浅緋フォトグラフ
「それよりお兄さん、歌は得意?」
「……それなりってところだな。歌うのは好きだけど」
「ならよかった。午後は、ガンガン歌うわよ~!!」
ドリンクバーでコーラを注ぎながら、ドヤ顔で言う。
葵の分の炭酸水と、自分が飲むウーロン茶を持って部屋に戻ると、真城がしっとりとしたラブソングを歌いあげていた。恥ずかしそうにしながらも美声を震わせており、葵が微笑みながら熱心に聞いている。
背後から俺たちの気配を察したのか、振り返って炭酸水を受け取るとVサインを向けてきた。
「真城の歌、綺麗でしょ」
「ああ、すごく上手だ。葵がリクエストしたのか?」
照れ屋でオドオドしている真城が自発的に謳い始めるとは考えにくい。それに、まるで聞かせるように必死に声を張って薄く汗ばんでいる様子を見ると、葵に向けた歌とも聞こえる。
……葵に向けたラブソングって、そういう意味!?
「お兄さん、またバカなこと考えてるでしょ」
「お前はほんとに鋭いな!?」
真城の歌に耳を傾けながらゲームをやっていたクロエが顔をあげた。残りわずかだったポテトを平らげたのか、小さな口をもぐもぐと動かしている。
「ま、守さん。私の歌、ど、どうでしたか……?」
緊張した面持ちでオズオズと上目遣いに聞いてくる。
紅潮した顔と、潤んだ瞳での上目遣い。
マイクを握った手を、豊満な胸元でモジモジと動かしている。
「綺麗な声でよかったと思うぞ。最後の方しか聞けなかったけど」
「あ、ありがとうございます」
俯いたまま照れた様子で、マイクをテーブルに置く。ちょうどいい位置で揺れる白髪に見とれて、思わず頭を撫でようと手を伸ばすと、直前で葵に止められた。
「今日は私の誕生日。イチャイチャするなら今度にして」
「い、イチャイチャなんてしてないよ~!!」
軽い修羅場?を繰り広げている俺たちをよそに、クロエは食事の注文用のタブレットを操作して、茜とお昼ご飯の相談をしていた。葵の手元にはメニュー表が開かれており、先ほどまで選んでいる途中であることに気づいた。……デカ盛りスタミナ丼って。ここ、カラオケ店だぞ?
「……歌うから、ちょっと食べるぐらい平気だし」
「だから何も言ってないって。好きに食べたらいいじゃん」
ケーキも食べるんだぞ。と言いかけて、一応サプライズであることを思い出した。まぁでも葵ならケーキも食べきれるだろう。
「……なんでジッと見てんの?」
「いやなんでもないよ。ただ、葵が食べてる姿が可愛くて好きだな~って思ってるだけ」
「……は!? バカじゃないの。そんなん言われても別に嬉しくないし……」
誤魔化そうと思って思わず口から言葉が零れてしまった。お互いに恥ずかしくなってしまって、耳を真っ赤にしながらそっぽを向いた。
クロエのからかうような声と、茜からの冷たい視線が突き刺さる。
……真城は、まぁいつも通りの上品な笑みを浮かべていた。
なんやかんやありつつも、全員分の注文を終えて食事が来るまでの暇つぶしに、俺とクロエがアニソンを熱唱する。セリフパートまで全力で歌ったが、俺たち2人しか知らないので、3人とも首を傾げながら気の抜けた感嘆の声を漏らすだけだった。
なんだろう。全力でアニソン歌ってるときに料理持ってくるのやめてもらっていいですか。
「あー、喉痛い~。コーラ飲まなきゃやってらんないよ」
「自分の喉に恨みでもあるのか!? 少しは白湯とか飲んで労わってやれよ」
「さゆ? 誰よその女!! ボクと居るのに、他の女の名前出さないでよ!!」
「情緒不安定かよ。さゆじゃなくて白湯な。ちょっと温いお湯だよ」
ストローでコーラを吸いつつ、アホみたいな話をする。
「ボク、猫舌だから暖かい飲み物苦手なんだよね~」
「葵、猫の話はしてないわよ。目、キラキラさせるのやめなさい」
「それより、結局デカ盛りスタミナ丼食べないのかい!!」
「乙女にとってカロリーは大敵。部活の日でもないのに食べるわけが無い」
そうは言いつつも、彼女の前に置かれているのはちょい大盛りの五目チャーハン。中心に盛られた紅ショウガが輝いていて美味そうだ。
茜は、明太クリームパスタを食べており、クロエはミニサンドイッチ。
真城は……
「ゴホッゴホッ……。ん、んん!!」
クリームパスタを食べていたのだが、振りかけられていたブラックペッパーにむせてしまったようだ。グラスに注がれた水を飲み干して事なきを得たようだが、2口目が進まない。
「真城、俺のエビピラフ食べるか? そんなに味濃くないから大丈夫じゃないか?」
「い、良いんですか? ご、ごめんなさい」
「あ、紅しょうがは食べられる? 無理なら、小皿に置いといてくれ」
味の強いものが苦手だと話していた真城は、俺の食べかけのエビピラフを口に運ぶ。俺はそこまで濃いとは思わなかったが、真城にとってはどうだろうか。
「あ、美味しい。これなら食べられそうです」
「そっか。ならよかった」
ゆっくりとピラフを食べ始める少女の笑顔を見て安堵する。
