第19話 追い出されませんよね?

 ホーエンフェルス戦役の鎮圧は、アルスフェルト王国にとって、非常に大きな意味があった。


 もちろん、侯爵が目論んでいた「大公国」の成立を妨げたことは大きいが、それは損失を避けただけのこと。今回の戦役はそれとは別に、国家にとって大きな利益をもたらしたのである。


 まず、侯爵が国民生活のありとあらゆるところに張り巡らした利益吸い上げ機構を全滅させえたこと。これにより税収も増えるし、あちこち収奪されていた民衆の生活も、楽になるだろう。侯爵家が長年ため込んだ不正蓄財は驚くべき巨額で、なんと国家予算の半分に相当する財物が没収され、国庫に収められたのだという。


 そして、実り豊かなホーエンフェルス侯爵領が、そのまま王室直轄領となった。小麦の一大産地であるここを王室が押さえることで、統治基盤が着実に安定するはずだ。何より大きいのが、侯爵が隠匿していた魔銀鉱山が、無傷で国有にできたことだろう。密輸ルートを止めることで価格も安定し、諸国に対しアルスフェルトの立場は強くなる。


 加えて、この戦役で周辺諸国のアルスフェルトに対する姿勢がはっきりしたことも大きい。表面的には友好的であった隣国コンスタンツは、ホーエンフェルスへの援軍を準備していたことが判っている。いろいろ証拠を押さえてあるので、これを切り札に取っておけば今後の外交がなにかとやりやすかろう。


 ある意味予想通りであったのが、リュシエンヌの母国ローゼルトの振る舞いである。二十五年前の戦勝以来、形式上従属国として人質も送っているが、潜在的な敵国ではあったのだ。今回使われた魔道具は明らかに火の上級魔法が込められたもの、こんな高級品はローゼルトの上層部が関わらねば絶対入手できない。ようやく尻尾を出したかというのが、アルスフェルト側の受け止めだ。


 ローゼルトからの人質という立場であるリュシエンヌはマクシミリアンと共に国王夫妻に面会し、いかなる裁きも受けますと申し出たのだが、国王には笑い飛ばされ、王妃にはこう言われた。


「うん、これでリュシーちゃんはもう、うちの子になったわよね」


 安心してわんわん大泣きしてしまったことは、その四人だけの秘密なのだが。


 いずれにしろ今回の戦役において、被害最小限で最高の戦略的勝利を挙げたマクシミリアンの手腕への評価は、アルスフェルト上層部でうなぎのぼりである。そしてその評価は、近々見直される予定の王太子選定レースにも、深く影響する事項なのだ。


 王太子選考で第一グループとなるのは、現国王の子、四名。


 現在の王太子である第一王子エアハルトは、マクシミリアンの活躍と今後の王位争いについて、こう語ったという。


「マックスならあのくらいはやるだろうと、かねてから思っていたよ。だけどあの婚約者殿の規格外ぶりは予想できなかったね。マックスとリュシエンヌ殿が国を治めていくならば、私は陰から支えよう、アンネリーゼと共にね」


 だが一番王位にガツガツしているとされる第二王子ゲルハルトの感想は、かなり違うもののようだ。


「マクシミリアンの手柄だと? あんなものは単なる幸運に決まっている。そして王族としての価値は強さだ、そして強さはどういうパートナーを選ぶかで決まる。アルスフェルトの女で土魔法第二のブリュンヒルトと、水魔法第一のビアンカを娶った俺が、当然この国を率いていくべきだ」


 ある意味潔いくらいの権力志向、かつ脳筋だ。その彼に言わせれば、マクシミリアンの嫁選びは王族の義務に悖るということになる。


「あのリュシエンヌという娘、最近ディアナの手伝いで名を上げているようだが、所詮は魔力の貯金箱みたいなものだろう。国民のために戦うことが義務である王族であれば、自分の苦手な魔法の遣い手を娶るべきだ。土魔法を操る俺が平民のビアンカを側妃にしたのは、まさにそれが狙いだからな」


 話を聞いているとまるで妃などは強い魔法使いであれば誰でもいいような口ぶりに聞こえるが、意外なことに夫婦は仲睦まじく、正妃と側妃の関係もまるで姉妹のようで、非常に良好なのだという。


 実は王位継承権四位である「銀聖女」ディアナは、王位争いなど興味なさそうにこう語ったという。


「ゲルハルト兄さん以外なら、誰でもいいわ。私がリュシー姉様と結婚できるんなら、私が女王になってもいいけど、女同士だしね。当分結婚もしたくないし、私はレースから降りてリュシー姉様を応援しようかな。うん? そうすると私は、マックス兄様を支持するってことになるのか。条件は、姉様を時々、貸してくれることにしよう!」


 兄妹たちのコメントを知ったマクシミリアンは、表情も動かさずにこう言ったという。


「リュシーを俺のモノにできるなら、王位なんてどうでもいい。だが、おかしな者が王になれば、いずれリュシーの価値に気付いて彼女が欲しくなるはずだ。それを防ぐことだけのために俺は、なりたくもない王位を目指さなければならないんだ」


 どことなくヤンデレ臭が漂ってきた、第三王子であった。


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