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「──あ、ここみたいね。ほら、『Lumière』って看板が出てる」

「いつの間に……そういえばあの日も、店に辿り着くまでの記憶が曖昧だったんだよな」

「こうやって招待状に誘導されていたのね」


 マオ、ロザリア、ジェイクの三人は、マオの骨董品店から歩いて十分程の所にある路地裏に来ていた。先刻、マオが『申込用紙』に記入を済ませ封筒の中にそれを戻すと数十秒後にはリュミエールからの返事が郵便受けに届き、そこには店の場所を示した地図と好きな時間に来てくださいというメッセージが記されていた。ジェフの救出は少しでも早い方が良いと考え、ギルバートを除いた三人はすぐ出発することになった。


「ギルの事だから絶対に来たがると思ったのに。だってここは幻のダンジョンって言われてるんでしょ?」

「自分の願い事を叶える時までとっておきたいんだって」

「なるほどね。ギルらしいわ」

「そういや勢いでついてきちゃったけど……俺らって来るのは二回目なんだけど入れるんすかね?」

「多分大丈夫だと思う。『一度だけ』と決まっているのは『申込用紙』に記入をする事だから、入るだけなら……」


 店の前でそんな話をしていると、扉が開き中からエプロンドレスに身を包んだ女性が現れる。黒いロングウェーブの髪型をしており、前髪で両目を隠していた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「予約をしたドーソンです」マオは招待状を渡した。

「……はい、お待ちしておりました。お召し物をお預かりいたします。お済みになられましたら一番奥の部屋でお待ちください」


 両目を隠したウェイトレスは必要事項のみを淡々と語っていった。三人は外着を預けると、まっすぐ廊下を進んだ先にある豪華な扉の部屋に入る。

 

 そこは10メートル四方の広めの部屋だったのだが、正面の壁に暖炉、その暖炉から少し右に離れた位置に扉、部屋の中心に椅子が一脚あるだけで、料理はおろかテーブルや棚すらない少し奇妙な部屋だった。


「なんだここ? 豪華なのは扉だけで中はずいぶんと寂しいな」

「資料によると、ここは『課題』を回答する為の部屋ね。課題の種類によって内装が変わるらしくて、例えば『料理を作れ』という課題では、調理用具と冷蔵庫が揃った調理場になっていたらしいわ」

「なるほどね……私たちの場合はジェフ先生の課題を代わりに答えるだけだから、これで十分ってことなのね」


 そんな話をしていると、先程の両目を隠したウェイトレスが部屋に入ってきた。彼女は三人を気にしない様子で部屋の奥まで進み、暖炉と扉の間あたりに立つとそのまま動かなくなった。


「なんだ……? あのー、俺らどうすればいいんですかね?」

「………………」

「どういうことかしら?」

「多分、始めていいんじゃないかしら」


 そう言ってマオは中央にある椅子に腰を掛け、その後ろにロザリアとジェイクは並んで立つ。一呼吸置いた後、マオはウェイトレスに視線を向け話始めた。


「では、これからジェフ・カーリンさんの『課題』に対する、私なりの考えを述べさせていただきます。今回の謎を解くためのヒントがいくつかありましたので、それらを一つ一つ確認していきたいと思います」


「まず始めに、一番重要かつ必要な事があるわ。それは、ロザリア達を集め偽の同窓会を行わせたのは『リュミエールである』と気が付く事」

「確かに……ギルに教えて貰うまで私たちはどこかの魔法使いの仕業だと思い込んで、全然捜査が進まなかったのよね」

「わかってからはすんなり進んだっけな」

「リュミエールは意味の無い事をさせない。つまり、今回の同窓会の中で起きた出来事には全てヒントが隠されていたわけね。例えば、集められた五人は一見すると赤の他人だけど、実は何らかの繋がりを持っていた。それを解いたのが卒業アルバムであり、その中から『ジェフ・カーリン』という人物が浮かび上がる。これが一つ目のヒント」


