アンハッピーアイボリー

 スマホの画面に映る写真に満足しながら、目の前の少女たちに微笑みかける。どんな風に撮れたのか興味があるのか、早足で俺の方へと駆け寄ると、互いを押し合いながらスマホを覗いてくる。ドヤ顔でスマホの画面を彼女たちの方へと向けると、感嘆の声が漏れた。


「すっご、めっちゃ綺麗」

「花火、幻想的!!」

「わぁー。こんなにかわいく撮ってもらえるなんて……」

「お兄さん、プロじゃん!?」


 こうもまっすぐに褒められるとは思っていなかったので、思わず照れてしまった。しかし、俺の腕が良かったというよりは4人の表情が可愛かったからだと思う。互いに笑顔を向け合って信頼しきった柔らかい表情を見せる彼女たちは、本当にどんなモデルよりも美しい。


「この写真、皆に共有したいからさ、連絡先教えてくれない?」


 何の気なしに尋ねると、全員から冷ややかな視線を向けられる。月夜に照らされた閑静な住宅街の中心、公園のベンチ近くに佇む女子高生4人と社会人男性の様相は、どこかイリーガルな雰囲気が漂っている。

 何かマズいことを言ってしまっただろうかと焦りを見せると、茜が赤い髪を揺らしながらからかうように笑みを浮かべた。


「なんか手馴れてる感じするけど、写真が趣味って言って連絡先聞くっていう手法? もしかしていつもやってたりして……」

「は!? あ、いや、全然そういうつもりじゃなくて……!!」


 動揺を隠せない弁解は信用されず、街灯に照らされた少女たちの疑念の視線は続いていた。しかも、そういった形式で連絡先を聞き出したことが何度かある分、否定するに否定しきれないのだ。見え見えの手口に思われるだろう。それが結構、成功率が高いんだよ。


「まぁ、今は誤魔化されてあげよう。それに、お兄さんともっと遊びたいと思ってたしね~」

「うん、わ、私も連絡先交換するのはアリかなって思う……」


 茜と真城がLINEのQRコードを見せてきた。警戒心を抱かれていたにもかかわらず、あっさりと交換できてしまったことに驚くが、とりあえず撮った写真を2人に送った。クロエと葵には今送った写真を回してもらうということもできるだろう。


「お兄さん、コレ、僕のLINEとディスコードのID。今度一緒にゲームやろ?」

「お、おお。エペでもヴァロでもスプラでもモンハンでも付き合ってやるよ!!」


 クロエのLINEを読み取ると、間髪入れずにディスコードのIDも一緒に送られてきた。一応、先ほど撮った写真を送ると、見覚えのあるアニメキャラのスタンプが返ってきた。

 最後の最後まで葵は迷っていたようだが、おずおずとスマホの画面を向けてくる。


「別に嫌ならいいんだぞ? 無理にとは言わないし、怖いと思うのは当然だから……」

「ううん、イヤじゃ、ない……と思う。……ただ、切り出し方が分からなくて」


 つっかえつっかえで話す彼女をクロエが煽る。猫のような鋭い目つきで睨まれると、一瞬で押し黙ったが、そんな仲良さそうなやり取りを見ていると笑いがこみあげてきた。俺の隣では真城も同じようにして笑っている。


「フフ、フフフ。いつ見ても、2人のやり取りがおかしくて……。ふ、フフフ。ごめんね」


 夜も深まってきた公園で目立つのは真城の初雪のように透き通る笑い声だけだった。クロエと葵は2人揃って姉妹のように膨れっ面を見せる。瓜二つの表情を見ると更に笑いが込み上げてきて、葵が不満そうに袖口を引っ張ってくる。クロエも弱い力で腰を殴ってくるが、全く痛くない。


 俺たちのじゃれ合いが更に可笑しく感じたのか、真城の笑い声は大きく響いてくる。アホなやり取りを見ていた茜が肩をすくめてため息を吐いた。


「それよりお兄さん、改めて写真ありがとうね」

「いやいや、こっちこそ最高の一枚が撮れたよ。ありがとう」


「もしかして、プロ……?」

「え、そうだったんですか!? 有名な方なんですか!?」

「いやいやいや、プロじゃないって。あくまで趣味!!」


 確かに志したことはあった。けれど、入賞すら出来ない程度の腕前だったのだ。もとより趣味程度で始めて、特別な勉強をしたわけでもない。部活やサークルで楽しめれば十分だ。


