「……なあ、ちょっと遅すぎないか? 注文を取りに来るのってどんなに遅くても十分くらいでくると思うんだけど」

「確かにそうね。この個室に案内されてもう三十分は経つわ」


 四人はヨエルが働いているレストラン『メリッサ』に来ていた。

 到着して受付でヨエルに合わせて貰えないかとお願いすると、すぐに会うことが出来た。奥から出てきた彼は最初怪訝な表情で四人を顔を眺めていたが、しばらくすると何かを思い出し「僕の知り合いです」と言い、一行をこの個室へと案内したのが三十分程前の出来事である。


「俺、ちょっと様子を見てこようかな」

「やめなさいよ」

「でもさぁ、いい加減腹も減ってきたし何か注文したいんだけど」

「えぇ、あんたさっきサンドイッチ食べてなかったっけ?」

「中途半端な量だったから余計空腹が刺激されちゃったんだよ」


 ジェイクとロザリアがそんな会話をしている所に、扉をノックする音が響き、ヨエルと受付で対応してくれた女性が部屋に入ってくる。その女性は、ダークブロンドのロングヘアと切れ長の目が印象的な、蠱惑的な雰囲気を纏っている人物だった。二人は料理を乗せた配膳カートを押している。


「ごめんねみんな、遅くなっちゃって。これ、うちの賄いなんだけど……せっかくだから、普段頼むことのできない料理を食べてもらおうと思って」

「マジ!? やった、超うまそうなんだけど!」

「落ち着きなさいよ、みっともない! でも確かに美味しそう」


 その賄い料理はハンバーグと付け合わせのポテトと人参のグラッセ、ライスとサラダがワンプレートにまとめられたシンプルな物ではあったが、それぞれが非常に丁寧に調理され、とても食欲がそそられる一品だった。


「ハンバーグはビーフシチューソースと特製ブラックペッパーの二種類あるから好きな方を選んでね。あとスープもあるよ」

「では皆様、ごゆっくり……ヨエル君もね」

「ありがとうございます、メリッサさん」

「どうもでーす! ……おいヨエル、あの綺麗な女の人は?」

「あの人はうちのオーナーの娘さんで、経理とか受付の仕事を手伝っているんだよ」

「メリッサさんって言ってたわね。そういえばこの店の名前も」

「うん、オーナーが娘さんの名前をつけたらしい」

「あんな美人が職場にいるなんて羨ましいよ。ヨエル、あの人付き合ってる人とかいるのか?」

「確かいなかったと思うけど……」

「ちょっと! そんな話をしに来たんじゃないでしょう?」

「うるせーな、いいだろ少しくらい」

「……話っていうのはもちろん、同窓会の事だよね」

「うん。ヨエルは何か気が付いた事ある?」

「うーん……僕が異変に気が付いたのはさっき君たちの顔を見た時だから」

「そっか。アタシ達は……」

「ねえ、少々お行儀が悪いですけれど食べながら話を進めません? 折角のお料理が冷めてしまいますわ」

「そうね。それにヨエルは時間も限られているんだろうし」

「あと五十分くらいかな」

「あんま余裕ねぇな。とりあえず食べようぜ」


 五人はレストランの賄い料理を食べつつ、件の同窓会について語り合う。それぞれの考えを出し合ってみたものの、これといった発見は無く調査は進まなかった。途中メリッサが持ってきてくれたコーヒーを飲みつつ、今後の方針を決める事となる。


