疑心暗鬼のネイビー

 あっけらかんと笑うクロエに戦慄しながらも茜たちと別れたアパレルショップの前へと戻っていく。


 辺りを見回してみるが特徴的な赤い髪の少女の姿は見当たらず、まだ中で買い物をしているようだ。何の気なしに迎え位に行こうと思って歩みを進めると、首元のチョーカーをはにかみながらなぞる少女が俺の服の裾を掴んでいた。


「あ、あのー。お店に入るの、恥ずかしいなーとか言ってみちゃったりして……」


 怯えた小動物のように体を震わせながら、俺の表情を窺っている。根っからのオタク少女からすれば、キラキラしたアパレルショップは戦地に等しいのだろう。

 まぁ、俺も高校生の頃はお洒落な店には近づかなかった思い出があるし、気持ちはわかる。


「あー、じゃあ外で待ってるか」

「マジ? いいの? やった」


 店の前に備え付けられた木製の低いベンチに腰掛けると、背負っていたカバンからゲーム機を取り出した。


「もしかして、ただゲームやりたかっただけかよ!?」

「そうに決まってるじゃん!!」


 俺が驚きの表情を浮かべると、クロエは開き直ったように笑う。先ほどまでさんざんリズムゲームで遊んでいたというのに……。まるで茜のように深いため息が出てしまった。


 まぁ、あの娘と違って、可愛くはないが。


「お兄さん、モンハンとかやってる? コレ出ないんだけどさー」

「そのランクじゃ手に入らない奴だよ。てか、ググれ」

「……お兄さんはボクのこと置いて行かないんだね?」


 俯いた少女は長い髪を鬱陶しそうにはらう。ゲームの画面に夢中になっていて彼女の表情は読めないが、期待とも不安ともとれるような声音で呟いた。はたして、最後の言葉は答えを求めているものなのか、単なる呟きなのか、それを確認する前に溌剌な少女から声を掛けられた。


「あ、クロエ、戻ってたんだ?」

「それ、ゲームセンターでとってきたお菓子? いっぱいあるね~」

「……お菓子ばっかり、良くないよ」


「おお、しっかり注意してやってくれ。ポテチだけ店員さんに補充してもらってまで何回もとってたようなやつだからな」

「アンタ、またそんなことして……。肌荒れするわよ?」


 大きなため息を吐きながら小言を言っているが、その表情は感心しているようだった。俯いたままゲームをやっているクロエの頭を軽くなでていると、苛立った様子で手を振り払う。


「子ども扱いすんなよ~、茜、僕のこと大好きか~?」

「そ、そんなんじゃないわよ!!」


 クロエの煽るような言葉に赤いピアスを揺らしながら頬を染めながら怒っている。2人のやり取りを見ていると仲の良い姉妹のようだ。相変わらずクスクス笑っている真城も含めて3姉妹、いや少し離れて見ている葵含めた4姉妹だろうか。


 ……じゃあ、俺誰だよ。


 次の店へと移動しようという道すがら、自然な様子で茜の歩くペースが落ちる。家の近くのカレー屋が辛くて食べられないという話で盛り上がっている真城と葵が先を行き、俺とクロエと茜が3人横並びになった。


