「え、嘘。マオちゃんってマフィアの関係者だったの?」

「でもそう言われると納得できる部分もありますけどね」

「勘違いするなよお姉さん達、お嬢はカタギだからな」

「あら、そうなの?」

「そうだよ。俺らが一家に入る前の話だから詳しくは知らないけど、一時期うちのファミリーが世話をしていたってだけで……」

「ナポリ、余計な話はいいから」

「あーすんません……で、今日はどうしたんですか?」

「ちょっと探し物。ボスはいるの?」

「いますよ、じゃあアジトに行きますか。そっちの二人は?」

「入れても大丈夫」

「わかりました、じゃあこっちです。ペペはジイサンの手伝いをしてやってくれ」




 ──ナポリタンが三人を連れてきたのは、騒ぎのあった屋台から五分程歩いた所にある一軒の店であった。「この喫茶店です」といってナポリタンに紹介されて中に入ると、そこは酒の匂いが充満しておりとても喫茶店とは思えない場所だった。


「マスター、ちょっと扉を借りるよ」

「ナポリか……それに、マオじゃないか」

「お久しぶりです」

「もっと顔を見せに来いよ、こいつら寂しがってたぞ。特にボスは」

「はい」

「それと、あいつの情報だが……」

「マスター、俺ら急いでっからさ!」

「……また後で来な」


 そう言ってマスターは一行をカウンターの奥へと招き入れる。その先はこの店の居住スペースへと続いていた。


「ここがさっき言っていたアジトなの?」

「違うよ。まあ見てなって」


 ナポリタンは上着の内側から一本の鍵を取り出し、それを目の前の扉に差し込み回した。ガチャリと音が鳴り扉はひとりでに開き、その先には古めかしいホテルのロビーが広がっていた。

 そこは400平方メートルほどの広さがあり、入口から見て左に受付、正面奥に階段、右側にはエレベーターが二つ、中心に椅子とテーブルのセットが五つ、ソファーが五つ設置されていた。


「……今のは転送魔法?」

「さあ? 多分そうなんじゃないすか?」

「さあって……」

「あなたの魔法ではないのですね」

「もちろん、こんな魔法俺に使えるかよ」


 ナポリタンはロビーの受付にある呼び出しベルを鳴らす。そうすると、白と灰色の毛が混ざった猫がひょいっとカウンターの上に飛び乗ってきた。


「あら、かわいい猫ちゃん」

「ほんとですわ、こっちへいらっしゃい! 撫でてさしあげますわよ!」

「……何だいこの小娘たちは」


 猫はその外見から掛け離れたしゃがれ声でロザリアとカレンを小娘呼ばわりする。そんな光景に驚き、二人は後ずさった。


「えっ! 何、この猫!?」

「コンシェルジュのおたまさんだよ。えっと、ボスにお客なんすけど」

「マオじゃないか。久しぶりだね」

「どうも」

「ラリーだね。呼んでやるから、そこで待ってな」

「どもっす。じゃあ座って待ってましょ」


 中央に設置されている椅子に腰を掛け、ナポリタンとマオはタバコに火と付けた。ロザリアは早速彼らに質問を投げかける。


「ねえ、何なのここは」

「ここはですね、ケント一家が代々アジトにしているダンジョンホテルなんすよ」

「ダンジョンホテル……!」

「ええ。さっき俺が使った鍵があるでしょ? あの鍵はこのホテルと契約しているケント一家の人間にしか使えない物でしてね。あれさえあれば、どんな扉からもここへ来ることが出来るんです」

「じゃあもしかして……アジトの建物はギヨティエール地区内には無いってこと?」

「そうです、詳しい場所は秘密ですがね。っていうか、俺も知らないし」

「まるでリュミエールみたいですわね」

「ええ、おそらくこのダンジョンもレベル3なんでしょう」

「へえ、お嬢の知り合いなだけあってお二人ともダンジョンに詳しいんすね」

「まあね。でもこれには訳があると言うか、最近知ったばかりと言うか……」

「ふぅん……?」

「今月の支払いは誰がやっているの?」マオがぽつりと尋ねた。

「ビルのアニキっすよ」

「支払いって?」

「このダンジョンを使わせてもらう為にヌシに料金を払っているんすよ。料金といってもお金ではないんですけどね」

「契約している組の人間のうち誰か一人、一カ月の間このホテルに閉じ込められる事。それがこのホテルに支払っている『料金』なのよ」

「一カ月も……!」

「閉じ込められるって言ってもホテル内で好きに過ごしていいんですがね。まあ、やることが無いんで大抵ホテル内の掃除とかヌシの遊び相手をして過ごすことになります」

「結果としてホテルの為に働かされるってわけか……でもそれでこんな安全なアジトを使えるんだから、安い物よね」

「ええ。ケント一家は小さな組ですが、代々生き残ることができたのはこのダンジョンのおかげらしいです。なのでここの噂を聞きつけて狙っている組も結構いるんすよ。さっき争ったノールズ一家もそうです。どうにかこのホテルの秘密を探ろうとしょっちゅうちょっかいをかけてきて……」

「マオ!!」


 ふいに、男の大きな声が響き渡る。その声の主はゆっくりと階段を降りているところであり、その姿を見てナポリタンとマオは立ち上がり深いお辞儀をする。それを見たロザリアとカレンははしばしぽかんとするものの、急いで立ち上がって真似をした。


