シグナルデート

『お兄さん、暇なら遊ぼうよ~!!』


 夏祭りの翌日。堕落した日曜日を満喫していたところで、突然電話が掛かってきた。相手は赤崎茜である。車に忘れ物でもしたのだろうかと呑気なことを考えていると、予想だにしない言葉が帰ってきて面食らってしまった。


「あ、遊ぶって言ったって、俺、ベッドから出てすらないぞ?」

『えぇ~? もう10時半だよ!? いい加減、起きなよ~』


 電話越しに茜の柔らかな声が聞こえるのが不思議な感覚で、意味もなく布団から飛び起きてしまった。というか、ベッドの上でダラダラしながらスマホを弄っていたのであって、目は覚めていた。まぁ、こんな言い訳がましいことを言ったところで、昨日のように可愛らしいため息が返ってくるだけか。


『とりあえずお兄さん、菓彩かさい駅の近くにあるショッピングモール来てよ。来なかったらめっちゃ怒るからね!!』


 怒るだけかよ。とツッコミを入れようとすると、その前に電話が切れてしまった。正直、気乗りはしなかったが、昨日は楽しかったのは事実。それに、せっかく美少女がデートをしようと言っているのに、イヤだと断れるほど排他的な性格はしていない。

 まぁ、相手は女子高生だし、手は出せないが……。


「仲良くなって損はない……よな?」


 さすがに女子高生と2人きりの状態で茜を車に乗せるというのは犯罪臭がすごいので、電車で向かうことにした。あとは単純に電車の方が早く着くからである。駅から出ると、半そでを着ているにもかかわらず暑さで倒れてしまいそうだった。やはり8月に入ったばかりで夏真っ盛りの昼間は死ぬほど暑い。熱中症対策に駅の中でペットボトルのお茶を買っておいてよかった。


 すれ違う人々も、日傘を差していたりハンカチで額を拭っていたり、手持ちの扇風機を顔に当てて涼んでいたりと、それぞれで苦労しているようだ。


 やっとの思いでショッピングモールまで到着すると、一気に体が冷える。一瞬で汗は引いたが、むしろ寒いと感じるほどに冷房がかけられている。それも少しすれば人の熱気に押されてたいして寒さも感じなくなるが……。

 到着したことを茜に伝えると、正反対の入り口近くにあるフードコートまで来るようにメッセージが届いた。


 家族連れやカップルでにぎわう休日のショッピングモール。夏休みということもあって、いつもの5倍は人が来ているのだろう。ここぞとばかりにセールやキャンペーンで客を呼び込もうと、いろいろな店が必死である。

 ……なんかちょっと面白い。


 天井から吊り下げられた化粧品のポスターや様々なタイプの衣服類、オーダーメイドの香水や高級チョコブランドのショップを華麗にスルーして中央の通りをまっすぐに歩く。微かに嗅ぎ慣れたマックのポテトの匂いが漂い始めたかと思うと、茜が言っていたフードコートに到着した。


「……どの辺に居るんだ?」


 スマホを操作して茜に電話をかけた。ワンコールもせずに彼女につながると開口一番「着いたの?」と聞かれた。マックのレジ前に居ることを伝えて、どこにいるのかを尋ねると、窓側の席だと返ってくる。マック以外にもピザやうどん屋、31サーティーワンなどが連なる大きなフードコートは、特別にテラス席が用意されているのだ。


 窓の前には1人用のカウンター席が用意されていたことを思い出すと、大体の当たりを付けてそちらの方へと歩き出した。

 さすがにこの暑い中では、テラス席は不人気だが、適度に陽の当たるカウンター席はどこもかしこも人でいっぱいである。制服の女の子や茜のような派手な赤髪の少女も多い。まぁ、だいたいはくすんだ汚い赤色なので、すぐに違うと見抜けるが。

 それでもこれだけの人数から女の子1人を見つけるのは至難の業である。


 不審者に間違われてしまいそうなほどキョロキョロとあたりを見回していると、突然後ろからシャツの裾を引っ張られた。驚いて振り向くと可愛らしい笑みを浮かべながらスマホを耳に当てている赤い髪の少女が、6


「お兄さん、意外と早かったね。、そんなに楽しみだったの?」


 ふわりと揺れる赤いピアスに心を奪われてしまいそうになる。彼女の隣には青いストローでアイスティーを飲んでいる青峰葵が座っていた。さらにその向かい側には、真城が目を細めて笑っており、クロエがスイッチを片手に会釈をする。


「全員居るのか……!?」

「そりゃそうでしょ。え、もしかして、私と2人きりでデートだと思った?」


 素直に頷くと彼女たちはいっせいに笑い出した。テーブル席に座って、思い思いに過ごす彼女たちは昨日とは打って変わった姿である。


 茜は白のシャツに健康的な太ももを露出させたハーフパンツ。それだけでは心許なかったのか、赤いオーバーシャツを腰に巻いており、よりスタイルが良く見えた。それでも昨日と変わらず輝いている赤いピアスに見とれてしまう。


 葵に至っては髪の色が黒に戻っていた。おそらく部活帰りなのだろう。大きなスクールバックを隣に置いており、青いジャージ姿のままだ。可愛らしいヘアピンも邪魔にならないようにとジャージの袖に着けていた。


 真城は乳白色のワンピースで清楚な印象を与えてくるが、胸元を飾る白のリボンコサージュが大人の色気を演出しており、どうあがいても大きな胸に目が行ってしまう。小さなウエストポーチを肩から下げているのが、どこか幼さを印象付けているが。


