まっさら烏羽
「あーあ、お兄さん、高校生に手出しちゃったね~?」
ペロリと舌を出して、茜は薄く微笑んだ。
その天使のような笑みは……、いや、小悪魔のような笑みは、俺の理性を惑わせるに十分だった。
「え、いやだって……」
動揺する俺をよそに茜はニヤニヤと小悪魔のような笑みを浮かべる。確かに一度として成人しているなどと言ったことはない。悪意を持って騙そうとしているのかと警戒するが、4人の表情はただ面白がっているだけのようで、よこしまなことを考えているようには思えなかった。
「心配しなくても、お兄さんからお金取ろうとか考えているわけじゃないよ~」
「そうですよ。私たちは、怖い男の人から助けてくれた
「お兄さんとはもっと語り合えそうだしね」
「ノリもいいから。楽しい」
4人が口々に言うが、彼女たちの目的が分らずに困惑していた。金が目的でないとするのなら、わざわざ俺の誘いに乗った意味は何なのだろうか?
コレが誰か一人だけだというのなら、自暴自棄になったメンヘラ女という可能性もある。あるいは親と喧嘩をした家出少女だとか。しかし、仲良さげな4人が固まってナンパ待ちをしていたとは考えにくい。少なくとも、最初に茜に話しかけた時は一瞬だけ面倒そうな顔をしていた。
「お、俺を騙すことが目的……?」
意地の悪い愉快犯?
しかし、茜はそれを否定するように首を振って、微かに思い出し笑いをした。
「全然違うよ。最初に声掛けてきたとき、JKだってこと言おうと思ったら、真城が変な男にナンパされちゃってさ。そしたら、お兄さん、飛んでって助けに行っちゃうんだもん。こっちは言うタイミング逃してびっくりしたよ」
そういえばあの時、彼女の話を遮って真城を助けに行ったのだった。別に最初から騙すつもりでいたわけでも、からかうつもりがあったわけでもないらしい。その後はヘラヘラとふざけたことを話しながら歩いていたから言えなかったのだ。
「お兄さん、知っててナンパしたわけじゃないんだね」
「
「JKJKうるさいな!? お兄さん、JK大好きじゃん……!!」
唯一ネットスラングに精通しているであろうクロエだけが反応して笑い始めた。他の3人がよくわからないというような顔をしているのを見たら、少し溜飲も下がった。彼女たちは別に騙すつもりがあったわけでもなければ、純粋に遊びたかったのだろう。
「本当なら、大人という立場から説教しなきゃいけないんだろうが……」
「そーゆー面倒なのはパスで~」
「だろーな。なんも言わないことにするよ。その代わり、楽しく飲ませてくれよ? 俺の予定では綺麗で巨乳のお姉さんとしっぽり楽しく飲む予定だったんだからさ」
「やっぱ、やらしーこと考えてたんだ!!」
何故か目をキラキラと輝かせる葵にげんなりとする。美少女4人に囲まれているというのに手を出そうという気にならないのは十中八九、彼女のせいだろう。あとは女子高生は違法だろという理性が勝っているからだ。
「まぁでも、お兄さんの目的は果たされるんじゃない? 茜はお姉さんっぽいし、真城は巨乳だし、葵はしっぽり要素があるよ」
「しっぽり要素って何?」
「サラっと友達3人を差し出すんじゃねぇよ。クロエだけ何もしないつもりか?」
「だから、しっぽり要素って何?」
「あー、じゃあボクは楽しさを提供してあげるよ!!」
「ねぇ、しっぽりって何?」
無表情ではあるが、どこか不満そうな声をあげる葵を無視してレジ袋から焼き鳥を取り出す。屋台で買い忘れた分をコンビニで補っているのだ。
「いいか、タイムリミットは9時半までだ。それ以上はさすがに俺も大人として許せないラインになる。あと、酒は飲ませないし、人の迷惑になるようなこともさせない。けど、帰りは送っていくから、それは安心してほしい」
「送り狼になったりして」
葵がポツリと言うと、隣に座るクロエが首を傾げた。
「送り狼って何? 妖怪みたいなこと? 怪異?」
真っ黒な浴衣に身を包んだ少女は、傍らの少女に問いかける。葵は耳まで真っ赤に染めながら知らないふりをしていた。真城が恥ずかしそうに頬を染めて俯く。俺も気まずそうに目を逸らす。
……オタクになりたてだと、ちょっと生々しい下ネタまではついて行けないよな。うん、中学生の時の俺もそんな感じだったから分かるぞ。今はこんな風になっちゃったけど。
「茜、送り狼って何?」
「さ、さぁ? 何かしらね。でも葵が言うってことはろくでもないことだから調べちゃダメよ」
「じゃあ、お兄さんが教えてよ。僕に送り狼?していいよ」
「ブフッ!! 意味わかってないのに迂闊なこと言うな!!」
頬を染めていた真城は茹でダコのようになってしまっているし、葵はクロエとは逆の方を見て肩を震わせている。頭を押さえる茜がやんわりと止めてくれたからよかったが、これ以上続けられたら、俺はセクハラで捕まっていたかもしれない。
衣服や雰囲気は暗いが、クロエの顔は美少女だからな。純真無垢な女子高生に下ネタを教える社会人。余裕で事案ですね!!
