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「命の危険が迫っているって……それ本当?」
「断言はできないけど、その可能性は十分あると思う」
「でもさ、なんで警察に連絡しないでこんな回りくどい方法をとっているんだよ」
「外部との連絡が取れないような状況なんでしょ? そんな状況で追い詰められて、心の中で強く「助けて欲しい」願って、そこへリュミエールの『申込用紙』が届いたってことじゃない?」
「多分そうだと思うよ。それだとその人を見つけろっていうリュミエールからの『課題』にも納得がいく」
「そんなわけだから、先ずは細かい謎よりも卒業アルバムを使って主催者の特定を急いだ方が良いと思う」
マオはそう言ってすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、新しく淹れなおす為に店の奥へ入っていった。
「でもさ……僕ら話をしながらアルバムをチェックしてたけど、全然ピンとくる人物が見当たらないんだよね」
「本当かい? 他の学年やクラス、後は姓が変わる可能性も踏まえてしっかり名前のチェックも……」
「ええ、したわ。だけどさっぱりなのよ」
「
「やっぱり違う手がかりを調べた方が良いんじゃない?」
「いや、アルバムを持ってこさせておいて実はヒントではありませんでした、なんて事は考えにくいと思うんだけど……」
「ひっかけ問題なのかもよ」
「そういう記録は見たことないけどなぁ。まあ、絶対無いとは言えないんだけどさ」
その後、アルバムやテープレコーダーの会話を頼りに五人に関係があるキーパーソンを探し続けたのだが、一向にこれといった人物は浮かんでこなかった。思うように捜査が進まずソファーでぐったりしている所に、淹れたてのコーヒーを持ったマオが戻ってくる。
「コーヒーのお代わりいる人は?」
「ああ、お願いするわ……マオちゃんは何か思いついていない?」
「そうだね、君の意見を聞きたいな」
「私も特に……強いて挙げるなら、あなた達の会話の中に『先生』の話題が一度も出ていないのが気になったぐらい」
「先生……? ああ、そうか。忘れていたな」
「そういえばそうね。同窓会の主催者って普通は生徒の中から出すから、無意識の内に除外していたのかしら」
「先生ねぇ……つってもさ、今更候補が数人増えたくらいで……ん? あれ……?」
どうせダメなんだろうなと言うような表情でアルバムを確認していたジェイクは、白髪頭に白髭、柔和な顔つきをした人物の顔写真に反応した。
「どうしたの?」
「俺、この人知ってるよ!」
「えっと……ジェフ・カーリン先生ね。私たちの副担任だった人だわ」
「ジェイクはどういうご関係なんですの?」
「この人近所の子供を集めて塾を開いててさ、中学時代俺も通ってたんだよ」
「へえ、塾ねぇ」
「懐かしいぜ、この人のおかげで俺は高校へ行くことが出来たからなぁ」
「……その人ならアタシも知ってる。と言っても直接の知り合いじゃないんだけど」
「直接の知り合いではないというと?」
「その人、奥様が有名人なのよ。ファッションデザイナーのレイ・アヤラギって人なんだけど、知らない?」
「ええ、もちろん知ってる! ジェフ先生の奥さんっていうのは初めて知ったけど……」
「最近取材に行ってね。すごく優しい紳士的なお方だったからよく覚えているわ」
「アリスはこういうジイサンが好みなのか」
「そんなのじゃないって!」
「でも、レイ・アヤラギって今もその名前で活動しているよね? 芸名?」
「夫婦別姓らしいわ」
「それよりも、ヨエルはどうなんですの? ジェフ先生の事をご存じ?」
「ああ、そうか。もしヨエルも知っているのなら五人全員が知り合いってことで、この人がキーパーソンである可能性が一気に高まるんだな!」
「うーん……うちのレストランにレイ・アヤラギは来たことは覚えているんだけどね。あの時確か一緒に来ていた人が居て、その人も白髪頭だったような……? ぐらいの認識かな」