「さて……この後どうしましょうか」

「僕は仕事に戻るけど、みんなは?」

「私は今日休みだからいいとして……ジェイクは夜勤でしょ、カレンとアリスは?」

わたくしは係長の許可を頂いてこの騒動の調査をしているのですけど、一度報告に戻らないといけませんわね」

「アタシは研究所での取材を終わらせて、その後はカレンを取材する為についていくって連絡してあるから大丈夫かな」

「じゃあ一先ず解散すっか? んで夕方頃にもう一回集まるって感じで」

「いいんじゃない? ここって夕方も空いてる?」

「確か今日は予約入ってなかったと思うよ」

「じゃあ、場所はここで。時間は……」

「あの、私ほかに提案させていただきたい場所があるのですけれども」

「どこだよ?」

「ローザ、マオさんのお店ってお邪魔できないかしら?」

「えっ、マオちゃんの? あそこは骨董品店よ?」

「わかっています。話し合いには椅子と机さえあればよろしいじゃありませんか」

「うーんでもね……午前中話した時、あの子興味なさそうだったのよね」

「おいおいちょっと待てよ、俺は嫌だぜ! 何か飲み食いしながらじゃないと続かねえよ!」

「アタシもちょっと……っていうか、そのマオさん? って誰? カレンは何かこだわっているように見えるんだけど何かあるの?」

「ええ、普段はダンジョン研究と骨董品店の経営を行っているらしいのですが、頭が切れるお方でしてね。詳しく申し上げる事は出来ませんが、殺人事件を解決した事もございますのよ」

「へえ、それはすごいね」

「ジェイクは会ったことあると思うわよ。あなたが今吸っているタバコを仕入れてくれている子」

「え、マジ……? あの子、そんなすごい人物だったのかよ……」

「正直私たちの力だけではこの謎は解けないような気がしていますの。ですから、ここはマオさんに協力を仰ぐべきだと思いますわ」

「確かに……どこまで協力してくれるかはわからないけど、一度あの子の意見を聞いてみたいわね」

「でしょう!? 皆さんはいかがです?」

「よくわからないけど、他の人の意見を聞いてみるのはいいんじゃないかな? 僕も一向に先が見えてこないと感じていたよ」

「アタシも良いと思う。ジェイクはどうする?」

「……その骨董品店、飲食と喫煙が可能か確認しといてくれよ」

「ええ、それは大丈夫。休憩スペースみたいな所で何度かお茶してるし、タバコも店主のマオちゃんが吸っているんだから大丈夫でしょ。じゃあマオちゃんに確認をとって後で連絡するわ。みんなの電話番号教えてよ」


 ロザリアがそう言うと、各々は名刺や自分の家の電話番号を書いたメモを彼女に渡す。そんな中、ジェイクだけが明後日の方向を向いてタバコをふかしていた。


「ジェイクの連絡先も教えてよ」

「あー俺の家、電話繋がってないんだよ」

「うそ、仕事で絶対必要になるでしょ? 軍に所属しているんだから急な呼び出しとか……」

「それは何とかなるんだよ」

「何とかって……」

「なんでもいいですわ、どうしますの?」

「わかったら家まで知らせに来てくれよ」

「面倒ね全く…………じゃあ、許可が取れたらマオちゃんのお店、却下されたらこのレストランの個室を予約ってことでいいかしら?」

「ええ、お願いいたしますわ」

「じゃあ行こっか。ヨエルの休憩時間もそろそろ終わりでしょ?」

「ほんとにお金はいいの?」

「うん、今日は材料がかなり余りそうだったし……その代わり、今後このレストランを贔屓してもらえると助かるな」

「おう、また来るよ!」


 そうして五人は、一旦別れてそれぞれ夕方からの話し合いに備える事となった。ロザリアから「マオちゃんの許可が下りた」という連絡が来たのはそれから一時間程経った頃だった。