彼女たちのやり取りを見ていると、そこに混ざっている自分が異端に思えてくる。
「仲良くお祭りに来てたっていうのに、邪魔しちゃったみたいだな?」
自虐めいた口調で言うと、4人はクスリと笑って否定した。曰く、真城を変な男から守った時に面白そうだと思って、俺の誘いを受けたらしい。しかしあの時は、咄嗟の行動だったし、感謝や礼を受けたくて助けたわけじゃない。ただ見過ごすのは気分が悪かったというだけの話。
「それでも、助けてくれたことは感謝してますよ。改めて、ありがとうございます、お兄さん」
「あ、いや、そんな風に頭下げられても……」
「お兄さん、やらしい顔してる。真城のおっぱいがそんなに気になる?」
「うるせぇな……。毎回雰囲気ぶち壊してきやがって。可愛い顔して言うことがえげつないんだよ」
おっぱいに目を奪われていたことを指摘されて思わず動揺する。いや、違うんですよ?
たしかにおっぱいが大きくて、つい見ちゃうけども。それだけじゃなくて、サラッと揺れる純白のボブヘアーが綺麗だと思ったり、胸元のリボンコサージュが可愛いなとか思ってるんですよ。
……やっぱり胸見てんじゃねぇか。
「……どうした葵? ポカンとして」
「いや、部活の後輩の女の子からかっこいいとは言われるけど、男の人から可愛いって言われるの初めてだったから」
「それは嫌味か? 自慢か? こちとら、高校の時の彼女から背が高いだけで顔は普通のでくの坊って言われたことあるんだぞ」
「で、でくの坊……。ふ、ふふふ」
「その女、言葉強すぎでしょ」
「真城~? 笑うなら隠さず笑ってくれていいぞ~?」
背が高いとモテることは多いが、いかんせん顔は特別イケメンというわけではないから、今までの彼女からはあまりいい扱いを受けてきた覚えはない。人をボディガード代わりにする奴もいたしな。
「お兄さんは大きいですけど、スポーツとかやってるんですか?」
「いや、とくにやってねぇよ。筋トレは好きだけど、たまにしかやらないし。普段は色々で歩いて写真撮る方が多いかな。趣味なんだよ」
「写真? 風景とか?」
なにか茜の琴線に引っ掛かるものがあったのか、テーブルから身を乗り出してスマホの画面をのぞき込もうとしてくる。セミロングの髪を耳にかけ直す様が目を奪われるほどに美しく固まっていると、不審に思われたのか首を傾げる。
「あ、ああ。前に海に行ったから、その様子とかな。たまに友達に手伝ってもらって人を撮ることもあるぞ?」
家と車にはキチンとしたカメラが置いてある。一応スマホで撮っている物もあるが、あまり構図などにはこだわらずフィーリングで撮ったものだ。まぁ、高校の部活や大学のサークルで結構本格的にやっていたから、適当にとった一枚でもそれなりの出来だと自負しているが。
「すご、絵画みたいに現実感がない写真……。あ、もちろんいい意味でね!!」
「ああ、それは海に潜って撮った。あえて最大ズームにしてぼかすことで写真らしくないように仕上げてるんだよ。現実を切り取るだけが写真じゃないんだぞって言う表現だな」
「こっちの雪像の写真はすごく迫力がありますね~!!」
「大学の卒業旅行で北海道に行ったときの写真だな。コレ、這いつくばりながら撮ってたから、めちゃくちゃ寒かったぜ。はたから見たら雪像を下からのぞき込んでる変態にしか見えないしな」
