マオ、ロザリア、アリスの三人はヨエルが働いているレストラン『メリッサ』を訪れていた。開店前の準備で、店内からは忙しそうな雰囲気が伝わってくる。そんな中マオは一人の店員を呼び止め、メリッサを呼んでもらうよう頼んでいた。


「……メリッサさんが来る前に一つ頼みたい事があるんだけど」

「何かしら?」

「これからの私の行動に対してあなた達は疑問に感じると思う。でも、顔に出さないようにして調子を合わせて欲しいの」

「それは構わないけど……後で説明はしてくれるのよね?」

「ええ。すぐには出来ないかもしれないけど」

「すぐには? それってどういう……」

「すみません、お待たせ致しました」


 ロザリアがそう言いかけたところで、奥からメリッサがやってきた。


「ロザリアさんにアリスさんでしたよね? 先日はどうも。そちらの方は……」

「初めまして、マオ・ドーソンと申します」

「初めまして、メリッサ・ラーズグラードです。あの、お話というのは」

「はい。私は骨董品店を経営しているのですが、あるお得意様からの頼まれごとがございまして、本日はお伺いさせていただきました」

「はあ……」

「そのお得意様はジェフ・カーリンという五十から六十代くらいの男性なんですが、ご存じですか?」

「いいえ……私は特に思い当たらないですね。その方が何を?」

「こちらのレストランにいる知り合いに手紙を渡すように頼まれていまして」

「手紙ですか、どなたにですか?」

「それが名前を教えてくれなくてですね」

「は……? それではどなたに手紙を渡せばいいのかわからないのでは?」

「ええ、私も変だなと思うばかりなんですがね。とにかく、ジェフさんからは『ジェフ・カーリンからの手紙』という話を切り出せば相手はわかるはずだから、としか聞いていなくて……お忙しい所恐縮なのですが、従業員の方々に確認してもらってもよろしいでしょうか?」

「わかりました……少々お待ちください」


 メリッサはマオの不可解な申し出に怪訝な表情を見せつつも、授業員たちに話を聞くために店の奥へと戻っていった。メリッサの姿が見えなくなるのを確認した後、ロザリアとアリスはここぞとばかりに質問を投げかける。


「ねえ、今のどういうこと?」

「誰かが聞いているかもしれないし、後で説明するわ」

「何それ? 聞かれたらまずいの?」

「…………」

「……わかったわ、後で聞く」


 それから十分ほど待った後、メリッサが戻ってくる。彼女から従業員の中にジェフの事を知っている人間はいなかったと伝えられた。


(そりゃこの話はマオちゃんの作った嘘なんだから出てこなくて当り前よね。でもこれには何の意味があるのかしら?)


「そうでしたか……ちなみになんですけど今いる従業員の方はこれで全員ですか?」

「ええ、オーナーである父と従業員が八名、それに私を加えて計十人です」

「失礼ですがお母様は?」

「いますよ。元々母が経理と受付の仕事をしていたのですけど持病のヘルニアが悪化したので治療中でして……それで現在は私が代わりに入っています」

「わかりました。お忙しい所をありがとうございます」

「あの……もし宜しければこちらでお手紙をお預かりしましょうか? 後々になって思い出す人がいるかも……」

「お気遣いありがとうございます。ですが、一度電話でジェフさんに確認をとってみようと思います」

「そうですか……お力になることが出来ず申し訳ございませんでした」

「いえ、こちらこそ急に変なお願いをしてしまって。では、また」


 そう言うとマオはさっさと出ていってしまったので、ロザリアとアリスも礼を言い彼女を急いで追いかけた。レストランから数十メートル程離れたところでロザリアはマオに声を掛ける。


「さあ、詳しく教えて頂戴」

「……今は教えることが出来ない。断言は出来ないけれど、またリュミエールに止めらるかもしれないし、最悪の場合『課題』を打ち切られるかも……」

「そ、そうなの……」

「そこまで言うって事は、マオさんは『課題』の謎、解けたんですか?」

「解けました。ただ、今からジェフさんを見つけ出そうとするとタイムリミットには間に合わないと思います」

「じゃあどうするの?」

「『申込用紙』を買ってリュミエールに行ってくるわ」




 ***




 リヨンの中央部から南に行った所に、ギヨティエールという地区があった。そこはリヨンの中でも特に治安が悪い地区であり、強盗、スリ、違法な品物の取引等が日常的に行われている。そんなギヨティエール地区をまとめあげようと近隣のマフィアがこぞって集まってくるので、治安は悪くなる一方であった。


 リュミエールの『申込用紙』を手に入れると言い出したマオに「当てはあるのか?」とロザリアが聞くと、彼女はギヨティエールに当てがあると言い出した。ロザリアはすぐに止めたのだがマオは全く耳を貸さなかったので、一緒についていくことにした。ただし、危険なのでアリスは帰し、代わりに休日出勤中のカレンを呼び出し三人で『申込用紙』を探すことになった。


