第7話 顔合わせです
生来の白い肌をそのままに、少し頬に紅をのせた程度の薄化粧は、まさに初心ですれたところのまったくない箱入り令嬢の雰囲気。そして燃えるような深紅の髪は少量の香油で丁寧に梳られた後ハーフアップに結い上げられ、サイドから伸ばした二本の三つ編みが後頭部で可愛らしく一本にまとめてある。
「うわあ、本当に、お姫様みたい……ありがとう!」
いや、リュシエンヌこそ、れっきとしたお姫様なのである。間抜けにも聞こえる彼女の述懐に、侍女たちはやりとげた喜びを感じながらも憐れみを禁じえない。
そう、ここに来た時の彼女はそもそも化粧などしていなかったし、髪に至っては手入れはおろか、背中の真ん中あたりでじょきじょきと乱雑に切られているだけだったのだ。持ち込み侍女のジョゼは当然そんな姿が一国の姫としてふさわしくないことも分かっていただろうが、決して手を差し伸べようとしなかったのである。そのジョゼは臍を曲げたのか、すでに自室に引っ込んでしまっている。
「ええ、これからは毎日、姫様にふさわしい暮らしをして頂きますからね」
何か決心をしたかのように、フリーダがぐっとこぶしを握りながらつぶやいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「リュシエンヌ王女、ようこそアルスフェルトへ」
中年から、ようやく初老に差し掛かろうかという国王が、杯を掲げる。二十五年前、ローゼルトの大軍を前にして渾身の土魔法でがけ崩れを起こし、士気崩壊に追い込んだという、すでに伝説となっている魔法使い王である。だが、そんな過去はまったく窺えない穏やかでにこやかなまなざしで、リュシエンヌを優しく見てくれる。
「本当に、よくいらしてくれました。マクシミリアンをよろしくお願いしますね」
眼を細めつつそうフォローを入れるのはマクシミリアンの母である王妃。彼女も土魔法に堪能で、二十五年前の戦では堰き止めた川水を一気に解放して、ローゼルト軍に致命傷を与えたのだとか。
「は、はい。ふつつかではございますが、殿下のためになることであれば、何でも致したいと思っています。ですが……」
「どうしたのかね?」
国王が怪訝そうに問う。そう言いながら豊かなグレーの頭髪を何気なく触る動作にも、大人の男の色気が漂っている。
「あ、はい。私はローゼルト王室の末席にはおりましたが、皆様の期待しておられる魔法に関しては、まったく使えません。本当に私で、よろしいのでしょうか?」
彼女が魔法を使えぬことに対しマクシミリアンはさして驚いていなかったが、この大陸の王族にとって、使える魔法の多彩さや強力さは、外敵に立ち向かうにも内政に精を出すにも、絶対必要条件である。
きっと驚かれるであろうし落胆もされるだろう、それなら最初からゲロってしまうべきだ。隠し事などできない性分のリュシエンヌがそう考えてしまったのも、無理のないことである。
彼女にとって意外なことに、王も王妃もリュシエンヌが勇気を振り絞った告白に、ああそうなのかという程度の、ごく薄い反応しか示さなかった。戸惑いつつも、激烈な拒否をされなかったことにほっとする。
「いいのだよ。マックスがあえて貴女を望んだのだ。愛する人と結ばれることが、一番幸せなことさ」
第一王子で、現在の王太子であるというエアハルトが穏やかに口を開き、傍らの妃と優しく視線を合わせる。この王子については王都への道々、マクシミリアンから話を聞いている。マクシミリアンと同じく王妃腹であり、幼いころから比較されつつも仲の良い兄弟なのだという。魔法には弟が、国政に対する見識には兄に一日の長があるということで、兄が国王となり軍事を自分が管掌することが未来のアルスフェルトにとって最適ではないか、そう彼が語っていたことが脳裏によみがえる。確かに、こんな優しそうな御方が国王様だったら民は幸せかも、そうリュシエンヌは思う。
「何だと? それじゃあマクシミリアンは王位を諦めるということか?」
神経質そうな声は、右手に座った茶色の髪と青い瞳を持つ王子から発せられたものだ。両側に女性を侍らせているのは、正妃と側妃ということだろうか。
「ねえローゼルトの王女さん。魔法が使えない君が、アルスフェルトの王子に嫁ぐ意味がわかってるのか? この国の王位継承の仕組み、わかってるよな?」
鋭い視線を向けつつ、やや呆れたような表情で吐き捨てる彼は、確かゲルハルト様と仰るのだったかと、リュシエンヌはマクシミリアンのブリーフィングをようやく思い出す。側妃腹の次男で、次期王位への野心を一番燃やしているのは彼なのだとか。
「はい。アルスフェルトでは出生順や母上様のご身分などに関係なく、王族の中で最も強き者を王太子とするものだとお聞きしております。そして王太子は、二年おきに選定しなおされるとも」
「そうだ。そしてその選定は、王族本人だけではなく、配偶者と併せた『強さ』を評価されるのだ。だから王族はみな、魔法に長けた一族から一流の使い手である娘を娶るのだ」
彼の言葉に、両側に侍る二人の女性が誇らしげに背筋を伸ばす。正妃は宰相家の令嬢で土魔法を能くし、側妃は平民出身の聖職者であったが天才的な水魔法の能力があることから子爵家養女となり、ゲルハルトに嫁いだのだという。
「国を率いる者は、国の安寧を守るために強くあらねばならぬ。婚姻もその観点を抜きにしてはできぬ、好きか嫌いかだけで配偶者を選ぶのは、王位を放棄したと同じことだ!」
第二王子の蒼い瞳がギラついた光を帯び、その口元が酷薄そうに歪んだ。
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