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右目を隠した方のウェイトレスが主催者からの手紙を読み終えると、メニュー表を取り出しテーブルの上に置いた。
「本日はコースになっておりますので、順番に料理をお持ち致します。飲み物の方は飲み放題なので、そちらのメニューからご注文下さい。それ以外の料理、飲み物は別料金になります」
説明を終えた後、二人のウェイトレスは静かに退室した。
「えっと……どうしよっか? 色々言いたい事もあるけど、取り合えず乾杯?」
「そうですわね、では
「ちょっと待ちな! 乾杯の音頭なら俺がするぜ」
「別に構いませんけど……あなた、目立ちたがり屋な性格は今も変わっておりませんのね」
「いやそれは比定しないけどさ、ちゃんと理由があるんだよ。ほら!」
そう言ってジェイクはポケットから自分宛ての案内状を取り出しカレンに見せた。そこには『中心となり、明るく場を盛り上げて下さい』と記載されていた。
「へえ。ジェイクは何も提出していなかったけど、そういう注文を受けていたのね」
「ああ、俺は逆に『みんな何でそんな物を?』って思ってたよ。じゃあ、みんなグラスを持ったな? ゴホン! さて、皆様本日は」
「乾杯!」
「「「「乾杯!」」」
「おい!」
アリスの音頭でジェイク以外の三人はグラスを鳴らした。
「くそ、お前らきっちりお約束をこなしやがって……まあいいんだけどよ。でさ、早速なんだけさっきのあれ、どう思った?」
「さっきのあれって、主催者からのメッセージ?」
「ああ。なーんか胡散臭くなかったか?」
「そうかしら?」
アリスはスモークサーモンと玉ねぎのサラダを取り分けつつ自分の考えを述べる。
「アタシも最初は怪しいと思ってたけど、さっきの説明を聞いてある程度納得できたというか……まあ、そういう理由だったのかって感じで受け取ったけどね」
「僕も同じような感想だな」チーズをつまみつつヨエルが言う。「なるほどって思ったし……それに、普通の同窓会よりも面白そうだ」
「まあ、確かにな……お前らはどうだ?」
「私もお二方と同じような感想ですわ」
「私は……少しおかしいなって思ったかな」
ロザリアのその言葉に、ジェイクは「おっ!」と反応した。
「主催者はさっきの説明で、数日後に遠くに行ってしまうからどうしても今日同窓会を開きたかったって言ってたわ。でも、そんな風にどうしてもって言う割に自分は参加しなかったり名前を明かさないのはやっぱり変だと思う。たとえ余興の為であったとしてもね」
「だよなぁ! 俺もそんな感じ!」ジェイクはグラスのワイン一気にあおった。
「ただ単にひねくれた性格なだけとか?」
「そんな単純な……」
「いえ……あり得るかも知れませんわ。主催者はあえてひねくれた行動をとっているのかも」
「あえて? どういうこと?」
「そういう行動が余興のヒントになっているのかもしれませんわ。『そういえば、昔クラスの中にひねくれた性格の人がおりましたわよね』なんて風に考えると、候補をある程度絞ることが出来るでしょう?」
「そっか、さっきの説明にもヒントが含まれている可能性があるんだ。だからテープレコーダーを用意させたのね。後で聞き返せるように」
「持ってこさせた物が謎を解くヒントになるって言ってたもんな」
「私の説が当たっているかわかりませんけどね。それよりも、ローザはもっと気楽に考えたら? ペナルティも無いみたいですし、今日はせっかく集まったのだから楽しまなくては損ですわ」
「……それもそうね」
「じゃあ、余興の事はひとまず置いといてさ。みんなで近況報告をしない?」
「お、いいな! じゃあ言い出しっぺのアリスからな」
「いいわよ。じゃあどこから話そうかな……」
アリスは空になったグラスにワインを注ぎつつ思案を巡らす。
「アタシは小学校卒業後も、中、高、大ずっとクレルモン=フェランで……大学卒業後は新聞社に就職したわ」
「記者か……ああ、だからテープレコーダーを用意できたんだな」
「どんな記事を書いているの?」
「今社会部に所属していているんだけど、社会部の中でも警察担当や官庁担当みたいに色々分かれていて……アタシは遊軍って所にいるの」
「遊軍って?」
「普段は決まった取材先が無くて、その都度色んな所に取材に行く感じかな? 大きい事件が起きたら警察担当の人のサポートに回ったり、その時々の流行を追ったりとか」
「へえ、面白そうだね」
「結構な激務と聞いた事がありますけど、そうなのですか?」
「まぁね~大きな事件が起きたら深夜でも出社しないといけないし……でも、取材するのは好きだしやりがいは感じてるわ。そんな所で……次はジェイクね!」
「お、俺か」
ジェイクをはフライドポテトを頬張り、ワインを流し込んだ。グラスを空にして、飲み放題のメニューを眺めつつ話を始める。
「俺はそうだな……リヨンの高校を卒業した後、陸軍に入ったんだよ」
「へえ、すごいじゃない!」
「ちゃんと働いていたのね」
「ははは。その返し、予測してたっつーの」
「普段どんな事をしてるんだい?」