「次のヒントは主催者からのメッセージ。主催者は余興と称して、自分が誰なのか探り当て、『会い来てくれ』と五人に頼んだわ。これを先程のヒントと組み合わせると、ジェフさんは五人に会いたい、つまり『自分を探して欲しい』というメッセージを送っていたと考えることが出来る」

「でもそれって駄目だったんだろ?」

「ええ、私とアリスで会いに行こうとしたけど駄目だったわ。それに対してギルはアプローチの仕方が間違っていたのでは? と言っていたけど……」

「そうね。それについてはアリスさんの一言がヒントになったわ」

「アリスの? 何か言ってたっけ?」

「『探して欲しいのか欲しくないのか、どっちなのよ』って言ったのよ。つまり、ジェフさんは『見つけて欲しいけど、見つけて欲しくない』って状況にいるんだと私は考えたわ。これが二つ目の」ヒントね」

「なんだそりゃ……?」

「まあ、とりあえず続きを聞きましょう」


「三つ目のヒントはカレンが持ってきた花、つまりチューリップね。花に何かのヒントを仕込むとなると、大抵の場合は『花言葉』になるわ。カレンが指定されたチューリップの色は赤かピンク。赤いチューリップの花言葉は『真実の愛』で、ピンクのチューリップの花言葉は『誠実な愛』ね」

「どっちも愛に関係する花言葉なのね」

「じゃあつまり……ジェフ先生が俺らと会いたがっていたのは、誰かに告白したかって事か!?」

「私とアリスが会いに行って駄目だったから、残るのは……カレンね!」

「落ち着いて、もう一つ注目するポイントがあるわ。それは花瓶よ。アリスさんの撮った画像を確認した時、やけに花瓶がボロボロなのが気になったの。それは『趣のある古さ』ではなく明らかに『みすぼらしい』という類の物で、せっかくの花が台無しになるような物だった。『台無し』、つまり『本来の花言葉とは反対』の意味が込められているのではと私は考えたの」

「真実の愛とか誠実の愛の反対……不誠実……まさか、不倫?」

「マジかよ、先生が……でも、相手は誰だ? 俺らの中にいるんじゃないだろうな」


「四つ目のヒントにそれは隠されています。次に注目するべきポイントは、ヨエルさんが受けた注文ね」

「ヨエルが受けたのは……『自分の店を紹介する事』だっけ?」

「ええ。五人の中で唯一ジェフさんと直接会った事の無い彼がそんな注文を受けたのは、ヨエルさんが働いている店に注目すべきとキーパーソンがいるというヒントなのではと考えられるわ」

「でも、私達がヨエルのレストランに確認しに行ったとき、メリッサさんはジェフ先生の名前に反応した人はいなかったって言っていたじゃない」

「一人だけいるじゃない、私が考えた嘘の手紙の話に反応した人物が」

「…………まさか、メリッサさん?」

「そう。ジェフさんの不倫相手がメリッサさんと仮定すると、メリッサさんはジェフさんとの不倫関係を秘密にするために『彼の事は知らない』と言うしかなかった。しかし、ジェフさんからレストラン・メリッサの従業員に宛てたという手紙は気になる。だから彼女は『手紙を預かりましょうか?』と言ってきたのよ」

「『メリッサさんがジェフ先生の不倫相手』が四つ目のヒントか……」



「『ジェフ・カーリン』『見つけて欲しいけど、見つけて欲しくない』『不倫』『メリッサ・ラーズグラード』以上でヒントが揃いましたので、これらをふまえ結論を申し上げます。ジェフさんは現在、浮気相手のメリッサさんに監禁されている状態であり、そんな中彼がリュミエールに願ったのは『』という事だと考えられます」