テーブルに置かれた皆で食べる用の唐揚げを口に運ぶと、隣から視線を感じた。何かと思って見てみれば、俺と真城の顔を交互に見つめる茜だった。明太パスタを食べる手は止まっており、怪訝な視線を向けてくる。
「え、何?」
「いや。べつに。ただ、お兄さんって、真城にはすごい優しいよねって思って」
「あ、ソレ、ボクも思った。なに、やっぱりおっぱいなの? 好きなの?」
当然違うと否定したかったが、思い返してみれば、真城に対しては過保護に接していたような気もする。最初にナンパから助けた時然り、ドタキャンされた時然り、今だって……。
いや、特に意識はしてなかったんだが……。
「やっぱり、おっぱい?」
「いやいやいやいや、それはない!! 確かにおっぱいに見とれちゃうのは事実だが、それ以上に顔と声に見とれてる!!」
「誰もそこまで聞いてないし。なんで勝手に自爆してんのよ」
テーブルを叩いて力説する俺に、茜の冷たいツッコミが突き刺さった。
それぞれが食事を終えて、腹ごなしがてら1曲ずつ歌う。茜と葵がアイドルのデュエット曲を入れた時は、冗談かと思って笑いかけたが、2人で踊りながら歌い始めたのを見ると、素直に拍手してしまった。それに相変わらず真城の曲は聞き惚れてしまうほどの美声で、表現しにくい胸のトキメキがある。
「お兄さん、何歌うの? ラップとかできないの?」
「無茶言うな。でくの坊にそんなもの求めるなよ」
「ふ、ふふふ。で、でくの坊……。ふふふ」
前に話した元カノとのエピソードが大変お気に召したようで、茜は俺が自虐するたびに笑っていた。まぁ、好きに笑ってもらって構わないが、テーブルを叩きすぎてグラス倒したりしないでね。
「お兄さん、意外と歌上手じゃん」
「意外とって言葉が余計な気もするが、褒めてくれてありがとう」
さっきはクロエと歌ったし、アニソンだったからな。
改めて好きなバンドのJPOPを1人で歌ったところ、とっても好評のようだ。まぁ、クロエはあんまり興味ないのかゲームに夢中になっているし、茜と真城はスマホいじってるし、まともに聞いていたのは葵だけだったけど。
「さーて、ちょうど、お兄さんも歌い終わったところだし、甘い物食べたくない?」
「いいと思う。私は、ブルーハワイのかき氷がいい」
「アハハ。ごめんね、かき氷じゃなくて、ケーキです」
真城が傍らの紙袋から、誕生日ケーキを取り出した。きちんと白い箱に包装されており、お店で買ってきたものと言われても信じてしまいそうだ。しかしよく見れば、所々イチゴの乗り方が雑になっていたり、ホイップの大きさがバラバラだ。
「飾りつけはボクがやったんだよ!!」
ドヤ顔で胸を張るクロエを横目に、「やっぱりか」と思った。別に彼女を馬鹿にするわけではないが、料理が得意だという真城と、几帳面な茜ならもっとちゃんと飾りつけをする気がする。しかし、不器用ながらも葵のためにと飾り付けられたホールケーキは、どんなケーキよりも美しく見えた。
「3人とも、葵の近くに寄ってくれ。葵も、落とさないようにケーキをこっちに向けて」
「あ、もしかして写真? いいね!!」
「お兄さん、スマホでも撮って!!」
いつもとは違って、実際に使っているカメラを持ってきた。スマホより高画質に撮れるし、ズームや調光の設定も詳細にできるタイプである。せっかくの誕生日なら、しっかりしたカメラで撮ってあげたいと思って、わざわざ持ってきたのだ。
レンズカバーを外して、彼女たちにカメラを向ける。花咲くような笑顔と、元気なピースサイン。少し恥じらいが映っているが、4人そろった光景は、何よりも美しかった。
「葵、誕生日おめでとう!!」
改めて祝いの言葉を口にすると、普段は表情の見えにく少女は笑顔を見せた。
「どうだ。良い感じに撮れたんじゃないか?」
渾身の1枚を見せると、4人は嬉し恥ずかしそうに互いに笑い合う。ケーキを持った葵を真ん中に据えて、その周りで思い思いにポーズをとる3人。それぞれの仕草にツッコミを入れつつ、とても楽しそうだ。
「お兄さん、もう一回。次は一緒に撮りたい」
「あ、じゃあ私が撮ってあげる。お兄さん、カメラ貸して?」
「……はは。撮られる側になるなんてな。ちょっと緊張するかも」
固い表情のままでケーキと葵と一緒にカメラに映る。
撮るのは慣れているが、撮られるのは久しぶりだ。
「……いい写真だな。俺の表情がヤバいことを除けば」
「もっとリラックスして笑わないとだめだよ~」
撮り直そうとも考えたが、何度やっても変わらない気がしたのでやめた。
俺の顔は変だし、立ち位置もおかしいし、葵も少し緊張しているせいか、先ほどよりも笑顔が固い気がする。俺に合わせた手ブレ補正のせいでズレてもいるが、今撮った写真がなによりも大切な1枚になった。
「……茜。すごく、いい写真だな」
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