「で、プレゼント見つけたの?」

「ばっちり買ってきたよ!!」


 小声で尋ねる真城に親指を立てて答えた。「よかったわね」と優しく微笑んだ茜は早足で前を歩く白髪の少女の隣まで行く。


「ねぇ、真城。あそこ見て!! めっちゃ可愛いよ」

「ほんとだー。アクセショップかな~。葵ちゃん、ちょっと見てもいい?」

「私は良いと思う。クロエとお兄さんは……?」


「まぁ、あのぐらいならボクでも行けるかな!!」

「その消極的な自信はどこから来るんだよ……。まぁ、俺も平気だ。時間もあるしな」


 おそらく葵の誕プレ選びの一環だろうと思って、特に何も言わず了承する。茜が意味深なウィンクを飛ばしてきたことから、葵にバレないように立ち回れという合図だろう。

 なるべく不自然にならないようにしながら、先ほどのゲーセンでの出来事を葵に話し始めた。一瞬警戒心を見せるが、クロエも話に混ざってきたことで素直に聞き始める。


「ねぇ葵見て!! めっちゃかっこいいネックレス!!」

「クロエ、あんまり騒がないで」


 男物のアクセサリーが並べられた棚を眺めていると、十字架のネックレスに心を奪われているようだ。よほど興奮しているのか、若干嫌がる葵に着けようとしていた。まぁ、間違いなく合わないだろう。


 ジャージに十字架のネックレスって……。ダサい中二病でもそんなファッションしないだろ。


「お兄さん!! ドクロの指輪!!」

「お前、ドクロ好きだな!?」


 うん、分かるよ。ドクロってなんかカッコイイよね。さっきの十字架もそうだけどさ。なぜか心奪われるんだよね。琴線に触れるっていうかさ……。


「あっぶね。流されるところだった!!」

「……? よくわかんないけど、要らないの? このドラゴンが描いてあるごつい腕輪」

「クロエ、ダサい。棚に戻して」


「えぇ~!? めちゃくちゃイカしてるのに~!!」


「それはイカしてるんじゃなくてイカレてんだよ」

「……お兄さん、上手いこと言うね」


 クロエの絶望的なセンスに思わずツッコミを入れると、葵から賞賛なのか何なのかよく分からない言葉を向けられる。とりあえず受け取っておいたが、たぶん褒めてるわけじゃないのだろう。

 それからもクロエはあちこちで騒ぎながら、指輪やメリケンサックを眺めていた。


 ……すげぇ黒いベルトに心惹かれてますけど、今のあなたはそれ以上の黒は必要ないと思いますよ。


 そんな俺たちの思いも裏腹にクロエは会計に行ってくると言い残して消えてった。

 紺色のスクールバックを重そうに担ぎ直すと、前髪を邪魔に感じたのかジャージの袖口に着けていた青いヘアピンで髪を留めた。


「……そういえば、部活は何をやってるんだ?」

「剣道」


 なんとなく気まずくて声を掛けるが、一言で返されてしまった。クロエと同じで根は陰キャである俺は思わず泣きそうになった。いや、今泣いたら情けなさで死ねるわ。


「髪、黒に戻したんだな? 一日で戻せるものなのか?」

「昨日のはカラーワックス。部活があるから派手には染めてない」


 派手には……ということは、部分的に染めているのだろう。つい気になって整えられたポニーテールを眺めてしまう。よく見れば、クロエのような純粋な黒というわけではなさそうだ。光が反射していて分かりにくいが、所々に濃青色が混じっている。


「気になる? ただのインナーカラーだよ。先生には内緒」


 立てた人差し指を唇に当てると、少しだけ柔らかく笑った。わざわざ高く結んであるポニーテールを解いてまで、隠れた青色の髪を見せてくれた。小さくありがとうと呟くと、彼女は髪を結び直す。一瞬だけ露出した白いうなじに鼓動が早鳴る。


「クロエ、遅いね」

「あ、なんか真城が向こうで呼んでるみたいだぞ。あの黒ベルト買ったこと、茜に怒られてるみたいだな」


 俺たちが並んで商品を眺めている所からは少し離れて、茜と真城とクロエが何かを話していた。内容までは聞こえないが、うなだれたクロエの様子と、上品な笑みを浮かべる真城だけ見れば、どんなやり取りをしているのかは容易に予想がつく。


「お兄さん、茜と何か企んでるでしょ?」


 クロエがしばらくこちらに戻ってこないと踏んでの問いかけか。警戒心をむき出しにして、どこか責めるような口調で言う。あの娘たちのボディガードのようでもあるが、それでも怯えたようにジャージの裾を握っている辺り、まだ一人の少女なのだろう。