「車とか機材の整備だったり災害派遣だったり……まあ、大抵は訓練だな。地味だけど、有事に備えて色々やっているんだよ。てなわけで次、ヨエルな」
「僕か。僕は高校を卒業した後、リヨンにあるレストランで働いているよ」
「そうなんだ、どこのお店? 有名店?」
「どうだろう、そこそこな繁盛店だとは思うよ」
「やっぱり将来自分のお店を持つのが目標だったり?」
「いや、単純に料理が好きで始めただけで……将来の事はまだ考えていないんだ」
「そうなんだ。でもいいわよね、好きな事をやれるのは」
「ああ、おかげさまで毎日楽しいよ。じゃあ次はカレン……というか、二人まとめてかな?」
「そうだな。そのスーツ……仲が良くておそろいを着ているわけじゃないんだろ?」
「当たり前ですわ!」
カレンは憤慨しつつ、エビとアボカドのカナッペを一気に放り込みワインで流す。
「お察しの通り、私とローザはクレルモン=フェランにある魔法研究所で働いておりますの。私が研究課で、ローザがフィールドサービス課ね」
「研究課っていうのは何となく想像つくけど、フィールドサービスっていうのは?」
「簡単に言うと現場の仕事ね。魔法関係のトラブルが起きた所に出動して、それを解決、原因を調べてそのデータを研究課に送るって感じかな」
「面白そうね、今度取材させてよ!」
「ええ、いつでも歓迎よ……ざっとではあるけど、これで全員終わり?」
「そうだな、じゃあどうすっか」
「ねえ、あれって卒業アルバムでしょ?」
「ええ、私の案内状に持ってくるようにって書かれていたから……」
「それをみんなで見ながら思い出話をすれば主催者が誰なのかのヒントが得られそうじゃない?」
「ああ、いいわね……」
テーブルの中央に置かれていたアルバムを手に取った時、ロザリアは得体の知れない違和感に包まれ動きを止めた。その様子を見て四人は不思議に思った。
「どうかしまして?」
「……え? ああ。ふと、気になる事が頭をよぎった気がするんだけど……なんだろう、ぼーっとしちゃって思い出せないわ」
「なんだよ、もう酔いが回ったのか?」
「そんな事無いけど……まあ、いいわ。そのうち思い出すでしょ」
ロザリアはそう言って自分を納得させ、アルバムを開く。四人はロザリアの周りに椅子を寄せ、思い出話に花を咲かせた。
***
────時計の針が午後八時を指した頃。部屋にノックの音が響き渡り、右目を隠したウェイトレスが現れる。
「失礼します。申し訳ございません、そろそろ閉店時間となりまして」
「え、もう? 随分早いんだな。じゃあ会計を……」
「いえ、代金の方は既に頂いておりますので」
「え、そうなの? この中で払った奴は……いないよな。ってことは」
「まあ、主催者様でしょうね」
「ここまでされるとなんだか申し訳なさを通り越して少し不気味ですわ」
「これは何としても見つけ出して自分たちの料金を返さないとだね」
「でも、結局誰なのか分からず終いのままだったな」
「いいじゃない、期限はあと三日あるんだし」
後から入ってきた左目を隠したウェイトレスから外着を受け取りつつ、五人はだらだらと喋りながら帰り支度をする。それが終わると、ロザリア、カレン、アリス、ジェイクの四人は二人のウェイトレスから小さな紙袋を渡された。中には小さいビンが三つと保冷剤、小さなカードが入っている。
「何これ、おみやげ? でも何でヨエルには……」
「ああ。それ、うちの店で出してるプリンなんだ」
「わあ、美味しそう! 今日の為にわざわざ用意してくれたの?」
「いや、これが僕に出された注文なんだ。すぐに渡してしまうより、冷やしておいてもらって方が良いと思っていてね。正確にはこんな文章だけど」
そう言ってヨエルはコートの内ポケットから案内状を取り出した。そこには、『尚、お越しになられる際はお手数ではありますが現在働いているお店を紹介できるような物をご持参いただきたく存じます』と記載されていた。
「ふぅん、それも何かのヒントになるのよね」
「主催者はそこのお店で働いている人なのかな?」
「それだと流石に簡単すぎますわね」
「なんでもいいけどよ、取り合えず出ないか? お姉さんたち迷惑してるだろ」
「あっ! そうよね、ごめんなさい」
五人はいそいそと出口へ向かう。エントランスまで来ると二人のウェイトレスは「またのお越しをお待ちしております」と声を掛け、深々とお辞儀をした。二人に礼を言いつつ一行は店を出た。
「──さて、この後どうするよ?」ジェイクはタバコに火を付けつつ言う。
「まだ少し早いわよね。もう一件行く? 主催者を見つける為の『話し合い』もあまり進んでいないし」
「いいですわね、私も飲み足りないと思っていた所ですわ。ローザは?」
「うん……行こうかな」
「そうこなくっちゃ! ヨエルも来るよな?」
「ああ、もちろん」
「じゃあ、さっさと移動しようぜ。近くに良い店があるんd」
その時。リュミエールの照明が全て消え、辺りが暗闇に包まれる。
五人はピタリと会話と動きを止め、その場に立ち尽くす。そうして数秒経った後、虚ろな目でそれぞれの家へ向け歩き出し、夜の街へと消えていった。
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