 視界の端でクロエがちらりと腕時計を気にした。最初は特殊な色の時計だなとしか思わなかったが、その独特なデザインには見覚えがあった。当然、アニメとのコラボグッズであり、まぁまぁなレア物である。

 羨ましいなと声を掛けようとしたところで茜が声をあげた。


「そろそろいい時間だし、帰りましょ? お兄さん、送ってくれるんだよね」


 可愛らしく首を傾げた少女の耳から、魅力で焼き尽くされてしまいそうな陽色の髪が垂れた。引き込まれるような甘い匂いのせいで理性が吹き飛びそうになった。鈍る思考を引き戻したのは法律の壁である。といっても、未成年に手を出してはいけないという法律ではなく、車の乗車人数の方だった。


「しまった。俺の車、5人は乗れない……!!」


「「「「え……」」」」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして4人は上目遣いで俺を見る。身長差のせいで当然なのだが、どこか背徳感のある光景に喉を鳴らした。しかし、現実問題、ふざけている場合ではない。

 美少女4人に囲まれて頭がパーになっていたが、社会人3年目程度の収入で変えるのは軽自動車か中古で型落ち品の普通車。運転者おれを除いた4人が乗れるようなスペースはない。


 2回に分けて送迎しようかと思案していると、おずおずと真城が手をあげる。


「あ、あのー。私、彼氏に迎えに来てもらうので、送ってもらわなくても大丈夫ですよ……」


 細い目をさらに狭めながらニコリと微笑んで言う。

 ああ、彼氏持ちなんですね。と冗談めかして言おうとしたが声が出なかった。どうやら結構メンタルに来ているらしい。いや、そりゃ、あのおっぱいなら彼氏ぐらいいてもおかしくないか。……我ながら最低である。


「はぁー!! 彼氏マウントですか。美少女はさすがっすね~? お兄さん、真城のことは気にせず僕たちのこと送ってってよ。僕、結構家遠いんだ」

「……真城、大丈夫?」

「葵、アンタも人の心配してる場合じゃないでしょ。門限近いんだから」


 真城は気にしないでと言わんばかりに手を振っている。急かすクロエに背中を押されて仕方なく車を停めてある駅の方まで歩きだしたが、どこか悲しそうな微笑みを見せる白髪の少女が気になった。




「あ、僕この辺でいいよ~!! 居ないと思うけど、万が一にも親に見られたら言い訳できないし」

「ああ、そうか? 気を付けろよ」


 それぞれの住所を聞いた後、ぐるりと街を一周するのが一番早いということになり、最も家が遠くにあるクロエのことを送り届けていた。それなりの金持ちなのか高層マンションが立ち並ぶ中心で車を停めるように言われた。大きく手を振って月夜に消えていくと、どこかのマンションに入っていく。


「えーと、次は葵の家だな?」

「…………え、あ、うん。…………あの」


 俯いていた少女は後ろの席から顔を覗かせる。シートベルトと青い浴衣の擦れる音が響いて気を取られるが、茜が一言彼女の名前を呼ぶと、「なんでもない」と引き下がった。おそらく真城のことが心配なのだろう。3人の反応から真城に彼氏がいるというのは嘘ではないらしいが、どこか引っ掛かりを感じているらしい。


 ……クロエには微塵もそんな様子がなかったから、少なくとも葵と茜の2人だけか。


 母と2人暮らしのため門限が厳しいという葵を家まで送り届けた。と言っても、家の前まで行くわけにもいかないので、近くのコンビニで下ろしたが。後部座席から降りた葵は、扉を閉める直前にまた何かを言おうとした。今度はきちんと聞いてやろうと振り向いたが、葵は深紅のピアスを付けた少女の名前を呼ぶと、彼女の耳元で何かを囁いた。


