第18話 凱旋します

「マックス様、これは何が起こっているのですか?」

「ああ、これ以上敵をむやみに殺すと、君が悲しむかと思って。じわじわと城を凍らせて、奴らの居場所を無くしてやるのさ。諦めて、降伏してくれればいいのだが」

「でも、こんなことをするには、ものすごい魔力が必要なはず……」

「そうさ、だからこうして……」

「ひゃん!」


 また、ものすごい違和感と共に、魔力が引っこ抜かれていく。奪われる魔力量は膨大であるはずだが、リュシエンヌから見ると「少しは……減ったのかな?」という程度。


 これだったらディアナ様との聖女治癒魔法ブートキャンプの方が、よっぽど魔力を減らされる。もう少し抜いてくれた方が、体調が良くなるのだけれど、ディアナ様や王妃様に魔力を差し上げるときと違って、マックス様に引っこ抜かれるとあの違和感がちょっと……などと呑気なこと考えている彼女なのである。


 そんなことを考えている間にも、凍結範囲はゆっくりと、しかし確実に広がっていく。


「うわぁ、もうダメだ、俺は降伏する!」「俺もだ!」


 ついに下級兵士たちが下着を結びつけた槍を白旗代わりに、開きっぱなしの城門から続々と降伏してくる。一人が城を飛び出すと、つられて俺も俺もとなるのは、集団心理の常である。離脱者を追い討とうとする城兵にピンポイントで氷槍が飛んでいくことが判ると、降兵はいよいよフリーパス状態になる。


 かくして時間の経過とともに城は狭くなり、守る兵士はどんどん減る。すでに城の過半は氷に閉ざされた。


「大公殿下、かくなる上は致し方ありません、降伏し寛大な処置を乞うしか……」

「何を言っておる、降伏したら死罪に決まっておろうが! こうなれば一騎討ちだ!」


 そう叫んだ侯爵は、馬を駆って城門を出る。


「我こそはホーエンフェルス大公なり! 大将マクシミリアンと、騎士の一騎討を所望する!」


 大音声で呼ばわったつぎの瞬間、その騎馬に氷の槍が突き刺さり、哀れにも倒れた馬の下敷きにされたホーエンフェルス侯爵は、卑怯卑怯と叫びながら、あっさりと捕虜となった。


「私は魔法使いであって、騎士ではないからね、あんな脳筋に付き合う気はないよ。まあ、望み通り一対一の勝負は、してあげたつもりだけど」


 マクシミリアンが、味方からは「水面のように平静な」と讃えられ、敵からは「氷より冷酷な」と貶される感情の乏しい表情を、少しだけ緩めてリュシエンヌを振り返った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「マクシミリアン王子、万歳!」

「リュシエンヌ王女、万歳!」


 王都へ戻った遠征軍の列を、民衆が熱狂的に迎えた。さながら凱旋パレードのような趣である。目抜き通りの両側を埋める庶民たちに、表情を動かさずに左手を上げて応えるマクシミリアンと、戸惑いつつも背一杯右手を振ってひきつった微笑みを浮かべるリュシエンヌ。


 ホーエンフェルス侯爵の蓄財にかかわる悪行は、こたび摘発された魔銀の隠匿のみならず、民衆の暮らしに影響する広い範囲にわたっていたのだ。麦の相場に、塩の闇流通……数え上げればきりがない。こたびの叛乱は、王都市民にとっても雲の上の出来事ではなく、自分たちのささやかな生活を脅かすものであったのだ。


 それを信じられないほどの短期戦で鎮圧したのは王族の若き英雄と、紅の聖女。討伐軍が帰還する前に、すでに吟遊詩人が事の次第を庶民向けに脚色し、街のあちこちで高らかに触れ回っていたのである。民衆の熱狂も、故なきことではないのだ。


 二人の後に続く国軍兵たちも、誇らしげに表情を輝かせている。外征に出て勝ったとて、民の生活がどう変わるでもない、むしろ遠征のため重くなった税を恨まれるのがせいぜいだろう。だから今回のようにわかりやすい「民衆の敵」を倒し、民が戦勝を祝ってくれるなんて機会は軍隊の、特に若い兵士にとっては最高のごちそうなのだ。沿道の娘が投げてくれるヒナギクの花を、誇らしげにボタン穴に挿す歩兵の、なんと多いことか。


 凱旋行進も終わりに近づこうかという時、リュシエンヌが異常に気付いた。金髪の五~六歳くらいの男の子が、母親の手をするりと抜けだし、石畳の街道に出てパレードに駆け寄る。そしてつぶらな眼を真っすぐに二人に向けて、可愛いボーイズソプラノで叫ぶ。


「王子様王女様! 魔法を見せて!」


 真っ青になった母親が飛び出して男の子を抱き締め、ぺこぺこ頭を下げつつ不敬を詫びるが、男の子はまだじっと二人に期待の視線を向けている。リュシエンヌはつい、マクシミリアンに哀願の眼を向けてしまう。


「……今度だけだぞ」


 小さくつぶやいた王子が男の子に向けて右手を開くと、春だというのに、その子の頭上にだけ、大粒の雪が舞った。その雪は瞬く間にその子の袖に、頭に、そして鼻に降り積もった。


「うわぁ、すごいよ! 王子様王女様、ありがとう! 僕、大人になったら騎士になって、王子様や王女様をお守りするんだ!」

「ふふっ、小さな騎士さん。あなたが守ってくれる日を、待っているわ」


 胸がふわりと暖まる思いがする、リュシエンヌであった。


 そしてこの小さな騎士との約束は、十二年後になって果たされることになるのだが……それは別のお話。


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