトのように派手な美貌を持ち、いつも目を輝かせて胸を張っている王妃の方が、国民を熱狂させることができるだろう。


 だがそんな地味な義姉との会話は、リュシエンヌにとって実に心休まる、楽しいものだった。彼女もどちらかと言えばのんびりと自分の人生を楽しみたい派なのだ、ブリュンヒルトなどが発するギラギラした雰囲気は嫌いとは言えないまでも、疲れてしまうのである。


 その点この大人しい女性は、とても楽に話せる相手だ。何かを押し付けてくることもなく、必要以上にこっちの事情に踏み込んでくることもない。それでいて相手が持つほんのちょっとの美点をきちんと掴んで、柔らかい微笑みを浮かべて称賛してくれるのである。


 幼馴染であるという王太子エアハルトは居並ぶ魔力に優れた令嬢たちに目もくれず、側近たちの助言にも耳を貸さずこの穏やかな女性を妃とし、ひたすら溺愛しているのだという。きっとこのふわりと包み込むようなお妃様が、王太子様の帰るべき安息の場所になっているのだわと、ひとりうなずくリュシエンヌである。


「リュシエンヌ様は、魔法使いの力を数倍に強化できると聞き及んでおりますわ。素晴らしい能力だと思います」

「あの……よろしければリュシーとお呼び下さい。私には術者の能力を上げる力があるわけではございません。ただ魔力の量だけは多いようですので、皆様の魔力が切れないよう、お渡ししているだけ。マックス様にお聞きしているところでは、術者は決して魔力切れに陥らないよう、普段は力を抑えているものだとか。私がいればその心配がないので、本気を出すことができるのだと思います」

「そうなのですね……」


 傍らに座る王妃は「違うだろう」と思っている。王妃はすでに実感している、己の魔力を使って発現する魔法と、リュシエンヌに注がれた紅の魔力を使って打った魔法では、その威力が異なると言うことを。だが、それを指摘するより先に、王妃は別のことを口に出した。


「それでね、リーゼの魔法を一度リュシーちゃんに見せたかったのよ。とっても素敵なのよ!」

「まあっ! 王太子妃様は、どのような系統の魔法をお使いになられるのですか?」


 もちろんアルスフェルトの高位魔法使いは、土魔法か水魔法のどちらかだ。マクシミリアンは氷だが、あれは水魔法の一種なのである。


「一応は土なのですけど、ブリュンヒルト様や王妃様のように民のために土木工事ができるような力ではないので……」

「でも、とっても素敵なの。ほらリーゼ、見せてあげて!」


 なぜだか王妃の眼が、いたずらっぽく輝いた。

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