10
黒猫のクロに案内され、ラリー、マオ、ナポリタンの三人はギヨティエール地区のとある倉庫に来ていた。その中には大量の木箱やコンテナが所狭しと積まれていた。箱で作られた迷路のような隙間を奥まで抜けると、六つの人影を見つける。その集団が取り囲む中心には、一人の男が椅子に縛り付けられていた。
「いた、カリストだ。俺が話をつけるからお前らは静かにしてろよ」
そう言うとラリーはその集団へ堂々と歩み寄っていった。白い髪を腰まで伸ばし、やせ細った身体を真っ白なシャツとズボンで包んだ男が声を掛ける。
「誰?」
「カリストさん、ラリーですよ。ラリー・ケント。何度も取引しているじゃないですか」
「ああ、ラリーか」
カリストの隣にいたスキンヘッドの男が耳打ちをする。同じスキンヘッドのペペロンチーノとは対照的な、がっしりとした肉体をしていた。
「お、今日は話が通じるみたいだな」
「何の用? 僕忙しいんだけど」
「いやな、ちょっと探してる物があるんだよ。リュミエールの『申込用紙』なんだけど……お前持ってない?」
「持ってるけど……君もリュミエールか。何かあるの?」
「君も? 他に誰か来たのか?」
「そいつ」
カリストは椅子に縛り付けられた男を指す。その男を見てマオは「あ」と声をあげると、その縛られた男も気が付いて「ああっ」と言った。それに続き、ラリーたちの後方から「あああ!!」という大声が響き渡る。その声の主はロザリアとカレンだった。
「なんだ、お嬢ちゃんたちも来たのか」
「ええ、なんだか気になって……いえ、それよりも。なんでジェイクがこんな所にいるのよ!」
「お前ら……」
「その男はね、えーっと、何をしたんだっけ?」
「今日取引予定だったブツを台無しにしたんですよ」
「ああ、そうだったそうだった。僕の大切な物を壊したから、どうやって殺そうかって話し合っていたんだ」
「あんた、何でそんなことを……」
「違うんだよ。これには理由があって」
「あいつはお嬢ちゃんたちの知り合いなのかい?」
「はい、一応」
「この男はラリーの知り合い?」
「知り合いの知り合いの知り合いって事になるのかな。ってことでカリスト、そいつを殺すのは待ってくれねぇか」
「やだよ」
「頼むよ。お前は俺に一つ借りがあっただろ?」
「無いよ」
「え、嘘ォ? あったよな、ボブ!」
ボブと呼ばれたスキンヘッドの男は手帳を開きぼそぼそとカリストに耳打ちをする。それを聞いて、カリストは「ああ」と相槌を打った。
「ごめんごめん、あったみたいだ」
「だろ? だからその男、うちに預けてくれねぇか?」
「うちが受けた被害の補填は?」
「してやるよ」
「じゃあいいよ。でも君はリュミエールの『申込用紙』を探していたんだよね?」
「ああ、お前いっぱい持ってるだろ? 一枚売ってくれねぇかな」
「ダメだよ、その男の事で貸し借りはチャラになる。その男か、『申込用紙』か。二つに一つだ。どうする?」
「ちょっと待ってな……お嬢ちゃんたち、どうする?」
「可能ならばジェイクを助けてもらえると……」
「ええ、そうですわね。彼とは本当に短い付き合いですが悪い人ではないと思います。それに何やら理由があるみたいですし」
「マオは?」
「助けてあげて」
「よしわかった…………カリスト、その男は俺たちで預かる! 補填については今からうちの経理担当を呼ぶからそいつと話し合ってくれ!」
「へーほんとにその男を選ぶんだ……ボブ、一応調べてみて」
カリストから指示を受けたボブは、ジェイクの頭に手を置いて目を閉じて精神を集中させる。一分程そうした後、「わかった」と言った。
「ジェイク・アンダーソン。リヨン中心部に在住の二十歳無職。財産、魔法等、特に目立った所有物は無し。つまり、我々にとって利用価値は無いと思われる」
「あっそ」
「……もういいか?」
「ああいいよ。じゃあまたねラリー」
カリストは不気味な笑顔を浮かべつつ、手を振って別れを告げた。
***
一行はジェイクを救出後、再びケント一家のアジトへと戻ってきた。ロビーでジェイクの治療をしていると、丁度そこにラリーが上の階から降りてきた。
「よう兄ちゃん、大丈夫か?」
「あっ……あの、俺、すみませんでした!」
ジェイクは土下座をして大声で謝罪をする。
「いいよ別に。こっちはマオに頼まれたからやっただけだしな」
「でも、借りがどうとか……俺、働いて返します!」
「兄ちゃんを無理やり働かせてもすぐに返してもらえるような金額じゃねぇんだ。どうしてもって言うならこっちで働き口を考えておくからよ……今はお嬢ちゃん達の質問に答えてやる方が先なんじゃないかい?」
「そうよ、いったいどういう事? 何であんな場所で、あんな事になっていたの?」
