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「え、願い事を叶えてくれるって……どんな願い事でもいいの?」
「マジかよ。じゃあ俺らもあの時、願い事を叶えてもらえるチャンスがあったって事?」
「アタシもう一度行って取材をしたいんだけど、なんとかならない?」
「でもそれは本当なんですの? ダンジョンにそんな力があるなんて初めて聞きましたわ」
「確かに、そんな夢のようなダンジョンがあるのならもっと有名なはずだよね」
リュミエールの正体を明かしたギルバートに対し、五人は次々と質問を投げかけた。
「まあ落ち着きなよ、一から説明してあげるからさ。えっとまずは……『何故そんな力を持つダンジョンが存在するのか?』という事から説明しようか。基本的な事として、ダンジョン化した建物は魔力を集めて成長し続けるということは知っているね?」
「ええ。そうやって構造が複雑になったり、中の魔物が成長したりするんでしょ?」
「ああ。そんな風に成長し続けて……四、五十年ぐらい経つと、ダンジョンが進化するんだ」
「ダンジョンが進化? 初めて聞いたわ……」
「まあ、大抵の場合すぐに攻略されちゃうからね」
「進化するとどうなるんですの?」
「そのダンジョンにおいて、独自のルールが出来るんだ。例えば……『そのダンジョンの中では一切言葉を発することが出来ない』とか『男性禁止』『女性禁止』とかだね」
「攻略難易度が上がるわけね」
「その分中のお宝も価値が上がるよ。ダンジョンの研究をしている人たちの間ではこれを『レベル2』と呼んでいるんだ」
「レベル2ねぇ。リュミエールもそうなの?」
「いや、さらに続きがあってね。五十年ぐらいでダンジョンは進化するんだけど、そこからさらに年月が経過してだいたい百年以上経つと、もう一段階進化する」
「レベル3ってこと? そうなると何が起こるの?」
「レベル3では常識を超えるような現象が起こるんだ。文献に残っているだけで実際に見たことは無いんだけど、ダンジョンの最奥に不老不死の効果がある水が湧き出るようになったりとか、金の卵を産む鶏が現れたりとか……」
「へえ、そりゃすごい。是非とも行ってみたいもんだぜ」
「おとぎ話みたいですわね。でも、そんなダンジョンが実在するのなら不老不死になった人や金の卵がいくつか見つかっていそうなものですが……」
「それらの話には続きがあってね。不老不死の水は体内にある間しか効果が無いから常に摂取し続ける必要があったらしく、不老不死になりたかったらそのダンジョンの奥に住み続け慣れなければいけない。だから、みんな諦めるしかなかったみたいなんだ」
「そんなオチがあったのね。金の卵は?」
「その鶏はダンジョンの外では金の卵を産むことはなく、しかも産むのは一月に一個だけだったらしい。月に一度金の卵を一個取るためにダンジョンの奥深くまで行くのは割に合わないって話になり、いつしかそのダンジョンには誰も見向きしなくなったってさ」
「何事もおいしい話には裏があるってことかしらね」
「でもさ、ギルの話しぶりからするとリュミエールもレベル3のダンジョンなんでしょ? 願い事を叶えてくれるっていう話にも何か裏があるの? 見返りを求めてきたりとか……」
「いいや、そういうわけではないんだけど……じゃあ、次はリュミエールについて説明をしようか」
ギルバートはコーヒーのお代わりをカップに注ぎ、五人が座っているソファーの近くに椅子を寄せてきた。
「リュミエールについての文献は一番古くて今から二百年程前の物があるんだけど、それよりも前からあるんじゃないかとも言われている。ちなみに『Lumière』とは、大昔この大陸に存在していたといわれる国の言葉で、『光』という意味があるらしいよ」
「そんな昔から……そりゃ、奇跡みたいな力があるわけだ」
「そんな情報はいいから、どうやったらあのダンジョンに行けるか教えてよ。ギルはさっき、辿り着くことは出来ないって言ってたじゃない。それはどういうこと?」
「せっかちだな、順番に説明するよ。リュミエールに行くためにはどうすればいいか? それは『申込用紙』を手に入れて、それに名前と叶えて欲しい事を記入するんだ。その後、ダンジョンから選ばれると『招待状』が送られてくる。その招待状が無ければどうやってもたどり着くことは出来ないって寸法さ」
