第28話 やっと、わかりました
「どこの家の出かもわからなけりゃ、そもそも貴族か平民かすらもわからない。手掛かりはリュシエンヌという貴族令嬢にはよくありがちな名前と、見事な紅い髪、それだけ。こりゃあ、探すのに苦労しそうですねえ」
「お前の能力を持ってすれば、すぐわかるだろう、ダグラス。そして全力で、彼女を私の伴侶にするよう、力を尽くしてくれ」
「え~、いきなり伴侶ですか? マックス様は女になんか興味がないと思っていたんですが……惚れると重い男だったんですね」
「何とでも言え」
幼いころから一緒にいてくれた兄のような存在が、こうしてローゼルトにいてくれたのは幸運だった。あの少女を必ず、掌中にするためには。
◇◇◇◇◇◇◇◇
後ろ髪をひかれるような思いで帰国した私だったが、少女の身元がすぐわかることを疑ってはいなかった。何しろあのダグラスは、王立学園に首席で入りそのまま一度もその席を譲ることなく卒業した、十年に一度と言われた俊英なのだ。調査活動などは彼にとって、ほんの片手技に過ぎないのだから。
だが、ひと月経ってもふた月経っても、ダグラスは連絡を寄こさなかった。そしてそれが四ケ月になり、いよいよしびれを切らして別の密偵を送り込もうかと考え始めた矢先に、ダグラスの意を受けた商人が、私を訪ねてきた。
「それで……ダグラスは何と?」
性急な私の問いに、彼は慎重に答えた。
「ダグラス様は、お探しの令嬢をつきとめられました。ですが、こうおっしゃっておられました……簡単には、手が出せないお相手だと」
「どういうことだ? あの少女はどう見ても大事にされてはいなかった。保護者に利を説けば、簡単に譲り受けられそうなものだが? 何なら、攫っても……」
我ながら過激なことを言うものだと思ったが、私はその時、たとえ少女をかどわかしてでもこの腕に抱き締めたいと、本気で考えていたんだ。
「カネを払えばなんとかなる親では、ありませんでした。そして、攫ったりしようものなら、戦争になります」
「どういうことだ?」
「お嬢さんの父親は、ローゼルト国王オーギュスト二世……殿下が焦がれる御方は、第四王女、リュシエンヌ殿下なのでございます」
「何だと?」
そんなはずはない。だってあの少女は、下級の使用人が着るような粗末な、しかもサイズの合わない服を着ていたのだ。おまけに腕にはいくつも鞭の痕があった……仮にも一国の王女が、そんな虐待を受けるはずがない。そうまくし立てる私に、商人は気の毒そうな視線を向けると、あくまで冷静に報告を続けた。
「ローゼルトは『魔法王国』を標榜しています。その王族といえば、強力な火魔法を操り外敵を打ち払うのが、その存在価値なのです。ですが、リュシエンヌ王女は、蝋燭ほどの火すら、生み出すことができないのだとか。魔法が使えない王族はかの国では『役たたず』、生母がすでに亡くなられているリュシエンヌ王女を庇う者は、王室にはいないようでして」
「では、臣籍に下せば良いようなものではないか……」
「ダグラス様のおっしゃるには、五~六年後に婚姻外交の駒として使うため、手元に置いているのだろうということでした。魔法王国の王女となれば、事情を知らぬ遠国の王族などからすれば、垂涎の的でありますから」
商人の冷静な語り口に、私の頭もようやく冷えてきた。よく考えれば、確かにそれはありうることだ。あの不誠実で冷酷なローゼルト国王であれば、娘が魔法が使えないことなど決して告げず、「魔法王国の王女」という看板だけで、あの哀れな少女を高く売りつけるだろう。
「リュシエンヌは……何歳なんだ?」
「十一歳と、聞き及んでおります」
この大陸の成人年齢は、十五歳だ。それまでは彼女の婚姻が結ばれることはないだろう。その間に、私の妃として迎える根回しを整えるのだ……たとえ多少の汚い手を使ってでも。あの少女を、他の誰かに渡すことなんて、もう考えられないのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇
月日が流れ、リュシエンヌが婚姻可能となる十五歳を過ぎて十七歳に至る頃になっても、私はまだ手をこまねいていた。王族の娘を合法的にかっさらうのがこれほど難しいとは……ダグラスの言っていた通りだった。いっそのことローゼルトと戦争になってしまえばいいのにと、何度も思ったくらいだ。
他国に嫁ぐ最悪のケースだけは、何とか避けられていた。二つほど真面目な縁談が持ち込まれたらしいが、すでにその能力を買われて大臣秘書官となったダグラスが早々にかぎつけ、彼女を妃に望むという国に匿名の密書を送ったのだ。ローゼルトの第四王女は魔法など一つも使えず、粗末な暮らしをさせられている醜い娘だと。容姿など確かめようもないであろうが、魔法の使えない王女の話は、ローゼルトの上流階級の間では知れ渡っている。密書の裏が取れたことで縁談は流れ、リュシエンヌはまだ、乙女のままだ。
そんな時、伯父の妃が病を得て亡くなった。ローゼルトの王妹であったが、敗戦の後に実質的な人質としてアルスフェルトに嫁いで来られた方で、美しく人柄も穏やかで、伯父との夫婦仲も親密だった。まだ四十代半ばの若さで、王族は皆彼女の死を悲しんだが、私はこれが千載一遇の機会だということに気付いていた。
私は密使を送り、ダグラスを動かしてローゼルト王室がリュシエンヌを人質として使いたくなるように仕向けた。危ない活動だったが、ダグラスはやり遂げてくれた。まあ私が「これを成功させたら、アルスフェルトに帰れるようにしてやる」っていう餌をあげたからね。
とにもかくにも、ローゼルトは注文通り「第四王女を貴国の王族とめあわせたい」という打診を送ってきた。父王にはかねてより根回し済みだったから、後は怒涛の勢いで私と君の婚約が成立したっていうわけなのさ。
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