「それに、あなた軍隊にお勤めだって言っていましたわよね? 先程無職だと聞こえたのですが……」
「わかった、全部説明するよ。まず……俺が軍隊に所属しているっていう話は嘘だ」
「何でそんな嘘をついたの? これもリュミエールの仕業?」
「いいや違うよ、単に俺が見栄を張っただけ。高校卒業して入った会社を一年経たずに辞める事になってさ。そっから先どうにも上手くいかなくて、仕事に就いて辞めてを繰り返して今に至るってわけ」
ジェイクが話し始めたところに、一匹の白い猫が近づいてくる。頭上にはコーヒーを載せたトレイが浮かんでおり、その白猫は一人づつ取るように勧めていった。
「おう、ご苦労さんシロ。兄ちゃんも飲めよ」
「あ、いただきます」
「それで……何故あの場所にいたんですの?」
「昨日の話し合いで「もしかするとジェフ先生に命の危険が迫っているのかも」「監禁されている可能性もある」って言ってたよな? 先生にはお世話になったし助けたあげたいと思って、俺なりにリュミエールの事を調べていたんだよ。それで、『申込用紙』が裏ルートで取引されているって話を思い出して、そういうヤバそうな話ならギヨティエール地区だよなって思ってさ」
「それで一人で乗り込んで来たの? 無茶するわね。声を掛けてくれたらよかったのに」
「だって軍隊に所属しているなんて嘘をついちゃったからな。『今日は休みだ』って誤魔化す事も出来たけど、これ以上嘘を重ねると収拾がつかなくなりそうで……ほんと後悔したよ。つまんない見栄なんか張らずに正直に言えばよかったって」
「兄ちゃんがここに来た理由はわかったけどよ、何でよりによってあんな奴に声を掛けちまったんだ? 見るからに危ない雰囲気を放ってただろ」
「俺がリュミエールの情報を集めている時、とある酒場であいつらがリュミエールについて話しているのが偶然聞こえまして。それでリュミエールについて詳しく教えて貰おうと、思い切って話しかけてみたんです」
「なるほどねぇ……あいつ、最初はすごく友好的だったんじゃないか?」
「ええ、見かけによらず……なんでわかったんですか?」
「あいつはダンジョンが大好きなんだけどよ、自分一人で楽しむだけじゃなく人に色々と自慢したり、ダンジョンの事を教えたりするのも大好きなんだよ」
「ああ、それで……ひとしきりリュミエールの事を話すと、『僕のコレクションを見せてあげよう』って言ってあの倉庫につれて行かれたんです。それで、俺はリュミエール以外のダンジョンには興味なかったんで大体見終わった後、『そろそろ失礼します』って言ったらカリストが途端に不機嫌になっちゃって。あいつの手下たちが取り囲もうとしたから強引に突破をしようとしたら、積んでいた箱を倒してしまったんです。そして取り押さえられて……」
「縛られて、殺される寸前の所に俺たちがやってきたってわけか」
「はい」
ジェイクはそこまで話すと、コーヒーを飲もうとカップに手を伸ばす。捕まっていた時の恐怖を思い出したのか、その手は小刻みに震えていた。
「そういえば……皆さんはどうしてあの場所に?」
「もちろん私たちもリュミエールについて調べていたのよ。それで捜査を進めるうちに『申込用紙』が必要になったから、マオちゃんのつてであるケントさんを紹介してもらったってわけ」
「えっ……じゃあもしかして……あの倉庫にはカリストと取引する為に訪れていて、俺はそれを邪魔しちゃったって事なんすか……?」
「いや、まあ…………ぶっちゃけそうなんだけどよ! 気にすんな、まだルートは他にもある」
「明日の午後六時がタイムリミットなの」
「残された時間は大体二十四時間か……カリストが買い集めているから、この辺じゃ持っている奴はもう居ねぇんだよな。クレルモン=フェランかオルレアン、最悪ベルサイユまで行かなきゃならんかもな。間に合うかはわかんねぇけど取り合えず探してみるよ」
「お願い。私は別の方法が無いか考えてみる」
「じゃあ私は研究所で情報を集めてみるわ」
「では
「あ、じゃあ俺は」
「兄ちゃんはもう帰んな。殺される寸前だったんだぞ、神経を休ませねえと倒れちまうよ」
「でも、俺のせいで……」
「いいから! それと、この地区には暫く近づかない方が良いな。もうカリストの野郎はお前さんへの興味を失くしているだろうけど、何かの拍子にまた絡まれる可能性はある」
「…………」
「……そうそう、倉庫でのやりとりで知ったけどあなた二十歳だったのね。私たちより全然年下じゃない!」
「リュミエールの開いた偽の同窓会のせいでてっきり同い年かと思っていましたわ。まあ、後はお姉さんたちに任せてゆっくり休みなさいな」
