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「なんだかやけに体が重いわ……昨日の事はよく思い出せないのだけど、私そんなに飲んだのかしら……」
リヨンにあるマオの骨董品店を目指し、ロザリアはふらふらとした足取りで向かっている。降り注ぐ日差しに苦しみながらのろのろと歩く姿はゾンビの様であり、通り過ぎる人をぎょっとさせた。
ロザリアはそんな感じでいつもの倍以上の時間をかけて目的地へとたどり着く。扉を開けると、カウンターの後ろに置いてある安楽椅子でマオは新聞を読み、ギルバートは隣にあるソファーに寝転がって雑誌を眺めていた。来客を知らせる扉の鐘の音で、二人はロザリアに気が付いた。
「あら珍しい、マオちゃんが店番をしているわ……」
「なんだローザか。また厄介ごとを持ってきたのか?」
「違うわよ……特に用事は無いけど遊びに来たの。はいこれ、おみやげ……」
ロザリアは対面のソファーに腰を掛けつつ、紙袋をローテーブルに置いた。ギルバートは寝転がった体勢のまま手を伸ばして紙袋の中を覗く。
「プリンか。わざわざ買ってきたのかい?」
「冷蔵庫に入ってたから持ってきたのよ。えーと、誰かに貰ったんだけど……誰だっけ……」
「おいおい、大丈夫なのか?」
「平気よ、多分……」
「ありがとう、コーヒーを淹れて来るわ」
「あ、マオちゃん。悪いんだけどお水も一杯貰えるかしら……」
「ずいぶんと具合が悪そうだな、二日酔いかい?」
「昨日同窓会でね。そんなに飲まなかったような気がするんだけどよく覚えてなくて……」
「同窓会ねぇ。高校の?」
「いいえ、小学校よ」
「小学校……?」
ロザリアの言葉に疑問が湧いたギルバートはむくりと起き上がった。
「ええ、そうよ」
「……誰が来ていたんだい?」
「えーっとまずはカレンでしょ……憶えてる? カレン・エインズワース」
「ああ、今職場が同じなんだろ? それと、マオがこの前の事件で会ったって言ってたな」
「そうそう。あとは……アリスとジェイクと……ヨエルだったかな」
「………………」
「何か気になるの? ああ、人数が少ないからおかしいなって思ってるんでしょ? それには訳があってね……」
「いや、そうじゃなくてさ。小学校の同窓会だったんだろ?」
「だからそうだってば」
「それはおかしいよ。だって僕の所に何の案内も来ていない。君と僕は中学まで同じ学校だったのに」
「あ…………」
ギルバートに指摘され、ロザリアは初めて気が付いた。
「それは確かにおかしいけど……えっと、あれよ。ギルは主催者の人に嫌われていたんじゃないの?」
「嫌な事を言うな君は。そりゃそういう可能性もあるけどさ……でも、それ以外にも気になる事はあるんだよ。アリスって、誰だい?」
「は……? アリスよアリス。アリス・シーバー。憶えていないの?」
「憶えてる憶えていない以前に、知らないよそんな人。他にも、ジェイクとヨエルなんて同じ学年に居なかったと思う。君が出した名前で僕が分かったのはカレンだけだ」
「嘘でしょ? ヨエルは目立たない感じだったけど……ジェイクを憶えていない? あのうっとおしくて目立つジェイク・アンダーソンを……えっ……ちょっと待って……」
ギルバートに指摘されたことをきっかけにロザリアの思考は巡りだし、目が徐々に見開いていった。そして、ある結論に達すると彼女は勢いよく立ち上がり大声で叫んだ。
「…………そうよ、そうなんだわ。ずっと引っかかっていたのはこれよ! 小学校の同窓会なのにギルの名前が無かったんだわ! それなのに……誰よ! アリスにジェイクにヨエルって!」
「おいおい、落ち着けよ……」
「ロザリア、お水」
マオから水が入ったコップを奪い取ると、ロザリアは一気に飲み干しソファーに座った。
「はぁ、ありがと……」
「しかしそうなると、君が昨日参加した同窓会は全くのでたらめだったってことだよな? これって魔法の仕業なのかい?」
「うん、多分催眠系の魔法なんだと思うけど……それにしたってわからない事だらけ。まず、こんな事をした目的が分からないわ」