「それは……どうなんですの? 関係者として認識していいものなんでしょうか?」
「今まで候補が出てこなかったからね。その人の可能性は高いと思うよ」
ギルバートの言葉に、五人はワッと歓声をあげた。
「やったな、おい! つまりそのジェフ先生に会いに行けば『課題』はクリアってことだよな!?」
「まだ決まりじゃないけどね。でも他に候補は居ないわけだし……」
「アリスは取材に行った事があるとおっしゃってましたわよね。もう一度アポイントメントを取ってもらう事は可能ですか?」
「大丈夫よ。会えるかどうかは向うの都合次第だけどね」
「あ、待って!」ロザリアは何かを思いつき声を上げた。
「何ですの?」
「さっきマオちゃんが言ったでしょ? 命の危険が迫っている可能性があるって……」
「ああ、そっか。もしかしたらどこかに監禁されている可能性があるんだよな」
「もしくは夫婦喧嘩の末奥様に……」
「何にせよ、用心はした方が良いと思うの。アポイントメントはアリスに任せるわ。私は助っ人を呼んでおくから」
「助っ人って?」
「それは当日のお楽しみという事で……」
その後。今後の予定をまとめ、一行は午後十時に解散となった。次の日の朝一でアリスが連絡を取った所、終日空いているという返事を貰ったのでアリスとロザリアはすぐにレイ・アヤラギの家へ向かった。
***
「──アリス、こちらはいつもお世話になっているサンドリッジ警部よ」
「やあ、初めまして。リバー・サンドリッジです。正確には警部補なんですが、まあ気軽に警部とお呼び下さい」
「初めまして。アリス・シーバーです。新聞記者をやっていまして」
「ああ、警察担当の君の先輩とは仲良くさせてもらっているよ。よろしくね……で、だ。本当かねバーナード君、レイ・アヤラギの夫が何らかの事件に巻き込まれているかもしれないという話は」
「はい、確証は無いのですが念の為と思いまして」
「ふぅむ……ま、話を聞くだけ聞いてみるか」
「はい、では早速」
そう言ってアリスはインターホンを鳴らした。十秒程してから扉が開き、中から五十代くらいの家政婦が現れた。
「おはようございます。私、クレルモン=フェランにある新聞社の記者でして。本日、奥様とお話しさせて頂く為にお伺いしたのですが」
「ええ、そのお話は聞いております。ですが、そちらの男性は……?」
「ああ、失礼。私はこういう者です」
そう言ってサンドリッジ警部は警察手帳を取り出す。それを見た家政婦は、「少々お待ちください」と言って奥へ駆けていった。
「ふん……この後の対応でおおよその予測をつけられるな」
「ジェフ先生の事で何かを隠しているとしたら、急な警察の来訪に何らかの動揺を見せる可能性があるというわけですね」
「アタシの予想だと、今頃奥さんと家政婦がどうしようかと相談してるんじゃないかな。五分は戻ってこないと見たね!」
しかし、そんなアリスの予想とは裏腹に家政婦はすぐに戻ってきた。特に動揺している様子もなく、三人のスリッパを用意して「どうぞ、奥様がお待ちです」と声を掛ける。一行はあっけにとられつつも、家の中へと入っていった。
案内された先には、『これぞ金持ち』と思わせるような大きなリビングが広がっている。レイは濃い紫のロングワンピースに身を包み、窓際のソファーで紅茶を飲んでいる所だった。濃い目の化粧ではあるものの、それぞれの部位のバランスがしっかりとれていてあまりけばけばしい感じはしなかった。
「いらっしゃい。あなたは先日いらした記者さんね。それと警察の方と……そちらのお嬢さんは?」
「初めまして。ロザリア・バーナードと申します。小学校の頃、ジェフ先生にお世話になりまして」
「まあ、それはそれは……でも、ごめんなさいね。あの人今留守なのよ」
「今、どちらに?」
「水曜から知り合いの方々とキャンプへ……アウトドアが趣味なものですから。あの人に用事があったのかしら」
「ああ、奥様。実はですね……近所の方から通報がありまして。ジェフ・カーリンさんらしき人物が昨日何者かに襲われ車で連れていかれる所を目撃した……という内容なんですがね」