「選ばれない可能性もあるんですか?」
「もちろん。むしろ選ばれなかった事の記録の方が多いくらいだよ。で、続きだけど……無事『招待状』が送られてきてリュミエールに行くと、そこでダンジョンから『課題』が一つ与えられるんだ。その課題をクリアできれば、晴れて願い事を叶えてくれるってわけ。これが一連の流れだよ……じゃあ、質問はあるかい?」
ギルバートは大好きなダンジョンの事を存分に語るチャンスが来たので、満足そうな表情を浮かべながらコーヒーを一口飲んだ。そんな彼に対し、まずはロザリアが質問を投げかける。
「じゃあ、いいかしら? 一応聞くけど、誰も『申込用紙』に記入なんてしていなわよね? ……それなのに、何故昨夜私たちはリュミエールに招かれたのかしら?」
「それは、誰かが与えられた『課題』が関係しているんだろうね」
「誰の? どんな課題?」
「詳しくはわからないけどさ、大体の想像は出来るだろ」
「…………同窓会の主催者ね!」
「ああ、そしてその人は君たちに何をして欲しいって言ってた?」
「自分の事を見つけて欲しいとおっしゃっていましたわね。つまり、その方が与えられた『課題』というのは、『私たちに見つけて貰う事』なんですの?」
「多分ね」
「変な『課題』だなぁ、リュミエールはそんな変な事ばっか言ってくるのか?」
「いや、あんまり聞いた事がないね。例えば『自分を世界一の料理人にしてくれ』という願いに対し、『自分が思う最高の料理を提出しなさい』っていう『課題』を出されたって記録が残っている。普通はこういうわかりやすいのが出てくるはずなんだけど」
「じゃあ何で今回はこんな変な事言ってくるのよ」
「それは流石にわからないよ……他には?」
「じゃあ、いいですか?」
ギルバートの呼びかけに対し、ヨエルが手を挙げて応える。
「お話に出てきた『申込用紙』というのはどうやったら手に入るんですか?」
「それはだね、『願い事を叶えて欲しい』という想いがある人の所にどこからともなく送られてくるらしい」
「何それ、それだけでいいの?」
「その思いが強ければ強い程いいらしいんだれど……詳しい事は全然判明していなんだ。リュミエールがどこにあるのかさえ未だに分かっていないし……」
「え、でも昨日行った場所なら大まかにだけど覚えているわ」
「ええ、それに同窓会の案内状に地図が…………あれ!? 消えてる……」
「もう『課題』を出し終えたからだろうね。昨日君たちが行ったのは一時的に作られた出入口だよ。だからその場所に行っても何もないと思う」
「そうなんだ……じゃあ、『申込用紙』を手に入れる為にはこれから毎晩寝る前に願い事をしなきゃね」
「まあ正規の方法以外に、買って手に入れる事も出来るけど」
「え、売ってるの!?」
「売ってるよ、裏ルートでね。さっきも言ったけど、申込をしても絶対招待されるわけじゃない。だから、自分では使わずに売ってしまう人もいるんだ」
「自分の『申込用紙』でなくともいいんですのね」
「ああ。人から買った物でもちゃんと招待された記録が残っている。まあ売る方が無難かもね。失敗すれば何も得られないわけだし。売れば十万ユーロにはなるんじゃないかな」
「十万ユーロ……! 大金ね」
「失敗すれば何も得られないだけで、何らかのペナルティを負わされる事は無いんですか?」
「無い筈だよ。強いて言えば、一度申し込みをすると二度と再トライ出来ないって事かな。次の質問は?」
「リュミエールの事はだいたいわかったからさ、俺らはどうすればいいと思う?」
ジェイクはカップに残っていたコーヒーを飲み干し、タバコに火を付けつつ質問を投げかけた。
「だってさ、いくら俺らが頑張った所で結局は同窓会の主催者の願い事が叶うか叶わないかってだけなんだろ? 何にも得しないじゃん」
「それはそうかもしれないけど……多分主催者は私たちの知り合いなのよ? 少しは協力してあげようって気はないわけ?」
「なら名乗り出た方が早いだろうが。『リュミエールというダンジョンからこんな課題をだされたんだけど、協力してくれないか?』こんな一言でもあれば話は早いし、
こっちも協力しようって気になるだろ? なんだってこんな回りくどい事を……」
「それには何か訳があるんだと思うよ。それに、”願い事”を叶えてる手伝いをするんだ。それ相応の謝礼はあると思うけどね」
「まあ、それは確かに……」
「何でもいいです!
