ガンメタルゲーミング

 金曜日の夜――。

 普段なら、明日は休みだからと言ってダラダラとベットに腰掛けながらYouTubeを見ているのだが、今日は違った。早々に夕食を終えて先ほど風呂から上がったばかりだ。タオルで髪を乾かしながら、LINEの通知に目を向ける。


『10時からやろう』


 一言だけの短いメッセージ。送信主はクロエである。

 茜がとあるゲームに興味を持ったのをきっかけに3人で遊ぼうという話になったのだ。夏休みを満喫する女子高生2人はともかくとして、ちょいちょい残業のある社会人としては平日の夜にがっつりゲームというわけにもいかない。次の日が休みで気兼ねなく遊べる金曜日まで待ってもらったのだ。


 誘われたゲームは、それなりに話題になっていて、何人もの配信者が楽しそうに遊んでいるのを見て衝動買いしたのだが、可愛い動物と一緒に拠点を建てて敵から守るというゲーム性は合わなかった。


 そもそも、1人でやるには向かないゲームだしな。

 たぶん、クロエも同じタイプだろう。


 モニターとゲーム機を繋げて、LINE通話を開始する。

 クロエが、ゲームになれていない茜のために操作方法を教えている最中だった。対面で話しているわけではないためか、若干クロエの声が明るい。


「お待たせ。今はどんな感じ?」

『お兄さんハロ~。いまはウサギ捕まえたところ!!』

『ウサギって最弱じゃん。やっぱ、ゾンビ特攻持ってるオオカミ捕まえに行こうよ』


 おそらくクロエが作ったであろうレンガブロックで作られた仮拠点の周りには、可愛らしいピンク色のウサギがキュイキュイと鳴き声をあげながら飛び回っている。


 マイクラに可愛さを足したような世界観のこのゲームでは、様々な動物が登場する。

 ウサギっぽいものも居れば、めちゃくちゃデカくて強そうなクマなど。


 一応、最短でボスを倒そうと考えているなら簡単な道具を扱えるチンパンジーを手なずけ、自分は馬かオオカミに乗って冒険するのが効率が良い。というのは、攻略サイトで見ているが、茜はそんなことお構いなしに猫をペットにしようと追いかけていた。


「クロエは……」

『お兄さんも攻略サイトは見たでしょ? 序盤は拠点壊される前提で、金属類は使わず、トラップ作りまくってスキルレベル上げ。装備は2階のアイテムボックスにあるのを使っていいよ』


 そう、このゲーム、ボスを倒すのは簡単なのだ。だが、配信で人気になった理由は、広い世界に様々なタイプの拠点を建てたり、いろいろな動物と触れ合うことが出来るからである。また、そこから生まれる配信者同士のコミュニケーションも見どころだ。


「つくづくゲーマー向きじゃねぇよな」

『さっき茜のことを弓で撃ったら、めちゃくちゃ怒られた』


 捕まえた猫を抱きかかえながら嬉しそうに茜がやってくる。楽しんでいるようで何よりだが、ゲームというより動物のコレクションをしている気分だ。

 まぁ、それが悪いというわけではないが、ドラクエやらエペ、マゾゲー、死にゲーにどっぷりハマってきたオタクゲーマーには温すぎる。せめてボスがもう少し強ければ倒す気にもなるのだが。


『……じゃあ、勝負形式にしたらいいんじゃない? たとえば、一番最初にリスを捕まえてきた人が勝ちってルールにするとか』

『それは、妨害アリ?』


 通話越しではあるが、きっと今のクロエは無邪気な顔をしているのだろう。鏡を見るまでもなく、俺も同じような顔をしていることがわかる。勝負と聞いて血が騒ぐのはゲーマーの悪い癖である。


『そうね……。動物を殺す以外なら妨害アリね。相手を殺すのは良いわよ。あと、私は審判をするから、私を殺すのもダメ。より可愛いリスを捕まえてきた方が勝ちね」


「ふふふ。これでも俺はリスを捕まえるのは上手いんだぜ? リス捕まえの平野とは俺のことだ」

『なにそのダサいあだ名……』


 ドヤ顔で呟くと、茜からの鋭いツッコミが入った。口調こそ強いけれど、ヘッドホンから聞こえるハープのような笑い声に胸が温かくなる。


『フハハ、2人でイチャついてろ。僕はもう、リス見つけたもんね!!』


 開始の合図などという概念がないかのようにクロエは森の方へと走って行ってしまった。リスは警戒心が高くめったに姿を見せない。という設定の下、他の動物よりも出現率が低く設定されている。さらに、出現場所も森や砂漠の一部だけと限定されている。


 多分、茜はそんなことは知らず、可愛いからという理由だけでリスと言ったのだろう。しかし、なかなか出現しないレアアニマルで競うというのは根っからのゲーマーであるクロエの琴線に触れたのだろう。事実、俺もちょっと燃えている。


「そういえば、茜がゲーム機を持ってるなんて意外だな」


 草の根をかき分けてリス探しをしている最中、少し気になったことを聞く。完全厨二ゲーマーのクロエやインドアカメラサークル所属の俺とは違って、茜は明るくアクティブなタイプだ。