もちろん、この通報内容は三人が考えたでっちあげだった。ジェフの居場所を聞き出すと同時に、警察がジェフの事を捜査していると見せかけレイの反応を探るためである。
「まあ、そんなことが。でもそれは何かの間違いだと思いますわ」
「そうですか……ちなみに、そう思う根拠が何かおありで?」
「ええ、だって今朝あの人と電話でお話しましたもの」
「「「え?」」」三人は同時に声を上げる。
「特に用事は無かったんですけどね。あの人は管理室のそばにある公衆電話から掛けて来たみたいで、久しぶりのキャンプは楽しいとか昨夜の星空はとても綺麗だったとか……そんなたわいもないお話をしました」
「そうでしたか。ちなみに、どちらのキャンプ場に行かれたのか教えていただくことは……?」
「ええ、構いませんよ。ええと、どこに行くって言っていたかしら……あの人、お気に入りの場所がいくつもあってね……」
「はぁ」
レイはテーブルの上に置いてあった手帳のページをめくり何かを探している様子を見せる。と、そこに家政婦が電話の子機を片手に小走りでやってきた。
「奥様、お電話でございます」
「あら、ありがとう。お電話代りました、はい…………はい、え、本当ですか!? わかりました、すぐに向かいます」
「……如何なさいました?」
「申し訳ございません。私の会社の方でトラブルが起きまして、すぐに行かなければなりませんの」
「それはそれは……」
「あ、あの! すみません、お忙しい所申し訳ないですがキャンプ場の場所だけでも教えて頂けないでしょうか?」
「ごめんなさいね、お嬢さん。とても急いでいるの。この用事を終わらせた後連絡させてもらうわ」
「あ、だけど……キャンプ場の名前だけでもいいんです!」
「……やめたまえ、バーナード君!」
普段あまり聞く事のないサンドリッジ警部の大声に、ロザリアはビクリと体を震わせた。
「どうも、お騒がせ致しました。我々は退散しますので」
「ごめんなさいね。今度またいらして」
「では失礼します。とんだ無駄足だったよ、我々警察も忙しんだから勘弁してほしいものだ……」
サンドリッジ警部はブツブツ言いながら一人出ていってしまった。レイも、ロザリアとアリスの存在を無視して自分の部屋に戻っていく。
「ちょっとまってよ警部!」
「どういうこと? ロザリア」
「わかんない。取り合えず私たちも行きましょう……」
外に出ると警部は先に行ってしまったらしく、車はどこにも見当たらなかった。この不可解な出来事をギルバートに相談する為に、二人はリヨンに向けてとぼとぼと歩き出した──
***
「──なんてことがあったのよ。どう思う?」
「ふーん、あの警部さんがねぇ」
「ほんと信じられない、あの警部補! いつもなんな感じなの?」
「まさか、あんなサンドリッジ警部を見たのは初めてよ」
「警部とレイさんの態度にはかなり不自然な物を感じるね。おそらくリュミエールの仕業なんだろうけど」
「何でそんな事をするのよ? 私たちはただ『課題』をやっているだけなのに。こういう妨害行為をしてくるものなの?」
「まさか、そんな記録見たことないよ。考えられる事は……アプローチの仕方が間違っていたんじゃないかなぁ」
「どういうこと?」
「多分普通に見つけるだけじゃダメなんだと思う」
「だって同窓会では『見つけてほしい』としか言ってなかったじゃない」
「だから、残りのヒントを解く必要があるんだと思うよ」
「何なのかしらね。見つけて欲しいのか欲しくないのか、どっちなのよ!」
そんなアリスの憤慨した様子に、タバコを吸いつつ新聞を読んでいたマオが反応し、席を立った。
「マオちゃん?」
「見つけて欲しい……欲しくない…………つまり、見つけて欲しいんだけど、見つけて欲しくない……?」
「どうした? 何か思いついたのかい?」
「……ええ、一つ確認したいことがあるわ。案内して欲しい場所があるんだけど」
そんなマオが案内を頼んだ場所は、ヨエルのレストランだった。
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