 タクシーで移動してきた一行はギヨティエールのメインストリートの前で降りる。その通りは、多くの人と露店で祭りでもやっているかの様な賑わいを見せていた。


「はぁ、いつ来てもここは騒がしいですわね……」

「ちゃんとしなさいよね。気を抜いているとあっという間に……あ、マオちゃん待ってよ!」


 異様な雰囲気が立ち込めるギヨティエール地区に、マオは少しも恐れる様子を見せずにずんずんと進みだした。入った瞬間次々とガラの悪い男達に声を掛けられるのだが、マオは慣れた様子であしらっていく。


「あら、なんだかこなれた様子で……しょちゅう来ているのかしら?」

「さぁね。があるって事はそういうことなんじゃない?」


 二人に構わずどんどんと進み続けるマオを二人は走って追いかける。マオよりもが良い二人はより多くの男達を引き付けた。いくら無視をしてもキリがなかったので、ロザリアは魔力を放出させ周りに威嚇をしながらマオについていくことにした。そんな風に進んでいると、奥から争うような大きな声が聞こえてくる。それを聞いたマオは急に走り出した。


「あ、また……! 待ってよマオちゃん!」

「何やら騒ぎの様ですけど……マオさんって意外とヤジウマ根性あるのですね」

「いいから! 追いかけるわよ!」


 進んでいった先では、一件の屋台を三人のガラの悪い男が囲んでいた。屋台の中では店主と思われる老人が不安げな表情を浮かべており、そんな屋台と老人を守ろうと二人の男が間に入っている。一人は派手なオレンジ色の髪にハードパーマをかけたひょろっとした体型のガラの悪い男で、もう一人はスキンヘッドにサングラス、丸々とした体型のガラの悪い男だった。


 計五人のガラの悪い男達は何やら言い争っていたのだが、三人組の内の一人が殴りかかりスキンヘッドの男が吹き飛ばされる。それを見たパーマの男が応戦しようとするも、三対一なのであっさりとやられてしまった。

 へたり込んだ二人に三人組はさらなる追い打ちをかけようとした所に、マオが投げたナイフが屋台の柱にスコン! という音を立てて突き刺さった。男たちは動きを止めマオを睨みつける。


「お嬢ちゃん、俺らに何か用?」

「…………」

「なんだよ、何か言えよ。手が滑っちゃったのかぁ?」

「ああもう何やってるのよ……お兄さん達ちょっと待って!」


 見かねたロザリアが男達の前に立ちはだかった。そんな彼女の後に、カレンものんびりとした様子で続く。


「マオさんって普段はおとなしいですけど、意外と正義感を発揮させるタイプだったのですね」

「カレン! いいから!」

「あんたら、この嬢ちゃんのツレか?」

「ええ、まあ……えーっと、詳しい状況はわからないんですけど、お邪魔してしまってすみません。私たちはすぐに退散しますので……」

「そうはいかないのよ」

「はぁ……」ロザリアは深いため息をついた。

「……だってよ。当の本人がこう言ってるんだから帰すわけにはいかねえなあ。よく見るとアンタら結構いい身体してるし、俺らと遊ぼうぜ」


 三人組の内、リーダーっぽい一番がっしりとした体型の男がロザリアとカレンの身体を舐めまわすように眺めた。後ろの二人も下品な笑みを浮かべている。


「はあ、めんどくさい。カレンお願い」

「なんでわたくしが」

「私やマオちゃんだと、こう人が多いとの危険があるでしょ」

「まあいいですけど……」


 そう言ってカレンはコートとスーツの上着をロザリアに預け、手の甲に銀の糸で魔法陣が描かれた手袋をはめる。上着の脱いだことで肉付きの良いカレンのボディラインが露になり、三人組はますます息を荒げる。


「さあ、いつでもどうぞ」

「いいねぇ。その身体、その態度……」

「あっ……おい! この銀髪ツインテール、エインズフール家の娘じゃないか?」

「マジかよ……」

「あら、ご存じでしたの……怖気づいちゃいました?」

「ヘッ、馬鹿言うな。どんな家柄だろうとな、いくらでもやりようがあるんだよ、お嬢様」

「まあ、恐ろしい。助けを呼ばせないよう薬漬けにでもするのかしら?」


 そんなカレンの軽口に、三人組の顔は揃って青くなった。


「え、何それ怖……薬漬けってお前……」

「ああ、こっちは服をひん剥いて写真を撮るくらいしか思いつかなかったのに」

「俺らより悪の才能あるんじゃねぇの?」

「う、うるさいですわね!」

「今のはカレンの失言ね」

「ドン引きだわ」

「あなた達! どちらの味方なんですの!」


 後ろにいたロザリアとマオにツッコミを入れ隙を見せたカレンへ、3人組の中で一番背の低い素早そうな男が音もなく襲い掛かった。それに対しロザリアはアイコンタクトを送り、受け取ったカレンはあっさりと奇襲をかわすとすれ違いざまに男の額にデコピンをおみまいする。