 ゲームに夢中のクロエは、他の3人に比べると目立たぬ格好である。至って普通の黒髪に、黒のチョーカー、真っ黒なシャツに紫のロングパンツ。どこをとっても暗い色で統一されている。さらに昨日とは違って野暮ったい黒ぶち眼鏡を掛けており、より地味さを加速させている。


 コレが普段の様子なのだろう。様相が違う彼女たちに驚いていると、茜がみんなと一緒であることを軽い調子で謝った。改めて4人でショッピングをするので付き合ってほしいと誘われる。


「面倒なナンパ避けか?」

「アハ、バレちゃった~。大体そんな感じだよ。それでも引き受けてくれる?」


 美少女4人を連れ添ってハーレム状態で歩けるなんて、これ以上名誉なことはない。

 せっかくの休日が……という気持ちがないわけでもないが、どうせ何もせずカメラを弄って1日を過ごすなら、彼女たちと共にしてもいいだろう。


「ナンパ避けでも荷物持ちでも引き受けてやるが、一つ条件がある。今日の終わり、また写真を撮らせてくれないか?」


 茜が一瞬だけ3人に目を配る。テンションが高ぶっていた昨日とは違って、今は全員が冷静である。微かに難色を示した。特にクロエなんか全力で首を横に振っていた。


「OK、写真ならいくらでも取らせてあげる。私、お兄さんの撮る写真好きだし!!」


 茜が嬉しそうな顔をして微笑む。その表情を見ていると、昨日撮った4人の写真が心底気に入ったのであろうことが察せられて、俺も嬉しくなってしまう。ちょっとニヤケてるかもしれない。


 茜の背後で驚きながらも笑っている葵達に目を向けると、赤い髪の少女は勢いよく顔を近づけた。

 キスをされるのではと勘違いするほどに距離が近づくと、半ば抱き着くような形で俺の首に手を回す。力強くはないが、優しく引き寄せられた。当然、頭は下がり彼女の顔との距離は近くなる。


「お兄さんには、ちょっと相談事もあるしね……」


 あまい匂いと優しい声音に頭が変になりそうだった。彼女の色っぽい声にドギマギしていると葵が怪訝な顔をする。


「内緒の話……? なに?」


 茜の服の裾を掴んで、俺から引き離そうとする。そのまま茜の手を握ったままでいるが、赤い髪の少女は何でもないと誤魔化した。座るように促されたので、そのまま茜の隣に座ると、葵はムッとした表情を見せた。


 警戒心と茜と仲良くする俺への嫉妬が混じった表情。お祭りのテンションが無くなった今日は、俺を不審者として認識しているのだろう。

 大丈夫、女子高生に手を出すほど非常識なつもりはないから。


 とりあえず、昼食にしようということで3人はマックに並び始めた。わざとらしく、2人きりになろうとする茜に、先ほどの内緒話の続きを聞いた。


「じつはさ、葵の誕生日が近いんだよね。15日なんだけど」


 今日は8月2日。約2週間後である。


「誕プレ買いたいから、下見に来たんだけど、ちょっとサプライズもしたいし、どこかのタイミングで葵と2人で抜けてほしいんだよね。ある程度当たりは付けてるから、その反応を見たりしてから決めたいしさ」


「なるほどな。葵は君らにべったりだから、部外者をいれてかき乱そうってわけか」


 策略家になった気分でどや顔で言うと、茜は子供らしく「アハッ」と笑って否定した。別にそこまで考えていたわけではないらしい。ただ、手伝ってくれる人が欲しいだけだと。

 しばらくして、トレーにハンバーガーを乗せた3人が戻ってくる。


 昼時ということもあってフードコートはたくさんの人でにぎわっており、天井の冷房機が轟音を鳴らしているのに若干の暑さを感じる。先ほどまでマックの行列に巻き込まれていたせいか、真城とクロエの顔は紅潮しており、形容しがたい胸のトキメキを感じる。


 よこしまな視線に気づいた葵が隠すように2人の前に立つ。

 細身ながら薄く筋肉の付いた高身長の彼女の様相は、まるで一流のボディガードである。青いジャージというラフな格好も相まって、ほんとうにそれらしい。もっとも、可愛らしい膨れっ面を見せている時点で台無しでもあるが。


「わざわざ買ってきてもらって悪いな」


 包装紙に包まれたハンバーガーを受け取る。クロエと真城のトレーには小さなハンバーガーが乗っているだけだが、俺と葵と茜のトレーにはパンケーキやらシェイクやら大盛りのナゲット&ポテトまで並んでいる。そのほとんどが、葵の分だ。


「……部活でカロリー消費したからだし。帰ったらランニング行くし」


 思わず驚きの視線を向けると言い訳がましく呟いた。

 いや、何も言ってないよ……? ただ、よく食べる娘だなぁと思っただけで。


「で、茜はそれだけ?」

「そう。ちょっと今ダイエット中なの。ほら、夏だし、水着になるしね」


 茜の前に置かれたのは、プラスチック容器に入ったキャベツとクルトンだけのサラダ。ドレッシングの類も無く、そのままの状態でフォークを差して食べ始めた。隣からシャキシャキという音が聞こえてくる。


「サラダだけとか、意識高い系じゃん……」

「ク~ロ~エ~? なにか、言ったかしら? よく聞こえなかったからもう一回言ってちょうだい」

「な、なんでもないです……」


 クロエがうつむきがちに煽ると、それを聞き逃さなかった茜が目を吊り上げて怒る。……気持ちはわかるけど、フォークを人に向けるのは危ないからやめた方が良いと思う。

 あと、真城さんは笑ってないで、少しは宥めようとして貰っていいですか。友達なんでしょ?


 ただの昼ごはんもにぎやかに彩る少女たちと心地のいい時間を過ごす。

 さて、そろそろ葵の誕生日プレゼントを買いに行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る