ジェイクは今までついていた嘘を白状したことと、カリストに殺されかけた恐怖によりしょぼくれてしまい、昨日までの自信に満ち溢れた態度はすっかりと消え失せていた。そんな様子を見かね、ロザリアとカレンは元気づけようと明るい調子で声を掛けてあげたのだがジェイクはうつ向いたままだった。その後も彼が元気を取り戻すことは無く、ナポリタンとペペロンチーノに同行してもらいとぼとぼと家路につくのだった──
***
『──ご迷惑をおかけしました』
『いえ、とんでもない。それにしても、良かったなジェイク! 身の潔白を証明してくれる人が現れてくれて』
『…………』
『ええ、ほんとに良かったです……後でお礼に行かないとね』
(これは……中学の時の記憶だ。確か夜遅くに学校の職員室が荒らされる事件が起きて、その日近くで夜遊びしていた俺が疑われたんだよな。まあ、素行が悪かったせいもあるけど……)
そんな風に考えていると、ふっと場面が変わる。
『──ありがとうございました。でも、なんでかばってくれたんすか?』
『犯人は君では無いと思ったからだよ』
『どうしてそう思ったんですか? 先生と俺は特に親しいわけじゃないのに』
『そうだね。付き合いは僕の塾に君が入ってからの数カ月程度だ。しかも君は休んでばっかりでろくに顔を出さない。それでも、何度か話してみて感じたんだよ。君はそんな事をする男では無いとね』
『……本当かよ』
『本当さ。僕が以前教師をしていた事は話したろう? 会話をしてその子がどんな子なのか見極める力には自信があるのさ』
(最初は胡散臭いと思っていたんだよな……でも、話しているうちに本当に俺の事を考えてくれているんだって伝わってきて、毎日先生の家に行くようになったんだ。そのおかげで入る高校のランクを一つ上げることが出来て、おふくろは喜んでいたっけ……)
次に映し出されたのは、高校入学後にジェフの家に遊びに行った時の記憶だった。
(高校一年の時はちょくちょく顔を出していたんだよな。でもそのうち会いに行く機会が少なくなっていって……そういや、最初の仕事を辞めてからは一度も会っていないんだっけ。もし、本当に先生に命の危険が迫っているのだとしたら……)
──気が付くと、ジェイクの目には見慣れた天井が映っていた。
「…………ああ、夢か」
起き上がりしばらくぼうっとした後、タバコに火をつける。さっき見ていた夢を思い出しながらジェイクは今の自分に出来る事を考えた。
「よし、決めた」
彼はある決意を固めると、タバコの火をもみ消して出かける準備をする。そうして外に出る直前、郵便受けに入っているある物に気が付いた。
***
「──じゃあ、まだ『申込用紙』は見つかっていないのね?」
「ええ。一応この後ボスの所に顔を出してみるけど……」
「タイムリミットは今日の午後六時なんだろ?」
「残り十時間か……とにかく探し回るしかないわね。ギルも協力してよ」
「ああ。じゃあ僕はダンジョン協会の方に……」
その時、入り口のドアが勢いよく開き、来客を知らせるベルがガランガランと派手に鳴る。そこに立っていたのはジェイクだった。
「ジェイクじゃない。どうしたの?」
ここまで全力疾走をしてきたのか、彼は肩で息をしつつよろよろと近づいてきた。そうしてマオの正面に立つと、一つの封筒を渡してきた。
「これは……!」
「リュミエールの『申込用紙』じゃないか! どうしたんだい、これ?」
「……今朝、先生の夢を見てさ。昔世話になった事を思い出して、本当にどうにかしてあげたいって思ったんだ。それで、今の俺に何が出来るか考えてた結果、自分の臓器でもなんでも売れる物は売って、お金を作ってラリーさんにカリストと取引してもらおうって考えてさ」
「あんた、またそんな無茶を……」
「俺にはそれぐらいしか出来ねぇと思ってさ。それで、ラリーさんに会いに行くために家を出ようとした時、郵便受けにこれが入っているのを見つけて……」
「なるほどねぇ。君のその覚悟が、リュミエールに認められたってことなのかな」
「どうしてジェイクだけ『注文』が無かったのか分かったわ。きっと先生はあなたなら本気で自分の事を心配してくれてる、きっとリュミエールの『申込用紙』を手に入れることが出来る。そう思ってジェイクをメンバーに入れたのね」
「……マオさん、お願いします! どうかこれを使って、ジェフ先生を助けてあげて下さい!」
「……ありがとう、使わせてもらうわ」
マオはジェイクから受け取った『申込用紙』に自分の名前を書き込んだ後、しばし考えこう記した。
『私はジェフ・カーリンの願い事と、与えられた課題を知っている』
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