 家にこもってゲームをするぐらいなら友達と一緒にウィンドウショッピングをする方が性に合っているだろう。

 そんな彼女が3万近くもするゲーム機を持っているとは思わなかった。ソフト含めたら3万5千円だぞ。それなりの服をフルセットで買える値段だ。


『私のゲーム機じゃないわよ。弟のを借りてるの』

「……なるほど。一気に納得した」


 ゲーム機のことだけじゃなく、ときたま姉っぽさを感じる理由も、クロエ達が茜を慕う理由も。発育が良くて色気のある真城とは別の意味で綺麗で大人っぽいと思っていた。

 姉だからというのも理由の一つなのだろう。


『あ、リス見つけた!!』


 感心する俺の感情を揺さぶるような一言。いろいろな意味で雰囲気をぶち壊すクロエの楽しそうな声に脱力しながらも、負けを覚悟して最初に居た場所に戻ろうと振り返った。


「キュウゥ……」


 そこに居たのは、小さな木の実を頬張っているリス。ゲーム機に繋いだヘッドホンからはリス特有の鳴き声が漏れており、これが最初で最後のチャンスだと訴えかけていた。


「逃がすかぁ!!」

『……!? お、お兄さんも見つけたの!? 急いで戻らないと……!!』


 慌てているのかクロエがゲーム機を操作する音が通話越しに聞こえてくる。よほど本気でやっているのか、ガチャガチャとうるさい。

 しかし俺も負けじとゲームのキャラクターを動かす。


 モニターに映る森を抜けると、動物園のふれあいコーナーみたいになっている茜の姿があった。捕まえやすい犬や猫、ちょっとレアなカピバラなんかを大量に引きつれており、クロエが作ったシンプルなレンガ造りの拠点とのアンバランスさが可笑しかった。


『おお、コレってどっちのキャラ?』


 ゲームになれていない茜が俺とクロエの判別がつかずに問いかけてくる。俺は勝ち誇った笑みを浮かべて、ドヤ顔で叫んだ。……大人げないとか言わないでね。


「勝ったのはオレです。あ、もう一度、たっぷり言わせていただきます」


「勝ったのは……オレです! たっぷり!」


 俺の勝利宣言のすぐ後で、スタミナの限界まで走っていたクロエのキャラクターがその場に倒れ込む。ゲームの仕様上、その情けない姿は仕方がない。しかし、通話の向こうの彼女は不敵に笑っている。


『このゲームはより可愛いリスを捕まえてきた方の勝ち。つまり、勝負はまだ決していないのだよ~!!』


 先走って勝ち誇った俺を馬鹿にして煽るような笑い声が聞こえた。しかし茜は、一切声音を変えることなく残酷な事実を告げた。


『いや、可愛いリスって勝負でもお兄さんの勝ちよ? クロエのそれはリスじゃなくて小さいメガネザルだわ』


 ……逆によく見つけてきたな。リスよりレアだろ。


 絶望の断末魔をあげるクロエをよそに、リスを可愛がっている茜が小さく欠伸をした。ふと、時計を見てみれば23時を過ぎている。普段ゲームをやらず、夜更かしとは縁遠い彼女にとっては限界だろう。


「そろそろ解散にするか?」

『そうね。1時間もやれば十分じゃない? 楽しかったから、またやりましょ』


 不満そうな声をあげてリベンジを申し込んでくるクロエを無視していると、『じゃあ、別なゲームやろ!! トイレ行ってくるから考えといて』と言い残して、バタバタとした足音が遠ざかっていく。ドアの開閉音まではっきり聞こえる辺り、そうとう乱暴に歩いてるようだ。


『……クロエ、居なくなったわよね。お兄さん、この前はありがとうね。真城の件』


 先ほどまでのゲームで笑っていた時とは打って変わった様子で話し始める。おそらく、月曜日にデートのドタキャンをされた真城をファミレスに連れて行ったことを言っているのだろう。

 真城本人から聞いたのか、同席していた葵から聞いたのか。


「まぁ、あのまま見過ごすってのも後味が悪いからな」


『真城、落ち込むかと思ったけどそうでもなかったわ。お兄さんのおかげだったり?』


 どこか探るような問いかけをしてくるが、何もなかったと否定した。

 俺が声を掛けた時よりも葵が車に乗り込んできたときの方が安堵していた顔をしていた。多分、その辺りに理由がある。

 殆ど見ず知らずと言える俺に出来ることなんて限られている。


「それより、わざわざクロエのいない時に話すってのは何だ? いじめか?」

『なわけないでしょ。あの娘は……良くも悪くも純粋なのよ。普段はリア充は爆発しろーとか、陽キャは敵だーとか言ってるくせに、真城に彼氏が出来たことを誰よりも喜べるぐらいにね』


 どうしてか、そんな彼女たちのやり取りを容易に想像できた。彼氏の悪評を知る茜と葵が苦い顔をしている中、嫉妬とも羨望とも呼べるような純真無垢な少女の顔をしたクロエに、顔を真っ赤にしながらも彼氏の好きなところを語る真城の姿が。


 それと同時に、一歩間違えれば、その平和な光景が崩れてしまうことに恐怖する。


「あんまり、クロエには聞かせたくないってことか」

『まぁ、わざわざ言うことでもないし。クロエも別に根ほり葉ほりを聞くわけじゃないからね』


 そこまで言うと、もう一度小さな欠伸をする。


『ごめんなさい。さすがに眠いから寝るわ。明日は予備校もあるし』

「わざわざ引き留めて悪いな。おやすみ」


『ああ、それとクロエが戻ったら、明日はちゃんと勉強するようにって言っておいてくれる?』

「母親かよ……」


 受験生の親のテンプレみたいなセリフを言う茜に、思わず失笑してしまう。


『別にあの娘の心配をしてるわけじゃないわよ!! ゲームをやりすぎるなって話!!』


 どこか気に障ったのか、恥ずかしそうにしながら声を荒げる。それだけ言い残すと、プツリと通話を切ってしまった。


 ……やっぱり親じゃないか!!

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