「何か盗られたりとかが無いってこと?」
「うん。財布も身分証も無事だし、怪我もない。記憶の限りでは普通に同窓会を楽しんだだけなのよね……」
「ふーん、ならいいんじゃないか?」
「そういう訳にはいかないでしょう……」ロザリアは呆れつつ言う。
「だって君は何も損をしていないんだろ?」
「それはそうだけど……こんな不思議な出来事、絶対裏があるに決まってるわ」
「なら調べてみるかい?」
「とは言ってもね。何をどこから調べたらいいのやら……」
「さっきロザリアが言ってたジェイク・アンダーソンって、遊んでそうというか、軽そうな雰囲気の若い男の人?」奥から戻ってきたマオが質問をする。
「そうね……どうして?」
「多分私の知っている人だと思う。うちのお客」
マオはそう言いつつ住所を書いたメモ用紙をテーブルに置いた。
「お客って、彼骨董品マニアなの? 私の記憶だとそんな感じはしなかったけど」
「違うわ、以前カフェで話しかけられたの。吸っているタバコの種類を教えてくれってね」
「ああ、そういや君のタバコはここらへんじゃ売っていないんだっけ」
「その旨を伝えたらどうやって手に入れたのか聞いてきて、それに対して私は骨董品店をやっていてとあるつてがあるって答えたの。そうしたら手数料が必要なら払うから自分の分も注文してくれないかって言ってきて……」
「その時に貰った連絡先ってわけか。しかしこれって個人情報だろ」
「別に悪用する訳じゃないし。ロザリア、どうする?」
「……使わせてもらうわ。ついでに職場に行ってカレンにも話を聞いて来る」
「そう」
「じゃあ、頑張ってな」
「……え、何よ。手伝ってくれないの?」
「だって僕ら関係無いし」
「事件性無さそうだし」
「ダンジョンも関係無さそうだし」
「報酬も無さそうだし」
二人はプリンの包みを開けながら交互に言った。ロザリアはそんな二人に対し「ああそうですか!」と叫びつつ、住所のメモと自分の分のプリンを掴み取って店を飛び出した。
***
「──えーっと、多分このアパートだと思うんだけど」
マオの店から歩いて二十分程の位置にあったその住所には、古びたアパートが建っていた。ジェイクはそこの203号室に住んでいるとのことだったので、ロザリはぎしぎしと音が鳴る螺旋階段を使い二階へと上った。
「……そういえば思わず飛び出してきちゃったけど、今日は平日なんだから仕事に行ってて留守かもしれないのよね。でも、一応確かめてみましょうか」
ロザリアはあまり期待をせず扉を三回ノックする。しばらくすると部屋の中からどすどすと足音が響き、扉が開かれる。そこから出てきた男は起きたばかりなのか淀んだ目つきをして髪がぼさぼさに乱れていたのだが、ロザリアの記憶の中にある顔と一致していた。
「こ、こんにちは……えっと、ジェイク・アンダーソンさん?」
「そうだけど、誰?」
「私はこういうものです」
ロザリアは手帳に挟んであった予備の名刺を取り出しジェイクに渡す。彼はそれを怪訝な表情で眺めた。
「魔法研究所……そんな所の人が何の用? 何かの勧誘? 俺、魔法は『C型』だからろくに使えないんだけど」
「違うの、あの……何て言ったらいいのかな。私たち、昨日会っていると思うんだけど……憶えてない?」
「はあ……? 何それ、逆ナンパ? そんな変則的な手を使わなくてもお姉さんぐらいの容姿なら普通に声を掛けてくれれば大歓迎なんだけどな」
「んなわけないでしょ! えっと、ほんとに憶えていない? 昨日同窓会で会っている筈なんだけど」
「同窓会ぃ? 何で知らない人と同窓会をやるんだよ……同窓会……いや、ちょっと待って……」
ジェイクは『同窓会』という言葉に反応し何かを思い出すように数秒唸った後、「あ!!」という大声を上げた。
「……そうだよ、昨日俺たち会っているよ! うわ、何か変な感じだな。あんたの事をはっきりと他人だと感じると同時に、昔からの知り合いのような懐かしい感じがして頭の中がぐるぐるしている」
「おかしいでしょ? おそらく、私たちは何者かに魔法をかけられて同窓会をやらされていたのよ」
「何それ? そんなことさせて何になんの?」
