第6話 なぜか大事にされてます

「これは……マクシミリアン殿下のおっしゃられていた通りですわね。まさかとは思いましたが、用意しておいてよろしゅうございました。お持ちになったものは姫様が本当に大事にされているもの以外、捨ててしまいましょう」


 きっぱりと言い放つフリーダ。その鋭い視線は、おそらくリュシエンヌを虐げた者たちの一人であろう、持ち込み侍女ジョゼに向けられている。ジョゼはぴりっと頬の筋肉を震わせた後、反抗的な表情で眼をそらす。


「そうですね、このドレスだけは亡き母の形見ですので、なんとか活かしたいのですが」

「左様であれば、姫様のサイズに合わせて直させましょう。型は古いですが上質の品であるようですし」


 そんな侍女間の静かな戦争に気付かないリュシエンヌが微笑みながら要望すれば、有能であるらしいフリーダがさっと受け、二人の部下がてきぱきと荷捌きを始める。あっという間に、わずかの嫁入り道具は片付けられてしまった。


「では、晩餐に向けて、支度を始めましょうか」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 早速湯浴みをして旅塵を落とす。リュシエンヌにとって、他人の手で湯浴みを世話をしてもらうことなど、ここ十年なかったことだ。恥じらう彼女にかまわず、三人の侍女たちはてきぱきとリュシエンヌを洗い上げ、磨き上げた。


 フリーダはジョゼをいない者として扱うことに決めたようで、この湯浴みからも外している。今は、外でごそごそ何やら探っているようだ。


「おいたわしい姫様……でも、もう大丈夫でございますからね。マクシミリアン殿下はすべてご存じで、私たちに身の回りすべての物を整えるよう命じられました。殿下は頼れる御方です、そして姫様をとても大事に思っておられます。きっと姫様の幸せの障害になる者はすべて、排除して下さいます」


 侍女たちにされるがままになりながらも、ぽつぽつと自分の事情を語ったリュシエンヌに、五~六歳ばかり年上であろうフリーダが、いたわるような視線を向ける。


「私は魔法が使えないの。この国にずっと置いていただきたいけれど、アルスフェルトのために戦ったり、民のために土木工事を起こしたりはできなくて、それが残念ね」


 リュシエンヌもこの「頼れるお姉さん」系侍女を、信じることに決めた。もともと味方などいなかった彼女だが、マクシミリアンはどうやら守ってくれるつもりらしい。その彼が信頼して付けてくれたであろうフリーダのことも、頼っていいはずだろうと。だから本来なら彼女にとって一番の弱みであろう魔法が使えないことを、始めにきちんと話しておくべきだと思ったのだ。


「殿下からお聞きしておりましたが、本当なのですね。姫様の魔力を拝見する限り、百年に一人の大魔法使いであっても、おかしくないと思えるのですが」

「あら? フリーダは私の魔力が見えるの?」 

「ええ、アルスフェルト貴族の中には、魔力が見える者が何人もおりますよ。そして私も、その一人ですわ。御髪と同じように鮮やかな紅い魔力が、姫様の身体をやわらかく包んでいるのが見えますけれど……その明るさは、今まで見たこともないものです。恐らく十数人分に相当するような魔力をお持ちなのだろうと」


 正確には王族百人分を超える魔力量で、計測ができないくらいであったのだが、その結果はリュシエンヌ自身にも伝えられていない。


「ええ、魔力量だけは多いようね。だけど私にとって大量の魔力は、体調を崩すだけのもの。差し上げられるものなら、みんなに引き取ってもらいたいくらいなのだけど」

「そういうことでしたのね。マクシミリアン殿下が紅い魔力を帯びておられたので、何があったのかと思っておりました。姫様の魔力を吸収されたというわけですわね」


 フリーダは納得の表情になる。その言葉で、魔力を渡すために王子に触れられたことを思い出してしまい、ひとり紅くなって侍女たちに不審がられてしまうリュシエンヌであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ワードローブには、なぜかリュシエンヌにぴったり合うサイズのドレスが十数着も揃えてあった。デザインも清楚系のものが多く、彼女の趣味に合うものだ。マクシミリアンの手配であると言うが、どうやって他国の姫……それも存在すら疑われていたような隠し姫のボディサイズなどを知ることができたのか、実に不思議である。


「まあ……いいか。私はマックス様を信じると決めたのだから」


 鷹揚に……というより大ざっぱに割り切ったつぶやきを漏らしつつ、一番大人しいデザインのドレスをチョイスする。


 晩餐の席で、自分の魔法に期待しているであろう王族たちをがっかりさせる発言をせねばならない彼女である。役に立たないまでも、せめて大人しく無害であることを示して、なんとか婚約破棄だけは免れないといけない。いや最悪、婚約はチャラになってもいいから、何とか憐れんでもらって、こっちの国で女官かなんかで働かせてもらえないか。とにかくローゼルトに戻りたくないリュシエンヌは、そんなせこい計算をしてしまうのだ。


「姫様も気苦労が多いことですわね……それではご希望通りに、無垢な清楚系に仕上げて差し上げませんと」


 そんな意図に気付いたらしい侍女頭のフリーダがため息をつきつつ、部下の二人に命じて手早く髪をセットし、化粧を施す。


「いかかでしょう、姫様?」

「……これが、私?」


 眼の前に置かれた姿見を見たリュシエンヌは、驚きに眼を丸くするのだった。

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