「昨日だけならともかく、今日も一緒に来るなんて、どう考えても怪しい。いくら茜から誘われたからとは言ったって、茜に従順すぎる。何が目的なの?」

「落ち着けよ。別に悪事を働こうってわけじゃない。そもそも、何も企んでなんていないしな」


 降参だと言わんばかりに両手をあげる。全く納得していないようで、敵対的な視線は変わることがない。しかし、サプライズでプレゼントをしたいと言っていた3人の気持ちを踏みにじることもできないので、ヘラヘラとしてとぼけるしかないのだ。


「茜たちは、私の大切な友達。傷つけたら許さないから」

「ハハ。クールビューティーに見えて、結構はっきり言うのな?」


 あしらうような態度に苛立ったのか、猫のような鋭い目をさらに細めて睨みつけてくる。そもそも俺は嘘を吐いたり話題をはぐらかしたりするのが苦手なのだ。今だって虚勢を張って飄々とした態度を見せているが、正直ビビってる。


「君らを傷つけるつもりはないし嫌な思いもさせない。昨日、写真を撮った時にも言ったけど、俺は4人の笑顔が一番撮りたい写真なんだよ。それをぶち壊すようなことはしない。これはカメラに誓っていえることだ」


 俺の真面目な表情に渋々と言った様子で納得したようだ。

 怪しいことをしたら斬り殺すという物騒ながらも可愛い脅しをしてきた。最後までとぼけた表情を浮かべたままでいると、諦めたようだ。


「葵、いつまで話してるの~? こっちは色々見終わったし帰るわよ」


 まるで子供を迎えに来たお母さんのような口調で、葵と俺を呼ぶ。腰に巻いた赤いオーバーシャツをひらひらとさせながらニコニコとしていた。いやに楽しそうな表情を浮かべている茜と真城に対して葵は困惑の表情を浮かべているが、事情を知っている俺だけがその顔の意味を理解する。


 俺と茜のアイコンタクトをめざとく見つけた青ジャージの少女は肩に下げたスクールバックで腰のあたりを小突いて来た。


「で、そろそろ夕方だけど帰る?」


 スマホの画面を見るクロエが声をあげた。真夏で日が長いこともあって分かりにくいが、すでに17時半を回っている。アパレルショップやネイルサロンからは人が減ったが、フードコートや食料品売り場は行列が出来るほどに賑わっている。


 あちこち歩きまわっているだけだったが、時間が経つのはそれなりに早い。


「帰る前に一枚いいか?」


 ポケットから小さなデジカメを取り出して、4人に見せる。茜が目を輝かせて笑ったが他の3人は「忘れてなかったんだ……」と言わんばかりに不満そうな顔だ。

 しかし、嫌がる様子はなく気恥ずかしいだけのようである。


「今日はどんな写真撮るの?」

「あ、どうせ撮るなら夕焼けが良いです」

「えぇー。茜も真城もなんでノリノリなの~?」


 テラスから差し込む夕焼けに見とれた少女が少し微笑む。真っ白なはずの美しい髪は微かに緋色に染まっていて、わずかに頬が紅潮しているようにも見えた。

 げんなりとしているクロエも諦めたのか、渋々と言った様子で外に出た。


 一歩、ショッピングモールから出るだけで暑さを感じる。目を細めてしまうような夕焼けを背景に4人が並んだ。微かな恥じらいと、こちらにまで伝わってくる高揚。

 無邪気にピースをする少女。じっとカメラを見つめる少女。

 控えめに微笑んでいる少女。少し俯いてそっぽを向く少女。


 髪の色も服装も、性格も表情も、何もかもがバラバラで合わない4人の少女たち。

 それでもたしかに繋がっているものがある。


 たった一枚の写真でも、それが窺えた。

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