「今の所全くわからないわ。それを調べる為に、私はあの同窓会に参加していた人たちに話を聞こうと思って……」
「なるほどね、それで俺の所に」
「ええ、今大丈夫? あなた昨日、軍に所属しているって言ってたっけ? 今日の仕事は?」
「あ、ああ……今日はえっと、夜勤なんだよ」
「それでそんな寝起きの状態だったのね。ごめんなさい起こしてしまって」
「いいよ。それより今部屋ん中散らかっててさ、話をするならどっかでお茶しながらにしない?」
「ええ、構わないわ」
「よっしゃ、じゃあすぐ支度するからよ、下で待ってて!」
***
「──思ったんだけどさ。俺たち、何かの情報を盗まれたんじゃないかな?」
「情報?」
ジェイクは遅い朝食のサンドイッチにかぶりつき自分の推理を述べる。その向かいの席でロザリアはコーヒーを飲みつつ、彼の言葉に耳を傾けた。
「ああ。だってさ、お金や物を取られた形跡がないわけだろ?」
「そうね。でも、私とカレンを除けばみんな赤の他人なのよ。そんな人たちを集めて何の情報が得られるのよ」
「例えばさ……どこかで買い物をしていた時に何かの事件が起きていたわけよ。で、その場に偶然居合わせた俺らは無意識のうちに『重要な物』を見てしまってて、犯人はそれを覚えているか確認するためにあの店に集めた……みたいな感じ。どう!?」
「ちょっと回りくどいような気がする……それに、何で同窓会を装う必要があるの?」
「それは……何か、こう、楽しげな雰囲気にさせて油断を誘う、みたいな? 違うかな」
「……多分違うと思う。あの時、テーブルの上にテープレコーダーがあった気がするんだけど」
「えっと…………ああ、あったあった! 確か誰かが持ってきてたんだよな!」
「自分の犯行を覚えているか確認するために私達に同窓会をさせておいて、その記録をわざわざ残させる意味は無いんじゃないかしら?」
「そりゃそうだ……くそ、イイ線いってると思ったのになぁ」
「推理の方ははずれだと思うけど、あなたのおかげで重要な事を思い出せたわ」
「えっ、何? 俺、なんか言った?」
「テープレコーダーよ。そこに残っている私たちの会話に、きっとヒントが残されていると思う」
「あ、そっか! じゃあそれを探し出せばいいんだな? えっと、誰が持ってきてたんだっけ……」
「アタシよ」
「「え?」」
二人は声が聞こえた方に視線を向ける。そこには、テープレコーダーを手にした赤毛の女性と、銀髪ツインテールの女性の二人が立っていた。
「カレンじゃない! それとあなたは……アリス?」
「ええ、初めまして……って言うのも何か変な感じね」
「どうしてここに?」
「アタシが新聞記者なのは昨日話したよね? 今日の取材先がたまたまクレルモン=フェランの魔法研究所でね……そこでカレンさんの顔を見た瞬間、ぱっと頭の中が冴えてこの異変に気が付いたの。で、それをカレンさんに伝えたら彼女も一気に目が覚めて、どうしようかって二人で相談したの。ね?」
「ええ。その結果、まずはローザに会おうとして家を訪ねたのだけどお留守でしたの。それで、最近あなたはリヨンにあるマオさんのお店によく顔を出しているという話を思い出しまして……」
「マオちゃんのお店に行く途中だったのね」
「そこで偶然このカフェのテラス席にいるあなた達の姿を見つけて、現在に至る、ですわ」
「そうだったの……私は少し前に知り合いと話をしている時に異変に気が付いて、その後ある情報を基にジェイクの家を訪ねて今に至るって感じかな」
「何だよ、ある情報って?」
「細かい事はいいじゃない。で、どうする? とりあえずあなた達も飲み物でも注文してきたら?」
「いえ、それよりも……どうせだったら最後の一人に会いに行かない?」
「最後の一人って? どこにいるか知ってるの?」
「ええ、知っているわ」
アリスは得意げにそう言うと、手帳型の名刺ホルダーから一枚のショップカードを取り出す。それは、ヨエルが四人に配った紙袋の中に入っていた物だった。
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