「私も同感。何か気になるわ」
「アタシも。新聞記者としてそそられるね!」
「まあ、やらない理由も無いしね」
「い、いや、勘違いするなよ。俺は別にやらねぇって言ってるわけじゃなくてだな…………でも、どうするんだよ。俺たち午前中から調べてるって言うのに、何を調べればいいのかすらわかんねぇままじゃねぇか」
「ああ、それなら大丈夫だと思うよ」
手がかりがさっぱりつかめずげんなりした様子のジェイクとは裏腹に、ギルバートは余裕を感じさせるようなのんびりとした口調で言う。五人は一斉に彼に注目した。
「最初君たちの話を聞いた時は魔法使いの仕業だと思ってて、何をどう考えればいいのかさっぱりだった。でも、リュミエールが関わっているとなると話は別だよ」
「どういうことなんですの?」
「君らが取らされた、一見すると不可解な行動は全てリュミエールの『課題』に必要だった。つまり、一つ一つにちゃんと意味があるんだ。リュミエールは無意味な事はさせないだろうからね」
「じゃあ例えば……このアルバムにも重要なヒントが隠されていたりする?」
「それこそが最大のヒントなんじゃない? おそらく、赤の他人である君たちを繋ぎ合わせるキーパーソン、つまり同窓会の主催者がその中に居るんだと思う」
「マ、マジかよ、確認してみようぜ!」
「ちょっと、押さないでよ!」
ジェイク、アリス、ヨエルの三人はロザリアを取り囲みアルバムを食い入るように調べ始める。カレンだけは、その場を動かず何かを思い出そうとしていた。
「あの、ギルバート。私少し気になっていることがありまして……」
「気になっている事?」
「ええ、私に出された『チューリップを持ってくる』という注文なんですけど、それについてずっと何か引っかかっていて……」
「と、言われてもね。僕が使える情報は君たちから聞いた話とテープレコーダーの会話だけだし……レコーダーだけじゃなく画像か動画でもあれば話は別だけどさ」
「え、何? あの時の画像を見たいの?」
アルバムを調べていたアリスがカレンとギルバートの会話に反応した。
「え、ええ。そうなんですけど」
「そういうことなら任せてよ。えっと、部屋の電気を消してもらえる?」
「電気をかい? いいけど……」
ギルバートが電気を全て落とし、部屋の中は暗闇に包まれる。その数秒後、突如光が発しソファーのすぐ横の壁に、昨夜の同窓会での一幕が映し出された。
「ちょ、何これ!?」
「……記録魔法ね」
「ええ、アタシの魔法。心の中でシャッターを切ると、その時私が見ている風景を杖の中に記録することができるの。杖はこれね」
アリスの手の上には、彼女が付けていたイヤリングがのっている。光は、イヤリングについている赤いダイヤ型の装飾から発生していた。
「すげえな。こういう状況を想定して撮っておいたのか?」
「いいえ、私は昨夜そんなつもりは無かったんだけど……今日の朝、杖の容量を確認していたらいつのまにか撮られていたのに気が付いたの」
「まあ、十中八九リュミエールの仕業だろうね」
「これを使って謎を解いてみろって言っているのかしら……で、カレンは何を確認したいの?」
「えっと、私が持ってきたチューリップが写っている場面を確認したくて」
「チューリップね…………ああ、これなんてどう?」
アリスはイヤリングの装飾を撫でるように操作すると、次々に色んなシーンが映し出された。止められたシーンはテーブルを囲み皆が談笑をしている所であり、中央に花瓶に生けられたピンク色のチューリップが写っていた。
「ああ、この場面! 完璧ですわ! 気になっていた事を思い出しました!」
「それは何だったの?」
「昨夜の同窓会の最中、不思議に思った事が二つありまして。まず一つがチューリップの花しか生けられていない点です」
「だってチューリップの花を持ってきて欲しいって注文だったんでしょ?」
「そうなのですけど、一種類だけでは寂しいと思っていくつかのお花を加えた花束を用意したのです。ですが、こうして生けられたのはチューリップだけでしたので、私不思議に思ったのですわ」
「それはおそらく、よっぽどチューリップの花に注目して欲しかったんだろうね」
「あんたが余計な事をするから……」
「うるさいですわね!」
「もう一つの気になった事っていうのは?」
「ええ、あの花瓶をよく見て下さい……不自然な程ボロボロではありませんか?」
カレンの言うとおり、そのチューリップの花を生けた花瓶には汚れやヒビが点在
しており、『趣のある古さ』とはかけ離れたものだった。
「確かにボロボロだな……でもそれってそんなに変か?」
「だって、お店の椅子やテーブルは新品同様でしたでしょう? そんな中であの花瓶だけがあんな風にボロボロなのよ?」
「確かにおかしいかもね……ギルはどう考える?」
「うーん……これはちょっとわかんないな……」
「そうですか……まあ、いいですわ! 時間はまだあるわけですし」
「そうね、じっくりと一つ一つ解き明かしていきましょ! じゃあ、他に何か……」
「一ついいかしら」
今まで『白桃のグラタン』を食べる事に熱中していたマオがふいに手を挙げた。彼女の存在を忘れていた六人はギクリとする。
「びっくりした……マオちゃんどうしたの?」
「私の記憶が正しければ、リュミエールが『課題』を出す時に期限を付けた記録はなかったと思うの」
「そうなの? でもそれが何か……」
「……ああ、そうか。そういうことか!」
「どういう事なんですの?」
「リュミエールは期限を付けないとすると、付けたのはその主催者自身だと考えられるわ。その主催者はその期限までに見つけて欲しいと願っている……つまり、命の危険が迫っているのかもしれないわ」
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