第17話 反撃します!

「氷の矢よ、降れ」


 ごく短い詠唱の直後、城壁の上、先ほど紅く光ったあたりに、マクシミリアンの氷槍が十数本ほども降り注ぐ。次の刹那その周辺は一気に燃え上がり、全身に炎をまとった兵士が逃げまどい、ある者は城壁から落下していくのが見える。


「降れ!」


 そして彼が第二弾を落としたのは、丁度最初に着弾した位置と、城の塔を挟んで対称になるあたり。そんな安直な配置をするものかしらといぶかるリュシエンヌであったが、先ほどと同じような大爆発が起こるのに呆れる。


「え……あんな分かりやすい場所に?」

「まったくだ。しかも火の魔道具を分散させることもなく一箇所に集めておいたらしいな、あれじゃ誘爆するのは当たり前だ。我らの攻撃が届かないと、油断していたのかな?」

「そうかも知れませんね。実際、マックス様の魔法以外、城壁の上には届きませんでしょう?」

「うむ、私が出陣していることは伝わっているはずだが……」


 そのまま沈思黙考するマクシミリアンの横顔を眺めながら、やっぱり好みだなあと呑気な感想を胸に抱くリュシエンヌである。


「そうか、わかった。指揮官! 敵が出てくるぞ!」

「なんと?」

「敵はさっきの氷槍二発で、私の魔力を使い切らせたと考えているはずだ。さすれば高所に陣取る有利を活かし、突撃を掛けてくるぞ。卿らは土壁から出ず、矢を射かけて奴らの足を止めることに専心せよ」

「はっ、直ちに!」


 そんなに思った通りに行くものかしら、と思ってしまうリュシエンヌだが、ほどなく城門が開き、敵の騎兵があふれ出てくるのを見て感嘆する。


「戦場にいる人間の思考なんて、意外と単純なものなのだよ」

「ではあの人たちは、もうマックス様が魔法を使えないと思っているのですね?」

「そうさ、普段ならそれは正しいね。だけど、今ここにはリュシーがいる。奴らの敗因は、リュシーの価値を、知らなかったことさ」

「あ、それって……ひゃうん!」


 熱く語りかけられながらマクシミリアンに華奢な身体を抱き締められ、一気に魔力を引き抜かれる。半ば予想していたというのに、やっぱりおかしな声をあげてしまって赤面するリュシエンヌなのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「恐れることはない、敵はもう魔法は撃てぬ! 一気に駆け降りて蹂躙せよ!」

「おうっ!」「突撃だ!」


 ホーエンフェルスの騎兵が、一斉に雄叫びを上げて坂を駆け下りていく。不得意な籠城でストレスの溜まっていた騎兵は、ようやく本領を発揮できる突撃戦に、その士気を爆発させているのだ。


 瞬く間に国軍の築いた馬防柵にたどり着き、破壊作業を始めるが、丸太を組み合わせたそれはさすがに簡単にぶち抜けるものでもない。そして足を止めたところに、国軍歩兵がひっきりなしに弓を射かけてくる。前線は、膠着気味になった。


「何を手間取っておる! 一斉突撃だ!」


 侯爵の激に応じ、一旦は残っていた歩兵も城壁を出て馬防柵の破壊作戦に加わる。さすがに厚みを増した兵力に、あちこちで丸太が崩され始める。 


「よし今だ! 氷槍よ、降れ!」


 満を持してマクシミリアンが放ったそれは、先ほど城壁に落とした十数本の氷槍とは、規模がまったく違うものだ。王宮の演習場で限られた者だけに見せた、あの千本にも届こうかという、まさに氷の災厄とでも言うべき超絶魔法である。しかもホーエンフェルス軍は馬防柵の周りに密集して、躱す余地もない。二千に届こうかという兵が、ある者はその身を氷の槍に貫かれ、ある者は周囲を氷に埋め尽くされ……一発の魔法で戦闘不能に陥ったのだ。


「な、なんだあの魔法は? マクシミリアンの小僧があんな大魔法を使えるなどという情報は……軍師、どうすればいいのだ! 策を出せっ!」

「いや、さすがにあれだけの魔法を撃った後です。もはや魔力は底をついているはず、ここを一気に衝けば……」

「もう一発が来ないと言えるのか!」

「それは……」


 侯爵もその軍師も、混乱気味である。そこに彼らをさらに混乱させる報告が飛び込んでくる。


「大公殿下っ! 城の北側が、凍り始めました!」

「何だとっ?」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 同じ頃、リュシエンヌも婚約者たる王子の魔法に、驚きの眼を見開いていた。


 伝説級の氷槍魔法で侯爵軍の突撃部隊を葬ったマクシミリアンは、もう一度彼女を抱き込んであらぬ悲鳴を上げさせた後、城の上だけに雨を降らせていた。それは実に不思議な光景であったが、氷魔法が水魔法の上位種であることを考えれば、彼にそんなことができる能力があることは驚くに値しない。


 しかし、その後彼が展開した魔法には、まさに度肝を抜かれたのだ。空から霜がしずしずと音もなく城に降ると、北の端に立つ尖塔から始まって、ゆっくりと城そのものを凍らせ始めたのだ。


 リュシエンヌの眼には見えなかったが、凍ったのは城の外壁だけではなかった。城内のあらゆる壁と言う壁、柱と言う柱、梁と言う梁、すべて霜で覆われて、魔力灯もオイルランプも消え、薪すら凍って火を着けることもできない。果ては手足に重い凍傷を負う兵が続出するとあっては……凍った建屋は放棄するしかなかったのだ。


 攻城戦は、また新たな局面を迎えたようであった。

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