 男は長身で、長い黒髪に傷だらけの顔、外見は四十代前後、白いシャツと黒パンツという装いをしていた。はだけさせた胸元からもいくつかの傷が見え隠れしており、いかにも『修羅場を潜り抜けてきたアウトロー』というような雰囲気を醸し出している。


「久しぶりだな。前もって連絡くれれば持て成しの準備をしたのによ」

「お久しぶりです。今日は頼みたい事があってお伺いしました」

「何だよ? 頼みたい事って」

「リュミエールの『申込用紙』を探していまして」

「それはお前さんが使うのかい? それともそっちの二人?」

「使うのは私ですけど、願い事を叶えるわけではありません」

「ふーん。そっちの二人、銀髪の方はエインズフール家のお嬢さんだな。もう一人の方は……クレルモン=フェランの魔法研究所の人間だろ」

「どうしてそれを……」

「ああ、怖がんなくていいよ。フィールドサービス課に知り合いがいてね、研究所でお前さんを見かけたことがあるってだけさ」

「そうでしたか。私はロザリア・バーナードと申します」

「カレン・エインズワースですわ」

「ケント一家頭のラリー・ケントだ。よろしくなお嬢さんたち。さて、本題に戻るとして……残念だけど、今俺の手元には『申込用紙』はねぇな」

「そうですか……」

「だけど運がいいな。今ギヨティエール地区にカリストの野郎が来てるらしいんだ」

 

 カリストという名前を聞いて、マオは僅かに顔をしかめる。


「どういうお方なんですの?」

「ダンジョンが大好きな野郎でね、ダンジョンで生み出された物を買い集めたり、普段からダンジョンの中で暮らしたりしているのさ。そんな生活を何十年と続けて、を半分失くしちまったブッ飛んだ野郎だよ」

「そうなるとダンジョンをアジトにしているあなた方もいずれそうなっちゃうのかしら?」

「俺らはヌシと正式に契約を交わしているから大丈夫なんだとよ」

「へぇ、そういうものなんですね」

「さておき……カリストなら間違いなく持ってるよ。普通なら大金吹っ掛けられるんだが、あいつは俺に貸しが一つあるからな。まあ通り値で買い取れるだろう」

「通り値と言っても十万ユーロはするのでは?」

「ほう、よく知っているな。まあ手が出せない値段じゃねえさ」

「今日会ったばかりの私達に何故そこまで……」

「あんたらは関係ねぇよ、マオの頼みだからさ。ある男との約束でね、俺らはこいつの事を頼まれているんだよ。ってことでまずはカリストの野郎を探さないとな……おーい、おたまさん! 従業員を一人貸してくれない?」


 ラリーがフロントにそう声を掛けると、一匹の黒猫がぴょんっと、カウンターの奥から彼の下へやってきた。


「クロか、よろしく頼む。ギヨティエール地区のどこかにいるカリストを見つけてきてくれ。ほら、これはチップだ」


 そう言ってラリーはクッキーを一枚渡す。しかし、黒猫はそのクッキーを咥えたまま、じっとラリーを見続ける。


「なんだよ、一枚じゃたりねえってのか? 見つけたら追加のチップをやるよ! ほら、行った行った!」クロは渋々といった様子で出発した。

「じゃ……見つかるまでお茶でも飲んで待ってろよ。マオはちょっと来てくれるか」




***




 ケント一家のアジトである猫が働いているダンジョンホテル。その一室でマオはある男の行方の調査をまとめた書類を眺めていた。


「……トミーさんからの連絡はあった?」

「いいや、さっぱりだよ。いったい何処で何をやっているのかね……」

「そう……」

「大丈夫だよ、兄貴はそう簡単にくたばりはしないって。調査の方は引き続き行うから安心しろ。それより、あの二人とは例の事件をきっかけに知り合ったんだってな」

「ええ、まあ」

「兄貴が消息を絶ってからお前は腑抜けていくばかりだったからな。また活動を再開してくれるいいきっかけになったよ。まあ、人が死んでるんだからこういう風に言うのは不謹慎か」

「別に腑抜けてなんか」

「様子を見に行かせた猫たちからちゃんと聞いてるぞ。ろくに店番もせずに寝てばっかりらしいな」

「…………」マオはばつが悪そうにグラスに注がれたコーラを飲んだ。

「まあいずれにしろ無理はするなよ。あの騒動から二年経って、俺たちのマークも解かれたみたいだけど何時また狙われるかわからないんだからな」

「わかってる」


 その後しばらくの間、二人は黙ったままタバコを燻らせているとドアを叩く音が鳴り響く。部屋に入ってきたのはナポリタンだった。


「失礼します。ボス、カリストが見つかりました」

「おおそうか。んじゃあ行くとするか」

「あ、あの……見つかりはしたみたいなんですが、何やら厄介な事が起きているみたいで」

「なんだ? あの野郎誰かに襲われたのか?」

「そういうわけでは……」

「何だよ、はっきり言えよ!」

「変な状況なんすよ。どうやらカタギの男とひと悶着あったみたいで……」

「まあいいよ、ちょっと行ってくる。マオも来るか?」

「ええ」

「お気を付けて」

「お前も来るんだよ!」


 ラリーは電話でおたまに出口をギヨティエールに繋げる準備をしておくよう頼むと、部屋から飛び出ていった。

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