「……心配しなくても大丈夫よ。全部、アタシに任せておきなさい」


 茜の意味深長な言葉が気がかりだったが、一旦は安心したであろう葵は小さく手を振って住宅街の方へと歩き出した。


「お兄さん、いえ、平野守さん。2つお願いがあります」


 まっすぐに視線を向けてきた少女に思わずたじろいだ。今までとは打って変わって真剣で、驚くほどに改まった姿勢の茜を前に、思わず俺の背も伸びた。


「1つは、ここのコンビニでポカリを買ってくるから待っててほしいってこと」

「……? 喉渇いたのか? 別にいつまでも待っててやるぞ。明日は日曜日だし」


「もう1つは、もう一度あの公園に行ってほしいってこと」


 俺の答えを待たずに間髪入れず、2つ目のお願いを口にした。キリッとした目元は俺の心の奥まで覗かれているようで、期待にも恐れにも見える視線を向けてくる。彼女たちが何を隠しているのか、到底理解が及ばない。けれど、あの時4人の写真を撮った時点で、俺の答えは決まっていた。


「詳しくは聞くなって顔だな。わかった、委細承知!!」


 緊張した空気が支配する車内で、茜が破顔した。車のエンジンを止めてコンビニに走った茜が戻ってくるのを待つ。といっても、1分もしないうちに戻ってきたかと思うと、駆け込むように車内に入ってきた。

 どこか焦ったような彼女の様子に思わず、俺も嫌な予感がしていた。


 どうしても最悪の考えばかりが浮かんできて、胸が苦しくなる。俺の思い過ごしでありますようにと願いながら公園に戻ると、先ほどまで座っていた木製のベンチに雪のような少女は座っていた。車のエンジン音を聞いて、一瞬明るい顔をして顔をあげるが、そこから飛び出してきた茜の姿を見ると、一転して悲しそうなものになる。


「あ、茜ちゃん……。どうして!?」

「どうしてもこうしてもないよ。結局アイツは来なかったんでしょ!!」


 どこか迷いを見せる真城を無理やり俺の車の後部座席に乗せた。先ほどまでは助手席に乗っていた茜も同じように真城の隣に座った。車を出すべきかどうか逡巡していると、茜から少しだけ待ってほしいと頼まれる。


「結局、真城の彼氏ってのは来れなかったのか?」

「来れなかったんじゃなくて来なかったんだよ。どうせ、パチンコか、他の女の所でしょ」


 俺が尋ねると、今までの茜からは考えられないほどに冷たい表情を浮かべて吐き捨てた。鋭い指摘に動揺したのか、真城はスマホを強く握りしめながら泣き出してしまう。

 白い浴衣の少女を抱きしめながら、茜は落ち着かせようと必死だ。


「真城の彼氏って、私たちの高校の先輩なんだけどさ、私たちが1年生の時から付き合い始めて、今は近く大学に通ってる。高校生の時から女癖が悪くて、浮気の噂なんてしょっちゅう聞いた。今日だって、デートのドタキャンしたわけだし」


「今日はほんとに来てくれるって言ってたんだよ……。ただ、ちょっと急な用事で……」

「自分の彼女よりも大事な用事って何よ!! 1回や2回ならともかく、真城から誘った時に来たことなんてほとんどないじゃない。そのくせ、危ないところばっかり連れ出して……!!」


「とりあえず、落ち着け。今は2人とも冷静じゃないんだ。2人とも家まで送るから、そういう積もる話はまた今度にしよう。少なくとも今日が初対面の部外者おれの前で話すことじゃない。いろいろ、聞かれたくないこともあるだろう?」


 俺の指摘に、真城がびくりと肩を震わせた。まるで雪の中で窒息しかけている憐れなウサギのようだ。何より、怒りに飲まれている茜は明らかに冷静さを失っている。このままでは思ってもいないようなことまで言ってしまうだろう。


「ありがとう、お兄さん。ちょっとだけ、冷静になれたわ。ほんとに、ちょっとだけね」

「め、迷惑かけてごめんなさい」


「子供は大人に迷惑かけて当たり前だ。それに、公園で美少女1人放っておくなんて寝覚めが悪いだろ。今日は熱帯夜になるらしいし、あのままじゃ熱中症になってたところだ」


 小さな声ですすり泣く真城に買ったばかりの冷たいポカリを差し出す。とりあえず落ち着いたらしいので今度こそ2人を家まで送り届けよう。

 幸い、明日は日曜日。波乱の一夜を乗り越えたご褒美として、ゆっくり休むとしよう。


 ……そのはずだったのに。


『お兄さん、暇なら遊ぼうよ~!!』

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