第20話 お誘いです

「お茶会の招待状だって?」

「ええ、ブリュンヒルト様とビアンカ様から、三人でとお誘いが」

「う~む、なぜだろう……」


 マクシミリアンのつぶやきは、もっともなことである。リュシエンヌとべったべたの仲良しであることが知れ渡っているディアナを呼ばないことも不自然だし、王子の妃同士で親交を深めようというなら王太子妃であるアンネリーゼを抜いては成立しない。


「何が目的なんだか、よくわからないな。彼女たちにとってリュシーはライバルであるはずなのだが。まあ、兄はともかくその妃たちはまともな人たちだ。危害を加えられることもなかろうから、いやでなければ行っておいで」

「はい、そう致します」


 顔を見ればいつも突き刺すような視線を送ってくるブリュンヒルト妃はちょっと怖いが、幼いころからこの国の上流階級と親しく交わる本物のご令嬢だ、きっと素敵な趣向を見せてくれるに違いない。そして側妃のビアンカはいつも正妃を立ててその陰に従っているが、なんだかローゼルトで虐げられていた私に一番優しくしてくれた、カーラと同じ雰囲気をまとった女性だ。話したらきっと仲良くなれるんじゃないか……楽天的な彼女は、そんな期待をしてしまうのである。


 そもそもお茶会自体、この国に招かれてから初めて体験した彼女だ。これから第三王子の妃として社交をこなさねばならないのだし、お茶会だって主催しないといけなくなる。よいお手本を見せていただくチャンスだわと、出席快諾を即答するリュシエンヌであった。


 一方、その知らせを聞いて一気に緊張したのは侍女頭のフリーダだ。


「第二王子妃のお二人とお茶会! これは、負けてはいられません!」


 勝ち負けなんてあるのかしらと首を傾げるリュシエンヌだが、こういうものは本人同士より、仕える者同士の方が対抗心を燃やすものであるらしい。特にブリュンヒルト妃の侍女頭はことあるごとにリュシエンヌの遠慮がちな態度や痩せすぎの身体に辛辣な嫌味をぶつけてきた……なぜか、本人ではなくフリーダに。自分自身のことには鷹揚なフリーダも、主人を貶されれば怒りを覚える……それは、誇りをもって磨き上げている自分の仕事の出来栄えにケチをつける行為なのだから。


 かくして早速フリーダと部下の三人でドレスの吟味大会が始まり、それにマッチするアクセサリが無いと言っては御用商人を呼び付け……てんやわんやである。お肌の手入れもいつもの二倍時間をかけ最高級のオイルを塗り込み、お茶会の日までは日光を浴びることすら禁止される有様だ。


「義姉様たちとのお茶会に、ここまでする必要が……」

「「「ございます!」」」


 遠ざけられた持ち込み侍女ジョゼを除いた三人の侍女が、速攻で異口同音に答えるさまに押されて、いいなりになってしまうリュシエンヌであったのだが……茶会の当日、侍女たちがたっぷり時間をかけて仕上げた自分の姿に、息をのんだ。


「素敵……」


 柔らかくウェーブする真紅の髪は、さらりと背中に流されているだけ。しかし上質の油で丁寧に梳られたそれは、まるでルビーを紡いだかのような明るい光沢を放ち、眼を奪う。抜けるように白い肌は侍女たちの丹念なマッサージで、まるで幼児のようなぷにぷにのつるつる。たくみな化粧は下がり気味の眼をなにやらキリッと見せ、リュシエンヌが欠点だと思っている丸みを帯びた鼻も何やらすっきりと感じられる。頬にわずかに紅を差せば、何気ない微笑みが、天使のそれに見える。


 ぷっくりと膨らんだ唇は、この国に来てからきちんとバランスの取れた食事がとれるようになったことで、若い娘らしい健康的な色を取り戻してきている。そこにまた少しだけ朱をのせれば、芳紀まさに十七歳の麗しい姫がそこに現れる。ナルシシストではない彼女にして、思わず姿見に釘付けになってしまう、それほどの出来であった。


 そして、この日のためにセレクトされたデイドレスは、明るめの碧色。やたらと目立つ深紅の髪に負けない、印象的な色合いだ。補色の関係をなす赤と碧のコントラストが、リュシエンヌをわくわくさせる。


「今日のアクセサリは、これをお着け下さいね」


 そう言って差し出された小箱の中には、トップに大きく色濃い翡翠がはめ込まれ、精緻な細工が施された魔銀のネックレスと、同じく魔銀のブレスレット。よく見るとブレスレットにも、小さなエメラルドがあしらわれている。銀色と碧色でまとめられた、シックな雰囲気を漂わせる装飾である。


「これは、マクシミリアン殿下が御自らお誂えになりました」


 少しもの言いたげなフリーダの言葉に、リュシエンヌの頬がほころぶ。きっと侍女たちの頭には違う色合いがイメージされていたのだろうが……あの一見冷徹そうな王子が、自分のために慣れぬ装飾品選びなどしてくれたのだと思うと、嬉しさが押さえられないのだ。


「それではそろそろ、出かけましょうか」


 促されて部屋を出ると、そこにはマクシミリアンが待っていた。切れ長の碧色した眼をいつもより三割増し大きく見開いて、リュシエンヌを見つめる。


「……綺麗だ。誰にも見せたくなくなる」


 いつもに似ず、甘い雰囲気をダダ漏れさせながらそんなことを口にされれば、彼女の頬に血が昇ってしまうのも、致し方ない仕儀であろう。いつまでも見つめ合っている二人を、フリーダがもう一度急かした。


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