第21話 お茶会です!

 茶会に送ってくれる道中も、マクシミリアンはずっとリュシエンヌを見つめたままであった。気恥ずかしさに頬を染めっぱなしの彼女だが、好いた男が装った自分の姿に魅かれていると思えば、今まで感じたことのない喜びがじわじわと湧いてくる。この方をもっと喜ばせたい、そのために今度フリーダからお化粧を教えてもらおうと、心に決める彼女である。


「リュシエンヌ殿下! よくお越しくださいました、ブリュンヒルト様もお待ちになっておられますわ」


 第二王子一家が住まう西の宮に着いて馬車を降りた瞬間、やや高いが落ち着いた響きの声がリュシエンヌを迎えた。第二王子側妃、ビアンカである。栗色の髪に茶色の瞳、目立つところは乏しい地味な容姿だが、ちょっとした仕草や表情が幼なげで可愛らしい。三つほどは年上のはずなのに全然そう見えない、若見えってお得よねと妙な感想を抱いたのは、内緒だ。


 門まで出向いて来客を迎える気遣いにぽっと心が温まるが、高位貴族、ましてや王族は、普通そんな振る舞いをしないものだ。この気安さで王宮の上から下まで広く人気が高いという所以だが、令嬢方からは「やっぱり平民出ね」と揶揄されることにもなっている。もちろんリュシエンヌは、尻尾を振って出迎える主義である……れっきとした王女ではあるのだが。


 日毎に暖かさを増す天気など、無難な会話を交わしつつ、夏の花が咲き誇る庭園にいざなわれる。そこには南方風のガゼボがしつらえられ、正妃ブリュンヒルトがすでに待っていた。まさに黄金のように色濃い豪奢な金髪をやわらかめの縦ロールに巻いている、典型的悪役令嬢……もとい彼女は既婚者であるから、悪役奥様とでも言うべきなのか。


「遅かったですわね、待ちくたびれてしまいましたわ」


 別にリュシエンヌは、遅刻してなどいない。とりあえず何か言いがかりをつけてマウントを取ろうとするのが、いつものブリュンヒルトなのだ。高慢ちきだと陰口を叩かれることもしばしばだが、もはやこのスタイルが身に付いてしまった彼女には、今更修正は利かない。


「私のためにお待ち下さって、ありがとうございます。マクシミリアン殿下の婚約者、リュシエンヌでございますわ。王族の暮らしなど、まだよくわからないことばかりですので、よろしくご指導下さい」

「え、ええ。よくってよ……」


 マウントを取った相手が怒ったり悔しがったりする様子を見て悦に入るのがいつものブリュンヒルトであるのだが、今日の相手にはさらりといなされて拍子抜けのていである。少し口をとがらせてぶつぶつつぶやく彼女を見て、見かけと違って中身は可愛らしい方なのではないかと思ってしまう、リュシエンヌである。その様子を見ていたビアンカがふわりと微笑んで空いた椅子に座り、お茶会が始まる。


 会話をリードするのは、終始ブリュンヒルトだ。特に芸術関係に造詣が深いようで、人気の油絵師やヴァイオリニストの話題をしきりに仕掛けてくるが、リュシエンヌにはさっぱりついていけない。もちろんクラシックな音楽についての知識は叩き込まれているのだが、流行りの演奏を実際に耳にすることもなければ、美術館に行くことなど許されなかった彼女であるのだから。


 だが、どうやら芸術の教養ではマウントをとれたとばかりに鼻をうごめかしたブリュンヒルトが、周辺国の地理や歴史に話題を転じたとたん、形勢は逆転した。彼女の従妹が嫁いだ西方の小国に話を向ければ、そこの特産物や文化、そして数十年前に隣国とまじえた戦の話に至るまですらすらと諳んじるリュシエンヌに、驚きの眼を瞠らざるを得ない。


 まるで口頭試問でもやっているようなブリュンヒルトとリュシエンヌを会話を一歩引いてにこやかに聞いていたビアンカは、拭えぬ違和感を感じ始めていた。


 この隣国の王女が持つ知識量は素晴らしいが、どうも分野に偏りが激しいのだ。書物を読めば得られる類の知識は実に豊富だが、自分の眼で見、耳で聴き、触らねば得られぬ知識はさっぱりであることが、三十分も経たぬうちに、わかってしまったのだ。たった今も、この世界では当たり前の、ベルガモットのフレーバーを付けた紅茶を口にして、珍しそうに首を傾げている。


「リュシエンヌ殿下、ローゼルトではお茶会など、あまりなさらなかったのでしょうか?」


 ビアンカの問いにこの王女も顔を赤らめる。こんなもの慣れぬ様子をあからさまに見せるなど、上流階級の淑女としては、あるまじきこと。ヒステリックな家庭教師から、何度折檻されたことか。


「ええ、いわゆる社交は、まったくしておりませんでした」

「そうなのですか。社交にお出にならないのに所作は完璧に近いとは、さすが姫君様ですわね」


 うん、ここはぶっちゃけてしまおうか。この人たちは確かに第二王子の妻で立場上敵だけど、悪い人ではないとリュシエンヌの直感が告げている。どうせ、いずれはバレてしまうことなんだし、と。


「そうですね。マナーは嫌でも身に付きます、鞭で叩き込まれれば、ね」


 妃たちは眼を見開き、その表情から笑みが消えた。

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