第9話 義妹さんは聖女様です
ディアナはリュシエンヌより四つ下の十三歳、王妃の産んだ唯一の王女だ。水魔法というよりも治癒魔法に特化した異才を持っており、十歳になるかならぬかというタイミングで教会から「聖女」に認定されて、その方面の公務に引っ張りまわされている。その卓越した治癒魔法と美しい容貌、そして無邪気な笑顔……国民の間でその人気は絶大なるものがあるのだという。
「そんなわけで、今日もパイセンベルグ伯の領地で顔見せと治療大会で……」
「治療と言うと、骨折とかも治せるのですか?」
思わず突っ込んでしまうリュシエンヌ。ローゼルトには存在しなかった治癒魔法使いというものに、興味津々なのである。
「そうですね。ぽきっといっただけの骨折だったら治すのは難しくありません。まあ、私の魔力にも限界があるので、一日に十人くらいがせいぜいでしょうか。骨が粉々になっちゃってる場合は、二人くらいしかできないかなあ」
「それでも、すごいわ……」
「本当は兵隊さんが戦闘で失った腕を生やしちゃうようなこともできるんですよ。それやっちゃうと魔力切れで三日くらい動けなくなるので、残念ながら最近はお断りしていますが」
最近、とわざわざ言うってことは、昔やったことがあるんだなと、規格外の能力に驚くしかないリュシエンヌである。だがディアナの治癒能力そのものが神の領域だとしても、彼女の魔力量がその制約になるのだという。なかなか聖女も大変である。
「だから『聖女の治療日』には、本当に大変な人だけ来て欲しいんですけど……風邪くらいで来ちゃう人もいるんですよね。そういう時に限って後から重症の方が来られたりするものなのです。今日もちょっと魔力が空っぽで、明日は役に立たないかも」
すっかり気を許したらしいディアナが思わずこぼす愚痴にうんうんとうなずいていると、ダイニングの隅に控えていた侍女頭フリーダが、ふと何かに気付いた。
「ディアナ姫様、魔力切れどころか……魔力が溢れておりますけれど」
そうだった、フリーダは魔力が見えると言ってたなあと、リュシエンヌが呑気な感想を浮かべたその時、ディアナがただでさえ大きな眼を、さらに大きく見開いた。
「え、うそ……魔力が、魔力が、全回復してる」
「それも、紅い魔力……リュシエンヌ様の色ですわ」
ディアナが上げる驚嘆の声に、これまでひたすら黙っていた第一王子妃アンネリーゼがぽつりと漏らす。彼女も魔力が見える体質を持っているようだ。
「すごい、すごい! マックス兄様、こんなすごいお妃様を連れてくるなんて、最高!」
まだ高揚しまくっているディアナに手を取られてぶんぶん揺さぶられながら、リュシエンヌはようやくことの次第を理解しつつあった。魔力空っぽ状態で抱きつかれ、その後もずっと隣に座って触れられている間に、彼女の有り余る魔力を無意識に、ディアナへ渡していたのだ。
「兄様は、リュシー姉様にこんなことができるって、ご存じだったの?」
「うん、もちろん知っていたよ、六年前からね」
そう言いながら、マクシミリアンは口許を緩め、優し気に少し細めた眼を、リュシエンヌに向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
なにやら怒涛のような顔合わせを終え、疲れ切ったリュシエンヌは深いため息をついた。侍女のフリーダが甲斐甲斐しく就寝に向けて世話を焼いている。
類まれな魔力チャージ能力への評価も含めて、とにかくリュシエンヌがアルスフェルト王室の一員になることが、国王夫妻にも認められた。向こう一年は王子の婚約者として、その後はもちろん第三王子妃として。
国王から、お妃教育は最低限でよいと宣言されたため、向こう一年はこの国の状況を見聞したり、社交に参加して有力貴族や外国の賓客とコネをつくることに注力することになりそうだ。どうやらあの晩餐で交わした会話は、妃として必要な教養があるか否かの試験も兼ねていたようだが、なんとかクリアできた模様である。
二度と戻りたくないローゼルトでの日々であったが、多少無理やりながらも高等教育を叩き込み、身に着けさせてもらったことだけは唯一ありがたかったかなと、リュシエンヌはつぶやく。
だが、楽天的で細かいことを気にしないリュシエンヌにも、どうしても気になるところが残っている。
「ねえ、フリーダさん」
「何でございましょう?」
「殿下は、私の能力……魔力を他の人に渡すスキルを、ご存じだったのよね」
「そのようですわね」
そのまま考え込むリュシエンヌの表情を、フリーダが気遣わしげに窺う。
「どうやって、お知りになったのかしら……」
「さあ? 六年前と仰っておられましたわね。その頃といえば、殿下が初めて外遊された時分かと。外遊先にローゼルトも含まれていたかと記憶しておりますので、調べておきますわ」
「ありがとう、忙しいのだから、無理しないでね」
まあいいわと、リュシエンヌはつぶやく。今日は、素晴らしい日だったと。さっぱり使い道のなかった自分の魔力が誰かの役に立つってことが、分かったのだから。
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