「……そっか。だから私たちが行った時はリュミエールに妨害されたのね。警察が介入したら後々世間に広まるわ。先生は有名人の夫なんだもの」

「でも、なんでばれないようになんて条件をつけたんだ?」

「不倫騒動が広まれば少なからずレイさんに迷惑をかける事になるから、もしくは、その奥さんにばれたくなかったかのどちらかだと思う」

「奥さんにばれたくなかったって……そんな願い事を持った人がリュミエールに選ばれるの?」

「すでに『申込用紙』を手に入れた状態だったんじゃないかしら。ただし、その持ち主はジェフさんではなくメリッサさんだけどね。メリッサさんはそれを使ってジェフさんと結ばれようとした。しかしそれを拒んだジェフさんは監禁される。そこでジェフさんは、隙を見てメリッサさんが用意した『申込用紙』を使いリュミエールに助けを願い、命がけの願いはリュミエールに通じた……そんな所でしょう。確証はないから単なる想像だけどね」

「でもさ、結局俺たちはどうすればいいんだ? 先生の願いは誰にもばれないように助けてもらうって事なんだろ? そんな事可能なのかな」

「それはジェフさんが与えられた『課題』を私達がクリアすることが出来れば、リュミエールがしてくれるわ」

「先生が与えられた課題……それは何なの?」

「……ジェフさんには『自分の事を助けて欲しい』という願い事をリュミエールにした。それなのに、同窓会で聞いたあなた達の会話や、今私がしたこの問題のまとめの中に、『自分は今監禁されている』といった直接的なメッセージは一つも無かったわ」

「確かに。遠まわしなヒントばっかりだったわね」


「つまり……ジェフ・カーリンさんがリュミエールから与えられた課題は『』である。そう私は推理しました」


 そのマオの言葉に、今まで微動だにしなかったウェイトレスがぴくりと反応する。そして奥の扉が開き、二人のウェイトレスと一人の老人が部屋に入ってくる。その老人は小柄でふさふさとした白髪頭、顔の皺は多く六十歳は超えていそうな外見をしていた。何が起きたのかよく分からない様子の老人は辺りをきょろきょろしている。そんな中、両目を隠したウェイトレスが口を開いた。


「おめでとうございます。ジェフ・カーリン様の課題は見事達成され、我らのヌシがあなたの願いを叶える許可を下さいました」


 そんな言葉を受け、二人のウェイトレスに連れてこられた老人はぽかんとしている。そこでロザリアとジェイクが気が付いた。


「まさか……あなたジェフ先生!?」

「君は……ロザリアだね。そしてジェイク…………久しぶりだな」

「先生……良かったぁ無事で……」

「いや、そんなはずはないんだがね。私は両足の骨を折られた状態でメリッサさんに監禁されていたと思うんだが……」

「両足って……どういうこと!?」

「はい、ジェフ・カーリン様はまだメリッサ・ラーズグラードの所有する別荘に監禁されたままでございます。今は意識だけ通じさせ、ここの魔力で思念体を作っている状態です。報告するにあたってこのような形の方が分かりやすいと思い、勝手ながらこうさせていただきました。数分後に救出作業を行いますので、今のうちにお話したい事があればどうぞ」


 両目を隠したウェイトレスは変わらぬ様子で淡々と説明を行った。


「君たち、ありがとう。私なんかの為に」

「先生の為ならどんな事でも思ったけどさ……なんだよ不倫って!」

「そうね。とても真面目な先生って記憶があったから、マオちゃんの推理を聞いた時耳を疑ったわ」

「いや、ほんとに、一時の気の迷いでな……耳が痛いよ。で、そちらの方が……」

「初めまして。マオ・ドーソンと申します」

「あなたが私の課題を解いてくれたんだね。ありがとう、本当にありがとう……戻ったら必ずお礼をさせて欲しい」

「そんな……両足の骨が折れているんでしょ?」

「なんとかするさ。君たちは命の恩人なんだからな」

「失礼致します、そろそろお時間になりますので」

「そうですか、ではお願いします……本当にありがとう。何時になるかはわからないけど、必ず連絡をするよ」

「はい、お待ちしています」

「無理すんなよ先生!」


 右目を隠したウェイトレスは奥の扉へジェフを案内すると、その数秒後にそれぞれの外着を手にして戻ってきた。一行は受け取り帰り支度をする。それが済んだことを確認すると三人のウェイトレスは横に並び、ぴったりと合わせた声でこう言った。


「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

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