「痛って…………なんだよ、舐めてるのか……あ、え?」


 男は再度襲い掛かろうとしたのだが、酔っぱらってしまったかのように足元がおぼつかなくなり、しまいには倒れ込んでしまった。


「おい、どうした!」

「ありゃだめだな。どういう魔法かはわかんねぇけどとにかくあの手に気を付けろ」


 残った二人の男はバタフライナイフを取り出すと、くるくると回したりジャグリングの様に左右の手にナイフを行き来させ惑わしてくる。しかしカレンはそんな様子にひるむことなく、つかつかと歩み寄っていった。

 男たちは二手に分かれ、じりじりとカレンを挟み込むような位置取りをした。三人組の中で一番目立たなかった男がまずは襲い掛かる。それをカレンは横にかわし、すれ違いざまに男の胸の辺りをぽんっと軽く叩いた。


「何だこれ……息が……」そう言って男は苦しげに倒れ込む。


「くそ……やるじゃねぇか」

「どうも」


 ニコニコと笑っているカレンに対し、男は距離を取り触れられないようナイフ振りけん制し続けた。そんな膠着状態を眺めつつ、マオはロザリアに話しかける。


「……ねえ、あれってどんな魔法なの?」

「ああ、カレンは魔力を操作する力に長けていてね。自分の魔力を操作して肉体強化したり、ああやって少し触れただけで相手の身体に流れている魔力を強引にかき乱すことが出来るのよ。その結果、立っていられないほどの眩暈を起こしたり、呼吸が乱れたりするわけね」

「便利なのね」

「でも弱点もあってね。魔力を操作することが得意でも、放出することが大の苦手なの。だからああやって直接触る必要があって……まさに私の魔法の特性と正反対ってわけね。あの男も何となくそれに気が付いて距離を取ろうとしているけど、もうすぐ終わると思うわ」


 そんなロザリアの予想通り、それからすぐに勝負は決することとなった。カレンは男がナイフを振りぬいた僅かな隙を狙い、今までよりも肉体強化のギアを一段階あげて一気に近づき、腕と胸ぐらを掴んで男の身体を地面めがけて叩きつける。男はその衝撃で失神してしまった。


「お疲れ様」

「取り合えず大人しくさせましたけど、この方々はどちら様なんですの?」

「そいつらはノールズ一家の手下だよ」


 オレンジ髪の男が殴られた左ほほをさすりつつロザリアとカレンに近づいてきた。


「助かったよ。お礼をしたい所なんけど……もう少し待ってもらえるかな」

「あなたは……?」


 ロザリアがそう聞こうとした時、一行に近づいて来る男達に気が付きそちらへ視線を送った。オールバックの黒髪に銀縁メガネ、高そうなスーツに身を包んだ男がゆっくりと歩いてきた。後ろには大柄な男を二人引き連れている。眼鏡を掛けた男の前に、オレンジ髪とスキンヘッドが立ちふさがった。


「これはこれは、ケント一家の皆さん。何かトラブルでも?」

「ああ、あんたらの手下がうちのシマで商売していたこのジイサンにいちゃもんつけてきやがったんだよ。教育がなってないんじゃないの?」

「なんと、それは……申し訳ございません。すぐに事実関係を確認し、それ相応のケジメを付けさせていただきますので」

「いらないよ。こんな小さい事、アニキやボスが出るまでもねぇや。二度とこのジイサンに迷惑かけないって約束してくれるんなら、この件は終いだ」

「そうですか、ではそのように……オイ」


 眼鏡の男が一声かけると、後ろの男たちは三人組を担ぎこむ。


「今日の所はこれで……またお会いしましょう」そう言って男たちは去っていった。オレンジ髪の男は去っていく男達が見えなくなるまで睨みつけていた。


「全く…………すまなかったな、改めて礼を言わせてくれ。俺はケント一家のナポリタン。こっちのハゲはペペロンチーノね」

「ハゲじゃない、スキンヘッドだ」

「ナポリタンにペペロンチーノ……?」

「本名なんですの? それ」

「まさか、コードネームだよ! カッコイイだろ?」

「はあ……」

「で……この二人はお嬢の知り合いなんすか?」

「え? お嬢って……カレンのこと? エインズフール家の関係者なの?」

「知りませんわ、こんな方!」

「何言ってんの、俺ぁ後ろの人に言ったんだよ」

「後ろって……」


 ロザリアとカレンは振り向いた。


「お久しぶりじゃないっすか、マオお嬢さん」

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