第15話 旦那様をお助けします!
「ううっ、緊張します……」
「大丈夫。リュシエンヌは私と一緒にいて、触れていてくれるだけでいいんだ」
急遽決まった軍の地方遠征への同行に、とまどいを隠せないリュシエンヌ。
「ごめん、本当はもっとまったりした軍務から経験してもらうつもりだったんだけど。予想外に謀叛の規模が大きくて」
そう、彼女にとっては初めての軍事行動だ。これまで魔法を連発するマクシミリアンに魔力を渡す行為は毎日のように行ってきたけれど、それはあくまで演習場でのこと。今回はリュシエンヌの行動次第で、敵も味方も、そして婚約者たるマクシミリアンさえも、傷付けてしまう可能性があるのだ。緊張するなと言われても難しいであろう。
遠征地へ向かう彼女は、マクシミリアンにすっぽり抱き込まれるような形で、同じ黒馬に跨っている。燃えるような赤毛を一本のざっくりした三つ編みにまとめ、白いブラウスにこげ茶の乗馬ズボンという、軽快ないで立ちだ。もちろん日焼けは大敵だから、つば広の帽子と化粧、そして肘まで覆う手袋は欠かせないが。
馬車も用意できるがという申し出を断って、乗馬を選んだのはリュシエンヌ自身だ。いかにも王女然として馬車のキャビンに納まっているより、自分の眼と身体で旅の風景と空気を感じる方が、なんだか素敵に思えたのだ。王子と身体をずっとくっつけている姿勢は想像していたものより恥ずかしいものだったが、接しているところからゆっくりと魔力が吸い取られていくのは気持ちがいい。
王子への魔力供給はいつも無理に引っこ抜かれるような違和感を伴うものだが、こうやってソフトに渡すこともできると、初めて知る。だったらいつも優しくしてくれればいいのに、と思わないでもないリュシエンヌだが、贅沢は言うまいとそこは口をつぐんでいる。何しろ、ローゼルトにいた頃には想像できなかったほど、大事にされているのだから。
道々、マクシミリアンが今回の叛乱経緯を教えてくれた。
討伐対象になっているのはホーエンフェルス侯爵、先代国王の側妃を出したことで一気に権勢を拡大し、伯爵から侯爵への昇格も果たした家だ。それで満足していれば何も問題は無かったのだが、側妃に対する先王の寵愛が篤いことを武器に、実家たる侯爵家は不正な手段を使った蓄財に精を出した。細かいものまで上げればきりがないが、最も悪質だったのは、魔銀の隠匿と密輸である。
魔銀は、この大陸では最重要戦略物資の一つである。魔力を一番効率よく伝える金属であることから魔法使いの術具には必須材料であり、種々の生活魔道具を製作するにも欠くべからざるものなのだ。産出地域は偏っており、アルスフェルトはその数少ない地域の中でも、最大の埋蔵量を誇っている。
当然その採掘と精錬、そして流通は国家の管轄するところとなり、地方領主の自由にはできない。だがホーエンフェルス家は自領で発見された魔銀鉱山を隠匿し、王家に隠れて採掘精錬を行い、無許可で輸出まで行っていた。
その不正利益は莫大であったが、それは本来であれば国に帰すべきものである。急に羽振りが良くなった侯爵家の噂から、アルスフェルトの優秀な官僚たちは早々に不正に気付いていたが、先王の寵愛を背景に宮廷で絶対的な権勢を振るい始めた側妃を敵に回すことをはばかり、秘かに調査を進めるだけの歳月が続いたのだ。
やがて先王が崩じ現国王の御代になっても、宮廷のあらゆるところに手先を配置した側妃の権勢はそのままで維持された。官僚たちは無念さに歯噛みしつつも、いつか来るべき日のためにひたすら証拠を固めていった。
そして今年になって、側妃が世を去った。官僚たちは国王の御前で、ホーエンフェルス家がいかに国家の利益を損ない、自己の利益を貪ったか、激しく断罪した。彼らが二十年来集めた証拠は綿密かつ疑う余地のないものであり、かねてより侯爵家の振舞いに危機感を覚えていた国王は、不正利益の返還と子爵位への降爵を申し渡した。
だが長年、側妃が振るう権勢の余禄で何事にも掣肘を受けることのなかった侯爵当主は、この勅命に畏まって従うことはなく、むしろ激怒し逆上した。その日のうちに王都を抜け出して領地に戻ると、莫大な蓄財にモノを言わせて私兵を増強し、隣接する領地を攻略し始めたのだ。今や侯爵は「ホーエンフェルス公国」を自称し、国王気取りで隣国に軍事援助を求めたりしているのだという。
「国内で済んでいるうちはいいが、隣接するコンスタンツ王国が絡んできたりすると厄介だ。だから迅速に鎮圧するため、国軍の最精鋭と、王族からは私が出陣することになったというわけさ」
「そうでしたか。マックス様に傷を負って欲しくはありませんが、これは内戦……味方だけでなく敵も我が国民です。なんとか犠牲を最小限にする方法はないでしょうか」
「うん、私もリュシーと同じことを考えている。だからリュシーを連れてきたんだよ。私と君の力を合わせて、出来るだけ早く敵を降伏させよう」
「はい、私にできることなら、精一杯お支えいたします」
きっと顔を上げて決意を示す、リュシエンヌであった。
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