第27話 六年前のお話が続きます
「おお、マクシミリアン様!」「殿下、御無事で!」
私に随行していた者たちの死体を見て仰天したアルスフェルトの武官たちが追いついてきたのは、それからしばらくたってからだった。本来なら、彼らには私たちがそんな危ない目に遭わないよう、護衛する責任があったはずなのだがね。ちょうど刺客に襲われたときに彼らが遠ざけられていたことに関しては何か、裏がありそうな感じだった。
しかし、この武官たちは私も良く知っている者で、信頼できる。彼らはてきぱきと刺客を捕らえ、ローゼルトの衛兵を呼んで、共に尋問をするため二人ほど同行していった。尋問をローゼルトに任せたりしたら、口をふさがれる可能性があったからね。
「もう大丈夫だよ、お嬢さん。ありがとう、君のおかげで助かった」
「あ、はい。ご無事で、よかったです」
少女の目尻が少し下がり、私を見る視線が、優しいものになる。だけど彼女の手はまだ細かく震えている……無理もない、本物の殺し合いなど、生まれて初めて眼にしたのであろうから。そう思ってその手を取れば、腕の異常な細さに違和感を覚える。恐らく少女は十歳か、もう少し上か……いずれにしろ育ち盛りであるはずだが、まるで貧民街の子供のような痩せ方だ。いくら下級使用人の子供であっても、王宮で働く者を飢えさせたりはしないはずだ。
握った手を少し上げた瞬間、だぶだぶでサイズの合っていない使用人服の袖がめくれ、白い二の腕があらわになった。それを見た私は、再び息をのんだ。
その白い肌に、赤色や赤茶色の線が幾筋も刻まれていたのだ。明らかに、鞭で打たれた痕だ。この少女は、誰かによって日常的に、折檻されている。慌てて少女が、腕を隠す。
「この痕は……」
「教わった通りにできないから、いけないのです。みんな、私のために厳しくしてくれているのですから」
嘘だ。これは明らかに、痛めつけることを目的に、振るわれた鞭だ。私がじっと彼女の眼を見つめると、その瞳が揺れて、ふっとそらされる。その瞬間、私は思ったんだ……この可憐な少女を、ずっと守りたいと。どうしても、自分のものにしたいと。
「お嬢さん、私は必ずあなたを迎えに来る。どうか私の元へ来ていただけないだろうか?」
きょとんとした顔になって私を見つめた彼女は、やがて破顔した。
「ええ、喜んで参りますわ。お迎えを、お待ちしております」
少女のその言葉は、大した意味のこもっていない社交辞令であったのだろう。優しい笑顔の中に、諦めのような感情が、透けて見えた。まだ人生を苦労を背負いこむ年齢でもないというのに……また愛しさがこみ上げ、私はぎゅっと彼女を抱き締めた。後から思えば少し強すぎる抱擁だったけれど、彼女は抗わなかった。
「名前を……お伺いしてよいだろうか」
「はい。リュシエンヌと申します」
「よい名だ、リュシエンヌ嬢」
やがて事が片付くと、少女は大人たちに手を乱暴に引かれ、私から引き離されていった。何やら彼女をヒステリックに叱責する婦人の金切り声が、ここまで聞こえてくる。本来であれば友好国の王子を救った彼女には、賞賛が与えられてしかるべきなのだがね。
私はその時、自分に誓った。あのリュシエンヌという、私にとっての「運命の乙女」を、必ず妻にするのだと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「この国の連中がやった仕業かと思ったのですがね、いやはやびっくり、我が国の側妃が命じたことなんだそうで」
「愚かな……」
やたらと軽い調子で刺客の尋問結果を報告する二十歳前の若者は、四年前まで私の遊び相手を務めていた、アルスフェルトに帰れば侯爵家次男という立場の、ダグラスと言う名の男だ。今はローゼルトに潜入し、商家の息子というカバーをかぶって、王宮で文官勤めをしている。すでにその優秀さは注目されており、遠からずこの国の機密に触れることのできる職務に就けるだろう。
側妃が暗殺を命じたのは、ひとえに自分の子を王位に就けたいが故だろう。アルスフェルトでは、国王直系の子のうち、その配偶者の力も合わせて最も魔法に長けた者が後継者となる。王妃の子である長兄エアハルト、妹ディアナ、そして私。即妃の子は次兄ゲルハルト一人……この四名から選ばれるのだ。
「だったら、なぜエアハルト兄じゃなく、私を狙うのだ?」
「そりゃあ、側妃に人を見る眼があるってことですよ。最強の敵はあなただって、わかってるんですから」
「いや、単なるバカだと思うがね。よりによって他国の王宮で襲わせるなんて……ローゼルトでなかったら、でっかい国際問題になる」
私はため息をついた。せっかく有利に進めた交渉はこの一件のおかげで、やり直さねばならないだろう。外交面で、ローゼルトに大きな借りを作ってしまった。やはりあの軽薄な側妃を、絶対に国母になんかしてはいけない。
「まあ、その辺はあなたなら、うまくやれるでしょう。ですが……そこにはあまり、関心がなさそうですね?」
「バレたか。さすがにダグラスは誤魔化せないな。私の頭の中は今、『運命の乙女』のことで一杯だからな」
「はあっ? お堅いあなたが、どうしたって言うんです?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます