鉄黒ショッピング

 昼食を食べ終え、フードコートに隣接するコーヒーショップでカフェオレを買う。氷の入ったそれは、雫を垂らすほどに冷えているが、刻一刻と温くなっている。かき混ぜながら飲んでいるが、すでにちょっと温かい。

 夏真っ盛りともなれば、冷房の効いた室内に居ても暑さを感じるほどだ。


 何より体にまとわりつく汗が不快感を煽る。


「で、買い物ってどこに行くつもりだったの?」

「ん~。とりあえず、あそこかな~」


 赤いピアスを揺らす茜は、ジャージ姿の少女に手を引かれながらスマホでリズムゲームを遊ぶクロエをジロジロと眺めている。全身を暗い色で染めた装いに物申したいのか、顎に手を掛けて小さく何かを呟いていた。視線に気づいた真っ黒少女は、ゲームをやめて茜が指さした方を見ると……


 あ、逃げた!?


「え、どうした?」

「ちょっと、クロエちゃん!?」


「葵!!」

「うん」


 まるで飛び出した子供を捕まえるかのように、葵のスラッとした腕はクロエが背負うカバンを捉えた。カエルが引きつぶされたような声をあげてクロエの足が止まる。

 茜も迷いなく葵の名を呼んだ辺り、逃げ出すのは予想の範疇だったのだろう。


「ただ、服屋に行くだけだろ? なにも逃げることはないんじゃないか?」

「茜はボクにあんな服を着ろっていうのか!? あんな痴女みたいな恰好をしろと!?」


 プリプリと可愛らしく怒り始めた。茜が指さした店は高校生に人気の至って普通のアパレルショップ。俺も高校生の時に彼女と来たことがある。男服の取り扱いは少ないが、小さなアクセサリーの類も多く、お揃いの品を買うのにも利用されるような店だ。


 クロエが指さすマネキンは、短めのスカートに肩の露出したブラウスという、少し派手なものだった。


 それこそ、モデルのようなスタイルの茜には似合うのだろうが、常に俯いていて猫背のクロエでは着こなせないようにも思える。


「あのね、いい加減、その中学生みたいな服装やめなさいよ。なんで背中にドクロなんて描いてあるのよ。カバンで隠すならともかく、ちょっと見えてるのよ!!」


「ボクにはボクのオシャレがあるんだよ!!」


 いや、嘘だろうな。

 クロエの顔には「服なんて安く済ませて、その分ゲームを買いたい」って書いてある。……わかる。分かるぞ、その気持ち!! 俺もシャツは安いブランドにして、高いカメラと三脚買ってたから。


 俺の共感が彼女にも伝わったのか、目をキラキラと輝かせながらガッツポーズを向けてくる。真城がくすくすと笑い始めると、茜の大きなため息が聞こえた。


「分かったわよ。好きにしなさい」


「やったー!! じゃ、ゲーセン行ってくるから終わったら呼んで」

「じゃあ、私も着いてく」


 バンザイをしながら走ってどこかに行こうとするクロエの後ろを葵がついて行く。すると、真城と茜が慌てたように引き留めた。


「葵ちゃん、今日は行かなくていいよ!! 守さん、代わりに行ってもらえます?」

「クロエ、お兄さんと一緒にいきなさい。はぐれちゃダメよ」


 茜が意味深な視線を向けてくる。もしかして葵の誕プレ選びの一環なのだろうか? だとしたらクロエと俺を分かれさせる意味はないだろう。よく分からないが言われた通りクロエの背を追いかけた。当然、葵は訝しげな視線を向けてくるが、真意は俺にも分からない以上、気づかないふりをするに限る。


 茜と真城が半ば強引に葵をアパレルショップへと引っ張っていく。スタスタと前を歩く真っ黒の少女の背を追いかけていると、ふとゲームセンターとは逆方向に進んでいることに気づいた。

 何度か声を掛けようとしているが、迷っている様子もなく、目的地がはっきりしているようだ。


「お兄さん、葵たち見えなくなった?」

「え? ああ、さっきの店に入っていったみたいだぞ」


 チラリと後ろを振り返ってみれば人ごみに紛れてしまって彼女たちの姿は見えない。同じように派手な髪色をした女子高生もたくさん歩いているが、どこか目を引くような雰囲気はなく、あの娘たちのような特別感はない。


「お兄さん。こっち」


 黒いチョーカーを首元に巻いた少女は、まるで誰かの目を盗むかのように辺りをきょろきょろと見回すと、俺の手を引いて店の中央の通りから脇に逸れる。背の低い彼女の手は赤ん坊のものかと思う程に小さく、この真夏の天気でも不快感の無い暖かさをしていた。


 クロエが目指していた場所は、アウトレットの端の方に店を構える小さな雑貨屋だった。


 ここだけが賑やかなショッピングモールとは別世界かのように静かな空間。小さな区画の中央に老婆が一人座っているだけで、壁面の棚に乱雑に並べられた小物たちは完全に見栄えを無視している。

 あちこちに商品棚が並べられているせいで分かりにくいが、俺たちのほかに客の姿は見当たらない。


「クロエ? なんか探してるのか?」


 スマホを片手に棚のあちこちを物色しては、何かを探しているかのようである。グラスやマグカップの並べられた棚を熱心に見ていることから、それらしいものを探しているようだ。

 ちらりとみえたスマホの画面にはAmazonのショップページが表示されていた。パッと見た感じ、猫の描かれた青色の可愛いマグカップだ。


「葵の誕生日プレゼントか……。探すの手伝おうか?」

「ありがとうお兄さん。こういう感じの、マグカップを探してるんだよね。密林Amazon、在庫なしとか言っちゃててさー!!」


 在庫欄には×印だけが描かれており、入荷予定日は未定とのこと。

 一応、実店舗販売もしていると書かれている。


「一目見て、葵には絶対これが似合うって思ったんだけどさ、調べたら雑貨屋で見つけたって人が居たんだよね。だからダメもとでここに探しに来たんだ」


 たしかに猫のような鋭く愛らしい目つきをした葵にはぴったりの品だろう。先ほどから似ている商品は見つけられたのだが、色が違ったり犬が描かれていたりと、微妙にマッチしない。


 ……鳥はともかくカバが描かれたマグカップを買うやつは少ないと思うぞ。


 しかし、これで俺とクロエだけが別行動にされた理由がわかった。あの時、必要以上にクロエが嫌がったのも、葵にバレないように雑貨屋に来るためだったのだろう。茜の意味深な視線もフォローを頼むというわけだ。


「いやまぁ、あの店に入るのは、本当に嫌だったんだけどね」

「お前、台無しじゃねぇか……」


 まぁ、正直、俺も苦手なタイプの店だったし、あまり強くは言えないか。


「全然、見つかんないんだけど……。ここにもないのかな」


 すでに何店舗が見て回ったのだろう。クロエは気落ちした表情で俯いてしまう。不安そうに首元の黒いチョーカーを何度もなぞってはため息を吐いている。


「少しスマホ借りていいか?」


 彼女のスマホを借りて、店の中心で座る老婆へと声を掛けた。尋ねてみると、店に出してないだけで在庫はあるらしい。その中に青いマグカップがあった気がするから探してくれるという。


「もしかしたらあるってよ。よかったな」


「……あ、ありがとう。お兄さん、怖い人じゃなかったんだね」


 脈絡のない言葉だが、なんとなく彼女の言いたいことは理解できる。150cmを少し超えた程度の少女から見て180cm以上の成人男性とは威圧感がすごいのだろう。昨日と違って一度も目が合わなかったのは、大きな黒縁眼鏡のせいだけじゃないはずだ。


 クロエがおずおずとした顔で見上げてくる。顔を隠すような前髪と無粋な眼鏡、卑屈な笑み。それでも彼女の表情は愛らしい少女そのもので、眼鏡の隙間から覗くすっきりとした目元は、絵画と見間違うほどに美しく整っている。

 彼女に見とれてしまったのを誤魔化すために、軽く微笑みを浮かべた。


 しばらく待っていると、店主と思われる老婆が先ほどの写真と同じマグカップを持ってきた。緩衝材とラッピングに包まれており、一目でプレゼントだと分かる。


「あ、ありがとうございます……。あ、あの、ほ、包装代って……」

「いいのいいの。大した手間じゃないんだから」


 気難しい表情で座っているだけの老婆だと思ったが、かなり心優しいようだった。クロエがはにかみながら商品を受け取ると不器用ながら少しだけ笑って手を振ってくれた。


「お、お兄さん、ありがとね。もう一個付き合ってもらっていい?」


 目的を果たして安堵したのか、オドオドとした様子を見せながら俯いたままに言う。どこまでも彼女に付き合おうと頷くと、またも早足で歩き始めた。その明るい表情と方向的に行き先を察した。


「……結局ゲーセンには来るんだな」


 ガシャガシャという頭に響く大音量。あちこちからアーケード機体特有の電子音が鳴り響いており、クロエの興奮したような声も聞こえなくなってしまう。

 自分の長い髪を鬱陶しそうにヘアゴムで縛ると、一瞬の迷いもなく両替機に2千円を突っ込み、大量の100円玉を握り締めてリズムゲームの前に立った。彼女自身が立っている台のとなりにいくつかの100円玉を積み上げると、挑戦的な笑みを見せた。


「お兄さんもやるでしょ? チュウニズム」

「そういうことか。上等だよ!!」


 クロエから用意された100円玉を無視して財布からAimeカードを取り出した。


「ほーん、結構やってるんだ。でもボクも負けないよ!!」


 背中のカバンから専用の手袋を取り出すと、眼鏡をクイッと持ち上げて闘志を燃やしたような表情になる。先ほどまでのオドオドしていたコミュ障オタクとは思えない。いや、オタクであることに変わりはないのか、俺もクロエも。


 さて、それからどのくらい経ったのだろう。体感では5分ぐらいなのだが、クロエの積み上げた100円タワーがずいぶん薄くなり始めたあたりで、彼女が我に返った。


「やべ、今日は音ゲやりに来たんじゃないのに!!」

「え、あれだけ楽しそうにやってたのに、違うのか?」


 どうやらクロエは葵へのプレゼントであるマグカップが目立たないようにクレーンゲームで商品をいくつか取っておきたかったらしい。しかしリズムゲームを楽しんでいるのも事実。今やっているものとは別なゲームもやりたいと言わんばかりに視線が迷っている。


 よほど悩んでいるのか、ゲーム機の前をウロチョロと歩き回っていた。まぁ、ずっとリズムゲームというのも疲れたし、一旦クレーンゲームコーナーを見て回るのもいいだろう。


 いざそちらの方に足を運んでみると、大きなぬいぐるみやお菓子の景品に夢中な顔をしている。


「コレ、とれそうだな。いや、いけるな。うん」


 透明なアクリルケースの周りを見て回ると、躊躇いも無く100円をいれた。大きなお菓子の箱に狙いを定めると端の方にアームを引っ掛ける。器用に隙間に引っ掛けると、弱いアームでも簡単に傾いて景品が落ちた。


「すごいな。得意なの?」

「まあね!! ほら、ボクってゲームの天才ですから!!」


 褒めなければよかったと小さく後悔しながらクロエがひたすらクレーンゲーム無双するのを眺める。彼女がいけると言った景品は本当に1発でとってしまうのだからすごい。


「ふふん!! これだけあればマグカップも目立たないし、ごまかせるだろう!!」

「いや、逆にとりすぎだろ」

「え、いつもゲーセン来たときはこのぐらいとってるよ? 普通普通!!」


 あっけらかんと笑うクロエに戦慄しながらも茜たちと別れたアパレルショップの前へと戻っていく。

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