 ***




 時計の針が午後六時をまわったころ。カレン、アリス、ヨエルの三人はマオの骨董品店を訪れた。ロザリアとジェイクは既に来ており、カウンター横のソファーに座っている。


「お待たせ、二人とも早いのね」

「ああ、暇だったからよ」

「これで全員揃ったわね。ギル、カレンたちが来たわよ」


 ロザリアがそう声を掛けると、奥からギルバートがやってきた。


「やあ、いらっしゃい。カレンは久しぶり」

「お久しぶりですわね!」

「すみません、大勢でお邪魔してしまって……これ、うちの店で出している物なんですけどよかったら」


 ヨエルはギルバートに紙箱を手渡す。その中には、ケーキやプリンなどのデザートが数種類入っていた。


「これはどうもご丁寧に……マオが好きそうな物ばっかりですよ」

「ええ、店主さんはカスタードクリームがお好きとロザリアから聞きましたので」

「…………どれ?」彼らの会話に釣られマオがやってくる。

「これなんてどうでしょう? 白桃とカスタードクリームをたっぷり使った『白桃のグラタン』です」

「これは……! すぐにコーヒーを淹れてきます」

「まあ、マオちゃんのあんな機敏な動き初めて見たわ」

「僕ですら初めてだよ……さあ、みんなも好きなのを選んで」


 各々デザートを堪能した後、件の同窓会についての話し合いが始まった。まずは、アリスのテープレコーダーを聞いてみて何か気になる事や忘れていることが無いかを確認する事となった。


「……取り合えず録音された分を全部聞いてみたけど、何か気が付いた事がある人はいる?」

「こうして改めて聞いてみるとおかしな会話をしているわよね、私たち」

「おかしな会話? どこだよ」

「近況報告の所じゃない? みんな出身がクレルモン=フェランだったりリヨンだったり、言っていることがバラバラなんだもん」

「小学校の同窓会のはずなのにね。だけど昨日は何も気が付かなかったなぁ」

「卒業アルバムを見ていた時もそう。あの時はみんなの子供時代が写っていると思い込んで会話をしているけど、アルバムを見返すと確認できたのは私とカレンだけだったわ」

「魔法の仕業なんでしょうけど……お相手の意図がさっぱり掴めませんわね」

「そうね、こうやって特に知り合いでもなかったアタシ達に同窓会をさせる事に何の意味があるのかしら」

「別に意味なんか考えなくていいんじゃねぇか?」

「どうして?」

「これってどうせ主催者の仕業なんだろ? そんでもって、そいつ自身は自分を探してくれって言ってるんだから、そいつを探す事だけを考えればいいんじゃねえか? 細かい事は見つけた後聞きゃいいよ」

「なかなか核心を突く事をおっしゃいますのね」

「そうね、ジェイクのくせに」

は余計なんだよ、は! ったく。店主さーん、コーヒーのお代わりいい?」


 マオは小さいスプーンでちびちびと『白桃のグラタン』を愉しむことに夢中になっており、ジェイクの声は届いていなかった。代わりにギルバートが立ち上がり、空いたカップにコーヒーを注いでいった。


「中々難航しているみたいだね」

「そうなのよ、ギルは横から聞いてて気が付いたことは無い?」

「そうだねぇ……もう一度その店に行って店員さんに話を聞いてみたら?」

「それはどうかしら。主催者からのメッセージにあったじゃない。『この手紙に書いてある以上の事はこのお店の方にはお伝えしていないので、質問をしても何のヒントも得られません』みたいな文言が」

「でもこれは明らかに普通の状況ではないわけだろ? 事情を説明すれば何か教えてくれるかもよ」

「それもそうですわね……これから行ってみます?」

「いえ、確かあのお店閉店時間早かったわよね。今からクレルモン=フェランまで移動していたんじゃ間に合わないわ」

「ああ、そうでしたわね」

「じゃあ、明日行ってみっか。何て店だっけ」

「あ、アタシ招待状まだ持ってるよ。えっとね……『リュミエール』ってお店」


 その店の名前にギルバートとマオが反応する。二人は目を見開き信じられないというような表情をしていた。


「今、何て言ったんだい?」

「リュミエールよ。知っているお店?」

「まあね……その招待状を見せて貰ってもいいかい?」

「ええ、どうぞ」

「……やっぱりな。ほら、マオも見てみろよ」

「何? あのお店がなんなの?」

「多分その店に辿り着くことは出来ないよ。っていうか、そこはレストランじゃない」

「……あなたがそんな風に言うってことは」


 何かを察したロザリアは尋ねる。

 ギルバートはそれに答えた。


「ああ、リュミエールはダンジョンだ。それもただのダンジョンじゃない。願い事を叶えてくれるだよ」

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