第5話 よろしくお願いします!
王都へ向かう道中は、平和だった。
リュシエンヌをずっと悩ませていた魔力過多による体調不良も、マクシミリアンが嬉々として朝昼晩と吸い取ってくれることで解消した。さすがに毎回男の胸に抱き締められるのは心臓がもたないと彼女が懇願したせいで、王子も両手をぎゅっと包み込む程度で許してくれている。だがその程度の触れ合いでも、ものすごい速度で魔力を持っていかれ、毎回くらくらする彼女である。
そうやってしょっちゅう接触していれば、当然親密度は増そうというものだ。最初は緊張していたリュシエンヌも徐々にほだされ、宿で摂る夕食の席では笑い声も飛び交うようになる。
そしてアルスフェルトの王都シュタインガーデンに馬車が着いたのは、五日後のこと。
「ローゼルトの王城より小さいだろう? 三代前の国王が言ったそうだ。首都の城まで敵に攻め込まれた時点で終わりだと。だから王都の城は儀礼的に恥ずかしくない程度のものでよいってね」
そう説明するマクシミリアンに、リュシエンヌはこぼれるような笑みを返す。
「必ず野戦で勝つという自信が、おありになったのでしょうね」
「そう。そして、多くの市民を戦に巻き込むべきではないという信念があったようだね」
「母国とは考え方が違って驚きますが、私はアルスフェルトの考え方の方が好きですわ」
そう、アルスフェルトと違って、ローゼルトは二十五年前の戦いで五万の兵力を壊滅させられて以来、野戦でほとんど勝利を収めておらず、勝ち戦はいつも拠点防衛だ。
六年前にも西からサラゴサ国が攻めてきたが、正規軍は野戦においては後退に後退を重ね、結局王城に籠る羽目になった。さすがにその際にはリュシエンヌを除く王族が全員で、得意の炎魔法を連発したことで、敵は撤退せざるを得なくなったのだが……王都の市民にも、ずいぶん被害が出た。当時十一歳のリュシエンヌは心を痛めたが、何ができるわけでもなかった。
だがその時魔法を撃ちまくって勝った事実が大陸中に伝わり「さすがは魔法王国ローゼルト」という評判が広がったことで、父王や王族たちの失われていた誇りが蘇ったようだ。父王は外交に精を出すようになり、近隣の小国へやたらと干渉するようになった。
そこまでなら良いのだが、どうも父王は、アルスフェルトへの雪辱を狙っているらしい。その計画が腹にあるからこそ、条約を破ったかどで殺されたとて痛くもかゆくもないリュシエンヌを、人質に送ろうという発想になるのだ。頑張って王室の皆さんに気に入られるようにして、ローゼルトと紛争になった時にも、憐れみを掛けてもらって殺されないようにしないといけないなと、前向きだが物騒な保身を考えている彼女である。
沿道の庶民がマクシミリアンの姿を見て歓声を上げ、大きく手を振る。冷たい風貌のこの王子も、民の反応に頬を緩め、左手を上げて応える。ローゼルトの王族だったら庶民の声なんか完全無視よね、やっぱりこっちの国の方が好きだなあと小さくつぶやきつつ、リュシエンヌが王子の姿に見惚れるうちに、馬車は王城の門をくぐる。
「疲れているだろうけど、晩餐でうちの家族と顔合わせをするから、よろしく頼む」
「承知いたしました、マクシミリアン殿下」
「マックスと、呼んでくれる? 私たちは、婚約者になるのだから」
「はい……マックス様。私のことも、リュシーと」
愛称で呼びあう関係になった……と思えば、また彼女の頬は熱くなるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
宛がわれた部屋に入るなり、三人の侍女が待ち構えていた。
「リュシエンヌ姫様、これより私たちがお世話いたします。私が姫様付きの侍女頭を務めますフリーダでございますわ」
きちんと王族に対する礼をとる侍女の態度はもちろん当たり前のものだが、リュシエンヌにとっては受け慣れない扱いである。なにしろこの十一年間、使用人以下の待遇で虐げられてきたのだから。長年の習慣であわててぺこぺこ頭を下げそうになってしまい、すんでのところで思いとどまる。貴族や王族は、使用人に卑屈な態度をとってはいけないのだ。
「よろしくお願いしますね。この国の文化に不慣れなところがありますので、頼りにしていますよ」
背筋を伸ばして朗らかに応えるリュシエンヌの姿に侍女たちはほうっと小さな息をついて口元を緩めたが、ローゼルトから連れてきた侍女ジョゼは、ふんと小さく鼻を鳴らした。彼女の中ではまだリュシエンヌはこれまで見下していた存在で、恐らくこれからもそれは変わらない。魔法の使えないこの異端王女は、国に帰されることはなくとも、アルスフェルトでも日陰の生活を送るはずの小娘なのだから。
持ち込み侍女の不遜な態度に一瞬眉をひそめたフリーダだが、すぐ気を取り直してリュシエンヌの荷解きを始めようとして、声を失った。
この王女がその身の他に持ってきた持ち物は、中型の行李が二個だけ。夏用冬用それぞれ普段着がいくつかと、古めかしいデザインのサイズが合わないドレスが二着。装飾品の類は、黒く変色した銀細工のブローチが一つだけ。ローゼルトの王室は隣国に嫁がせる王女に対し、最低限恥ずかしくない支度すらも、与えなかったのだ。侍女頭は、この王女が置かれていた苛烈な環境を、一瞬で悟った。
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