ベニゴアの誘い

 昼過ぎまで寝ていた土曜日。昨日はクロエとのゲームに盛り上がりすぎて、日が昇り始めるまで遊んでしまった。彼女のゲームの腕前はかなり上手な方で、自分が強くなったかと錯覚するほどに楽しくプレイできた。


「あぁ~。変な時間に寝たせいで頭いてぇ……」


 昨日、寝落ちしてからそのままにしてあるゲーム機に目を向けると充電が無くなっていてモニターの電源が落ちていた。さすがに2日連続でゲームをやれるほどクロエは暇じゃないらしく、今日は連絡が来ない。俺も、洗濯や掃除など、やらなければならないことが多い。


 腹が減って冷蔵庫を開けるが、食べかけの肉が少しあるだけ。


「明日、買い物行くか……」


 ポコンとスマホから軽快な音が響いた。

 勉強を終わらせたクロエからの誘いだろうか。とおもったら、茜からである。要約すると、明日と来週の土曜日が空いているか。暇なら葵の誕生日パーティーに来ないかというお誘いだ。


 ちょっとした買い物ならともかく、葵の誕生日パーティーにまでお邪魔するのはどうなのだろうか。

 断ろうかと思案していると葵からも連絡が届く。


『来てもらえると嬉しい』


 淡白なメッセージ。俺に対しては無表情か睨むかのどちらかしか見せない彼女が少しだけ心を開いてくれたかのようだ。一瞬迷ったが、遠慮なく祝わせてもらうことにした。


「誕プレ、準備しておかないとなぁ」


 スマホのメモ機能に買い物リストを追加する。ついでに、高校生に喜ばれそうで無難なプレゼントを検索した。……コスメとか言われてもわからんて。夏にハンドクリームは違う気がするし、俺がバスグッズお風呂用品なんて贈ったらキモすぎる。


「スイーツか!? スイーツ(笑)しかないのか!?」


 結局、葵へのプレゼントを調べているうちに深夜を過ぎてしまった。




「……ねっむい」


 子供が無邪気にはしゃぎそうな晴天の中、俺は日差しを一身に浴びながら寝不足の状態でショッピングモールの屋上駐車場を歩いていた。本当は地下駐車場に停めたかったが、日曜日の昼頃なんて人であふれかえっている時間で、停められるはずがない。


 体がジリジリと悲鳴をあげるような暑さに耐えながら店内に入ると、凍えそうなほどに冷たい風が全身を包み込む。一瞬で冷えた汗がベタベタとして気持ち悪い。

 天気に対する呪詛を意味なく呟きながら茜たちとの待ち合わせ場所まで向かう。


 そこで待っていた3人の美少女を目にすると、重くのしかかっていた倦怠感は吹き飛んだ。


 薄桃色のブラウスに、うなじを露出させた色気のあるお団子ヘア。特徴的な赤いピアスとチェックのミニスカートが年相応の可愛らしさを演出している。一見すると似合わない黒のブーツも、彼女の佇まいとマッチしていて映えている。


 その後ろには、真夏だというのに長袖の黒パーカーを着ている少女。地味に見せるような黒ぶち眼鏡とボロボロの靴を履いており、細い首に巻かれたチョーカーが色っぽく見えた。整った顔立ちと、茜にやってもらったのであろう三つ編みが文学少女らしく見えて綺麗だった。


 真城は、口元に手を当てて上品に笑っている。お嬢様のような白のワンピースに、胸元のリボンコサージュは、少し大きめで大胆だ。格好はシンプルでありながら気品のある振る舞いと、細い糸目、柔らかな口元と豊満なスタイルに思わず心を奪われてしまう。


「遅いよお兄さん!! 別に心配してたわけじゃないけど、連絡ぐらい欲しかったわ」


 腰に手を当てて、茜は微かに怒ったような表情を浮かべる。集合時間の5分前で遅れたつもりはないが、どうやら待たせてしまったらしい。軽く謝ると、さっそくプレゼントを買いに行くことにした。

 3人は前回のリサーチの甲斐もあってすでに買うものは決まっているという。さらにいうなら、クロエはすでに用意してある。


「葵が予備校に行くらしいから、今日はテキパキ行くわよ!!」


 目的地が決まっているかのようにスタスタと歩き始める。どこに向かうのかと思えば、1階の食料品売り場であった。お昼の時間だというのにカートを押して歩く家族連れが多い。このぐらいの時間なら人は少ないと思ったが大きなショッピングモールではそうとも限らないようだ。


「クロエは牛乳とホイップクリーム、真城は果物。私とお兄さんは飾り付け用のグッズを買いに行くわよ」

「あ、私、ケーキのスポンジもついでに見てくるね。あと、牛乳は小さいやつでいいからね、クロエちゃん」

「昨日聞いたよ。しっかりメモしてるから大丈夫!!」


 茜がテキパキと指示を出すと、蜘蛛の子を散らすように真城とクロエが分れていく。あまりの急展開について行けないでいると、茜が当日ケーキを作るのだと教えてくれた。


「真城は料理が得意だからね。もちろん私たちも手伝うけど」

「手作りケーキねぇ。お菓子作りって難しいって聞くけど、大丈夫なのか?」

「アハハ、心配しないで。お兄さん、真城のケーキ食べたら、驚くわよ」


 よほど自信があるのか、俺の心配を軽く笑い飛ばした。買い物かごを片手に飾り付け用のモール等をポイポイと入れていく。まるで主婦のようだとも思ったが、口に出したら怒られそうなのでやめた。


