第22話 義姉様たちはお友達です

「あの……リュシエンヌ殿下。今のお話は、どういうことでしょう……」


 先に自分を取り戻したビアンカが、遠慮がちに問う。先ほどまで王女相手にマウントを奪ってドヤ顔をしていたブリュンヒルトは、まだ呆然としている。


「あ、はい。その前にあの……殿下はやめて、リュシエンヌでお願いします」

「はい、リュシエンヌ様」

「私が魔法を使えないことは、もうお話ししました。ローゼルトにおいて、王族の価値は強力な魔法が扱えるかどうかですので……」


 そして、リュシエンヌはゆっくりと語った。魔法が使えないことが判明した後は、王族としては扱われず、衣食住全て下級使用人以下の扱いで育ったこと。もちろん社交にも公務にもお呼びではなく、上流社会では当たり前の生活に触れることがなかったこと。但し、外交の駒として嫁に出させるために、いわゆる教養やマナーに関しては、しっかり叩き込まれたこと……鞭を使ってであるが。


 余分なこととは思いつつ、兄姉たちからも鞭を食らっていたことも付け加える。どうもこの二人が衝撃を受けている様子を見ると、変に隠すより全部ぶっちゃけて憐れんでもらった方が、母国に追い出されるリスクは減るのではないだろうかと、計算した結果である。リュシエンヌにとっては、母国にいた頃とは比較にならないほど快適に暮らしてゆけそうなこの国に「どのような形でも置いてもらう」ことが、第一義なのだ。


「そんな……」


 信じがたい待遇の悲惨さに、ビアンカが言葉を失う。ガゼボが静けさに支配され、これは赤裸々過ぎたかしらとリュシエンヌが後悔し始めたその時、これまでずっと黙って聞いていたブリュンヒルトが、テーブルをばんとぶっ叩きながら立ち上がった。


「許せませんわ! 一国の王女、それも家族に対して、そのような不当な扱いなんて……大丈夫、リュシエンヌは、私が守って差し上げますわ!」


 豪奢な金髪が持ち主の怒りを表すかのようにぶわっと膨らみ、その深く蒼い瞳に光が満ちている。はたから見れば、拾ってきた哀れな捨て犬を絶対飼うと親に訴える子供のような風情だ。


 確か今日は、いかにブリュンヒルト様の方が妃にふさわしいか見せつけて、上下関係をはっきりさせてやるという目的で開いたお茶会じゃなかったかしらと、ビアンカは胸の中でつぶやく。その手の平返しっぷりに、女同士の権力争いなど興味のない彼女も、さすがに戸惑いを隠せないのだが……平民の自分より粗雑な扱いを受けてきたというこの王女に、保護欲をそそられてしまったのは、彼女も同じだ。


「私は平民ですので力はございませんが、微力ながらリュシエンヌ様をお助けしたいです」

「ありがとうございます、ブリュンヒルト様、ビアンカ様。私の願いは、もうローゼルトには帰りたくない、それだけなのです。王族として魔法でお役に立てない私ですが、どうかこの国に置いて頂けるように、ご夫君の王子殿下にもお口添えをお願いできればと……」

「ええ、それは、もちろんですけど……」


 二人の妃は、首を傾げる。なぜこの子は、ここまで追い出される可能性を恐れるのだろう。すでにあちこちで、その存在価値を証明しているというのに。


「ねえリュシエンヌ、いやもうリュシーと呼んじゃうわ。あなたがローゼルトに追い返されるなんてもう、ありえないわよ? だって『銀聖女』ディアナ様は、リュシーがいるといつもの十数倍もの人を助けられるというじゃない」

「そうですよ。マクシミリアン殿下だって……リュシエンヌ様が来てから、あの強力な魔法を連発できるようになったと言われておりますし」

「でも、私自身は、何もできない……」


 ここに関しては、なかなかリュシエンヌも頑固である。十年以上にわたって「魔法ができない役立たず」「王族のくせに」「やはり母親の血か」などと罵詈雑言を浴びせられてきたのである。精神のど真ん中まで劣等感が染みついてしまっているのは、無理ないことであろう。


「う~ん、困った子だわね。どう言ったら分かるのかしら……」


 そう言いながら、うなだれるリュシエンヌの手に触れたブリュンヒルトが、びくっと身体を震わせた。


「え……これ、何?」

「はい? どうなさったのですか、ブリュンヒルト様?」

「凄いわっ! ビアンカも、ほら!」


 なぜだかすっかり高揚しているブリュンヒルトの姿に戸惑いつつ、ビアンカも同じように王女の細い手に、自分の手を乗せる。


「では、失礼して……ふわあっ、これは!」

「ビアンカ様まで……いったい何があったというのです?」


 怪訝な表情で二人の妃を見やるリュシエンヌに、少し呆れを含んだ顔でブリュンヒルトが告げる。


「あのね、リュシー。私とビアンカは、ゲルハルト様を王位に就けるために毎日魔法の鍛錬を怠らないわ。今日もこのお茶会の直前に、魔力が空になる寸前まで魔法を使っていたわけよね。だけどリュシーの手に触れたら、ほんの五つか六つ数えるくらいの間に、フルチャージに戻っちゃったのよ!」

「私もです。ものすごい量の暖かい魔力が一気に流れ込んできて、とっても気持ち良かったです……」

「あの……私の魔力はそんなに特別、なのでしょうか?」


 自信無げな表情でつぶやくリュシエンヌに、ブリュンヒルトが気の強そうな眉を跳ね上げる。


「当たり前! 大陸中探したってリュシーみたいに優秀な魔力タンクは存在しないわよ。その貴重さを自覚してないなんて、なんて危なっかしい子なの。う~ん、いいわ、もう決めた。マクシミリアン様の婚約者は、本来であれば私たちの敵。でもリュシーだけは特別に、友達になって差し上げますわ!」

「あ、はい、喜んで!」

「私も、お友達に加えて下さい、リュシエンヌ様」

「もちろんです……ビアンカ様も私のことは、リュシーと」


 いつの間にか、リュシエンヌの両眼から、熱い涙がこぼれていた。

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