「スマホでこんなの撮れるんだね?」
もちろん、普通には撮れない。今はアプリで加工もできるが、写真特有の雰囲気を崩してしまうこともあるし、そもそも加工では表現しきれない部分もある。けれど、技術があれば、スマホ一つでも作品らしく仕上げることも出来るのだ。
「もちろん、普通に日常っぽいのもあるぞ」
「うわ、焼き肉だー。美味しそ」
「普通の写真より、雰囲気がよさそう……?」
さすがにプロ並みというわけにはいかないが、高校時代から続けている趣味だけあって、それなりに人に自慢できるクオリティではある。
今も夜空で輝いている花火のようなカラフルな浴衣を着こなす4人の美少女を見ていると、カメラマンとしての心がウズウズしてきた。もう終盤を迎えて鮮やかな光が連発される夜空を背景に、そこらのモデルよりもよほど美しい彼女たちを撮影したいと思った。
「なぁ、無理を承知で頼ませてもらうが、君たちを撮影させてくれないか?」
「お兄さん、本気で言ってるの?」
「やらしー撮影!?」
「は、恥ずかしいです」
「ほら僕って写真撮られると半目になってキョドっちゃう系のオタクだから(早口)」
4人はそれぞれの反応を見せるが、共通して乗り気ではないようだった。しかし、俺の真剣なまなざしから何かを感じ取ったのか、「まぁ、一枚だけなら撮らせてあげるわよ」と茜は言った。
彼女の了承を皮切りに他の3人も頷きを見せる。
「ありがとう。じゃあ、花火が終わる前に急いで撮ろう!!」
「急にすごいやる気だね!? 言っておくけど、私達モデルでも何でもないからポーズとかできないよ? それに浴衣着てるし」
「わ、私もお胸がきついから、普通に立つ以外は出来ないです……」
星が霞むほどに大きな花火が打ち上げられる。
かすかに聞こえるフィナーレを告げるアナウンスを聞いて、次の花火が最高の一発であることを確信した。
時間はない。
チャンスは短い間。
撮り直しはない。
車に高性能カメラを取りに戻る時間はない。
手元にあるのはレンズが一つしかなく、まともなズームやピント調節機能もない型落ち品のスマホだけ。
撮影場所は小さな公園で、どうあがいても住宅街が映ってしまう。
「
空に浮かぶ花火を入れるために見上げるようにして撮る?
――それでは彼女たちの美しさの本質を切り取ることが出来ない。
だったら、考えられる手は……!!
「ねぇ、ポーズはどうするの?」
「ポーズはいらない。言ったろ、君らは美少女。ただ笑うだけで絵になるさ」
「なにそれ、かっこつけ?」
「言ってる意味が、よく分からない……?」
「ほ、褒められても恥ずかしいだけです」
「僕みたいな陰キャオタクに美少女とか草超えて芝」
俺の軽口に彼女たちは不思議そうな顔をしながら笑った。互いに見合わせて首を傾げてはケラケラと笑う少女たちにカメラを向けると、合図も無しにいきなり撮影ボタンを押す。ちょうどよく打ち上げられた花火が、闇夜に咲き誇る少女たちの笑顔を照らした。
「ほらな、最高の一枚だろ?」
彼女たちの美しさは、4人の仲の良さにある。タイプの違う美少女たちだからこそ成立させられる美しさだ。他のどんなモデルにも負けない、最高の武器である。
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