「……いま、母親みたいだなって思ったでしょ? 顔に出てるわよ」

「マジ!? バレた……?」


 少し目を逸らして知らんぷりをするが、茜のジト目からは逃げきれなかった。彼女が小さく「そんなに老けて見えるかしら」と呟く。別に老け顔だと言ってるわけじゃないけどな……。


 あれこれと見て回りケーキの材料と、当日の装飾も買いそろえた。

 次はどうするのかと思えば、先週、皆で見に行ったアクセサリーショップに立ち寄った。


「今使ってるヘアピンが割れてるとか話してたから、こういう系が良いと思うんだよね~」

「ん~、葵ちゃん、この辺を気にしてたような……?」


 茜と真城が熱心に葵の誕生日プレゼントを選んでいる。すでにマグカップを用意してあるクロエは俺たちの少し後ろをトテトテと付いてきながらゲームをやっていた。


「ちゃんと前向いてないと、怪我するぞ」

「大丈夫だもーん。それに、怪我する前にお兄さんが守ってくれるでしょ?」


 金曜日にゲームをやったときに、壁役をやっていたからだろうか。だとしてら、アレはゲームだからクロエを守る役回りをやっていただけで、現実では無理だ。あいにく、ただ身長が高くてたまに筋トレをやってるだけのゲーマーカメラマン系でくのぼうなんでね。


 ちょっと、悪く言いすぎたかもしれない。


 照れてしまって何も言い返せず、ニヤけてしまいそうなのを必死に抑えていると、俺の白シャツの裾を掴んだ。……片手でもゲームが出来るって、相当すごいな。


「絶対、手離しちゃダメだからね?」


 可愛らしく上目遣いで見つめられる。

 蠱惑的な笑みを含みながらも、微かな仄暗さを見せる表情に胸が高鳴る。


 誤魔化すような適当な生返事。しかしクロエは、嬉しそうに微笑んだ。


 アクセサリーショップで青いヘアピンを買って、茜たちは店を出る。その後ろをついて行くと、クロエが小さく声をあげた。


「ちょっと、本屋に寄っていい?」


 ラノベでも買うのかと思っていると、意外にもかわいい猫の漫画を手に取った。茜と真城も予想外だったようで、目を丸くしながら「クロエちゃんって、そういうの好きだったの?」と言っている。どうやら、3巻ほどで完結しているようで、3冊手に取ってレジに並ぶ。


「もちろんボクの趣味じゃないよ。前に葵が気になるって言ってたから」

「ああ、そういうこと……。そうね、別にプレゼントは一つって決まってるわけじゃないしね」


 そう言って、茜は参考書コーナーへと向かう。客の少ない時間ということもあって、彼女はすぐに戻ってきた。片手には厚めの参考書を持っている。そんな2人の様子を見て触発されたのか、真城もレジに並ぶ俺たちから離れてしまう。


「私も、もう一つプレゼントしようかな」

「シャーペンか……。センスいいな」


 併設された文房具屋から青のシャーペンを持ってくる。オシャレだが実用性が高い。

 正直、俺も文房具なら無難かなとか思ってたんだけど、潰されたな。茜たちに相談すれば、それなりに喜ばれるような答えが返ってくるとは思うが、それでは味気ない。

 せっかくあの娘の誕生日なのだから、俺がしっかりと考えたプレゼントを贈りたいのだ。


 3人の会計も終わって、もう一度アクセサリーショップの前を通りがかった。店の前のベンチにはどこかの高校のジャージを着ている2人組の女の子が座っていた。ヘアゴムが切れたようで、長い髪をくしかしながら結び直していた。


 ふと、思い出したのは青のインナーカラーの入った綺麗な長い髪。


 かっこいいと言われることに慣れてしまった少女が、少しでも可愛いと言われたくて、鏡の前で四苦八苦しながら、高い位置でポニーテールを結ぼうとしている姿。

 そんな時に、俺が贈ったプレゼントを使っていてくれたなら……。


「……なぁ3人とも、少しだけ待っててくれるか? ちょっと、買いたいものが出来た」

「しょうがないわね。少しだけ待ってあげるわ」


 手をヒラヒラを振って、茜が送り出してくれる。彼女たちに背を向けてアクセサリーショップへと入ると、先ほど茜と真城が見ていた近くを探す。ヘアブラシにも種類はあるが、長持ちしやすく静電気が起きにくい小さめのコームを買おうと思っている。

 デザインの幅も広いし、持ち運びもしやすいだろうからな。


 あちこち探し回っていると、1つ良さそうなものを見つけた。

 値段はそれなりだが、色味も悪くないし、なにより丈夫さが売りだという。


「コレは良い物を選べたんじゃないか……?」


 自画自賛をしながら、店員さんにプレゼント用の包装を頼む。思わず顔をほころばせながら店の外へと出ると、ニヤニヤした茜たちが待ち構えており、俺の荷物を見ると更に口角をあげた。

 なんだか気恥ずかしいが、悪いことをしているわけではない。怖気づくことなく堂々と彼女たちの下へと戻った。……なんだその優しい笑顔は!!


 親指を立てて意味深なサインを送ってくるな!!

 なんだかどっと疲れが押し寄せてきた気分だが、葵へのプレゼントも買えたし、あとは当日を待つのみである。

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