第16話 叛乱軍はなかなか凶悪です

 眼の前には、今は大公を自称するホーエンフェルス侯爵の城砦がある。


 ホーエンフェルス領には五つの城があるが、マクシミリアン率いる国軍精鋭は支城に抑えと監視の兵を送っただけで、一気に敵の本拠地を目指した。


「奴らの兵はホーエンフェルスのカネと権力に従っているだけで、忠誠心などない。だから頂上をつぶしてしまえば、勝手に自壊するさ」


 そううそぶくマクシミリアンを信じるしかないリュシエンヌである。何しろ、ローゼルトで与えられた教育は、貞淑な妃として必要なものだけ……戦の指揮をとる知識など、プログラムに含まれていなかったのだから。


 一方叛乱側も、国軍と野戦で直接激突するのを避けて、城にこもった。本拠であるアイゼンベルグは、鉄を意味するアイゼンの名が示す通り、まさに鉄壁の備えを持つ堅城だ。


 河に面した岩山の上に建ち、三方面は河から垂直に切り立つ崖に守られ、残る正面は岩ばかりの斜面で、攻め方は身を隠すところすらない。領民を守ろうという発想さえ放擲すれば、ここに籠城することは最も効率のいい戦法となるわけである。


「でも、こんな堅固な城を攻略するには、かなりの被害が出てしまうのでは……」

「ああ、普通ならな。それを最低限にするために、私と君が来ているのだ」


 自身に満ち溢れた若き王子の横顔に、ちょっとキュンとしてしまう。今は自分のできることをするしかない、この方のために。そう心に決める、リュシエンヌであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「意外に国軍の動きが早かったな。せめて隣のレッテンベルグ伯爵領を制圧してから戦いたかったが」

「まあ、この程度は想定内です、大公殿下。どうせ奴らはこの城を落とすことはできませぬ。ぐずぐずしているうちに、コンスタンツ王国より援軍がなだれ込んでくる手筈。そうなれば勝利は疑いありませんな」


 城の望楼から国軍を見下ろしつつ、余裕たっぷりの会話を交わす、叛乱の首魁ホーエンフェルス侯と、その軍師らしき狡猾そうな男。


「だが、第三王子マクシミリアンの氷魔法は数千の兵を一撃で葬る威力があるという。あれを撃たれると厄介だな」

「それこそ心配無用というもの。王子の『氷の槍』が猛威を振るうのは、野戦であってこそ。攻城戦では氷の槍など、石の城壁にぶつかって折れ砕けるだけのこと」

「ふむ、そうだな」

「加えて、奴の魔法は強力であるゆえに、消費する魔力も膨大です。一日に一発、魔力切れ覚悟でも二発撃つのがせいぜいでしょう。無駄打ちさせて魔力を使い切らせてしまえばこっちのもの、一気に反攻を仕掛ければ、地の利ある我々の勝利は疑いないと存じますな」

「む、うむ、そうだな。王子一人の魔法など、恐れるに足らぬな!」


 軍師の明快で自信にあふれた弁舌に、わずかに侯爵が抱いていた不安も、瞬く間に吹き払われる。


「よし、まずは奴らにこの城の力を見せてくれよう。挑発に乗って魔法を撃ってくれれば、こっちのものだわい。者ども、バリスタと、例の魔道具を準備せよ!」


 残虐な欲望にギラギラと眼を輝かせ、侯爵が命令を下した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 城兵の弓が届かないギリギリの距離に、国軍は前線拠点を築いている。馬防柵と矢避け程度の簡素なものであるが、ないよりもましだ。


 リュシエンヌはマクシミリアンとともに、もう一歩引いた拠点に待機している。こちらは土魔法で塹壕を掘り、土壁を築いているからある程度安全だ。


「よし、だいたい準備はできたようだな、降伏の呼びかけは始めているか?」

「はっ、行っておりますが、予想通り反応はありません!」


 王子が指揮官に状況を確認したその時、城壁の上で紅い輝きが起こる。


「いかん、前線の連中を退かせろ!」


 その指示は、間に合わなかった。城壁から赤い光の軌跡が尾を引いて飛び、前線に張り付く兵たちの真ん中に突き刺さると、猛然と炎を吹き上げた。


「第二小隊全滅!」「第三小隊も半数が戦闘不能!」


 思わぬ大被害を報告する声が続き、マクシミリアンは唇をかむ。


「まさか、あんなものを持っているとは……」

「あれは、何なのですか?」


 リュシエンヌが問う。眼の前で展開された残虐極まりない光景に、彼女の唇からも血色が失われている。


「バリスタ……弩砲だが、普通のバリスタであれば大きな矢が飛んでくるだけで、あのように多くの者が傷付くことはない。あれは、矢の先端に火の魔法を封じた魔道具を装備して撃ったもののようだ」

「火の魔法と言えば……それは」

「ああ、一小隊を一瞬で焼き尽くすほど強力な火魔法を魔道具に込められるのは、おそらくローゼルトの高位貴族、もしくは王族だけだな」

「つっ……」


 言葉を失うリュシエンヌ。どういうルートで入ってきたにせよ、自らの母国がアルスフェルトの平和をそこなう魔道具を供給しているのだ。ようやくこの国で、自分の居場所を見つけたと思ったのに、また追われるのだろうか。じわじわと湧いてくる涙を見られまいと眼を伏せる彼女の耳に、甘さはないが思いやりに溢れた声が聞こえた。


「大丈夫だ、今は私を助けて欲しい。そして私は、必ずリュシエンヌを守る」

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