第8話 めんどくさい晩餐です
本来なら初めての団らんであるべきこの場に不似合いな第二王子の激烈な言葉。それに反応したのはマクシミリアンでもリュシエンヌでもなく、王太子の隣に控えめに座る、第一王子妃だった。薄く淹れた紅茶のような色の柔らかそうな髪を揺らし、碧色の視線をテーブルクロスに伏せて、肩を落とす。
「気にするな、アンネリーゼ。私にとって君以上に大切なものはない、たとえ王位であっても」
第一王子エアハルトがそう言って妃の手に触れると、アンネリーゼと呼ばれた妃は切なげな視線を夫に向け、やがてへにゃりと微笑む。細かい事情まで聞いていなかったリュシエンヌも、なんとなく察する。おそらくこの穏やかそうな妃は、魔法使いとしての腕前に、さっぱり自信がないのだろう。
そして、第二王子が発した言葉はマクシミリアンやリュシエンヌに向けたようでいて、その意図は現王太子たるエアハルトを攻撃するためのものであったのだ。
「ゲルハルト、お前の考えは立派だと思うが、みな同じように考えなければいけないわけでもなかろう。お前は王位を目指すため強い魔力を持つ令嬢を相次いで娶った。王族としては立派な行いと思うが、ひとりの人間としては愛する者と一生を共にすると言うことも、尊重されてしかるべきだ」
「では兄上も王位を放棄なさるおつもりか!」
「そうだな……今年の王太子選考は厳しい戦いになりそうだ。だがたとえ私一人であっても、お前に簡単に負けてやるわけにはいかないよ」
穏やかだったエアハルトの瞳が、いつしか怒りに燃えている。
「何だとっ!」
「私は王太子の地位などにこだわらぬ。だが、アンネリーゼを傷付ける者は許さぬ」
「三対一で勝てるなどと大口を……」
「やめぬか、そなたら!」
一喝したのは、これまで黙然として王子同士のやりとりを聞いていた国王だ。
「争いたければ、選考の席でやるがよい。今宵は、マクシミリアンに伴侶を迎えた、喜びの席であるぞ」
低く威厳のこもった声に、第一王子は恭しく礼節を以って、第二王子は不服げに、言葉を飲み込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後の晩餐は、リュシエンヌにとってなかなかの苦行であった。
さきほどの舌戦以降、第一王子も第二王子も口をきかない。マクシミリアンとだけ話すのはマナー違反になるだろう。王妃は何かと気を遣って話しかけてきてくれるが、そもそも母国では王族としての生活をさせてもらえなかったリュシエンヌである、上流階級の社交や世間の流行などに話題を振られると、とても困るのだ。
国王が何かに気付いたように経済や歴史に話題を変えてくれた後は、厳しすぎた教育のお陰もあってなんとかついてゆけたことに、胸をなでおろす彼女である。義両親にはひとまず好印象を持ってもらえたようだが、何しろテーブルの端と端でしか会話がつながらず、あとはまるで葬儀のような静けさだ。早く終わって欲しいという彼女の願いとは逆に、料理の運ばれるペースは、じつにゆっくりなのだ。
その時、ダイニングの扉が突然勢いよく開き、銀色の影が飛び込んできたかと思うと、がっと首根っこに抱きつかれた。
「お義姉さまっ!」
「ひゃっ、あ、あの……」
「私、妹のディアナですっ! こんな可愛らしいお姉様が来てくださって、嬉しい!」
兄と同じ、輝くストレートの銀髪はサラサラで、思わず手に取りたくなる。くりくりと元気よく動く大きな眼の中心に深い青色の瞳、きゅっと勝気そうな鼻に、印象的な紅い唇……百人に聞いたら百人が愛らしいと言うであろう美少女だ。こんな美少女に「お姉様」などと呼ばれて、我慢できるはずがない。
「私も、ずっと妹が欲しかったのです。こんな可愛らしい妹ができて、幸せです」
初対面だというのに、ぎゅうぎゅうと熱く抱擁を交わす二人を、マクシミリアンが苦笑しながら見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
葬式もかくやというダークな雰囲気であった晩餐は、この少女の参加で一気に明るくなった。現国王にとって唯一の娘であるこの王女は、地方で行われていた教会のイベントからトンボ返りして、新しい義姉との顔合わせ晩餐に滑り込んできたのである。そのお口の回転は、止まることがない。
「ずっと楽しみにしていたのです、マックス兄様がずうっと執着しておられたお姫様に会えるのを!」
「ずうっと、って?」
「そう、兄様は私が幼かったころから『憧れの姫がローゼルトにいる』っておっしゃっていたのですよ!」
「え? そうなの?」
ローゼルトにいた頃のみすぼらしい自分に、この美しい王子を惚れさせるような要因が、ひとつでもあっただろうか。そもそも、先日初めてお会いしたはずよねと、首をかしげるリュシエンヌである。思わず茶色の視線をマクシミリアンに向けると、彼はわずかに頬を染めた。
「そのことについては、後で話すよ、リュシー。ディアナも余計なことを言うなよ」
「なあんだ、まだ言ってないのね兄様は。じゃあ私がネタバレしちゃいけないわね」
やたらと気安いこの王女に、やや冷たいマクシミリアンの表情も緩んだ。
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