フラワーショップでの用事を済ませた二人は、同窓会の会場になっているレストランへ行くために夜のクレルモン=フェランを歩いていく。黒ずんだ建物が多く並ぶこの街は、夜になるとより一層暗く、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。クレルモン=フェラン大聖堂の近くにあるドセ通りに着くと、ロザリアは足を止めた。


「えーっと、ドセ通りからレストラン街へ向かって……あれ、今どの道を歩いているんだっけ?」

「あなたまさか、迷ったの?」

「迷ったって程じゃないけど、ここら辺少し入り組んでるから……えっと……」

「もう、地図を見せなさい」


 花束を抱え両手がふさがっているカレンの目の前に、ロザリアは持っていた案内状の地図を広げて見せた。それに対し、カレンは花を抱えながら指をさした。


「しっかりしなさいよね。今、ここでしょ? ……あら、ここだっけ?」

「大口叩いておいて、あんたも人の事言えないじゃない」

「う、うるさいですわね! ええと……」


 カレンは再度広げられた地図を注視する。しかし、何度確認しても自分たちの位置がわからなかった。それはロザリアも同様で、上手く頭が働かず一向に自分たちの居場所を特定できずにいた。そんな状況に対し何かおかしいと感じ始めたころ、ロザリアは視界の隅に一人の女性をとらえた。


「……あれ、待って。もしかしてあそこじゃない? ほら、今あそこに入ろうとしているクリーム色のコートの女の人の……」

「え……ああ、そうですわそうですわ! あの道ですわ!」


 ロザリアは案内状をバッグにしまい小走りで女性がいた場所へ駆けていき、カレンもそれに続く。その先は、ぎりぎり二人並んで歩けるぐらいの狭い路地裏が続いていた。一層暗く、所々にゴミや割れたビンの破片が散乱していたりと、危険で怪しい雰囲気を放っている。しかし二人は、何の迷いもなくその路地裏へと入っていった。

 入り組んだ路地裏を二人は一言も発さず、虚ろな目で進み続ける。そんな風に5分程歩くと、明るく少し開けた場所にたどり着いた。そこには一軒の店があり、入り口の近くに置かれている小さな看板には『Lumière』という文字が並んでいる。辺りを照らしていたのはその店のから漏れている照明の光だった。二人はその光を浴び、意識を取り戻した。


「────あれ、いつの間に……もしかして、このお店?」

「ええ。リュミエール……案内状にあるお店の名前ですわ。あら、あの女性は……」


 カレンが反応した女性は、先程見かけたクリーム色のコートを着た人物であった。赤毛の髪をローシニヨンでまとめたその女性は、手に持った紙と店の看板を見比べている。「もしかして同窓会の参加者かも」と、二人はその女性へと声を掛けた。


「あの、すみません」

「…………あれ、もしかしてロザリア?」

「…………アリス? アリスでしょ!? 久しぶりね!」

「うん、久しぶり! 小学校卒業以来かな?」

「そうね。ほらカレン、アリスよ。アリス・シーバー。憶えてる?」

「もちろん。お久しぶりですわ」

「ええ、久しぶり……あなた達今でも仲がいいのね」アリスは笑いながら言った。

「そんなことないわ。卒業以来ずっと別だったんだけど、たまたま今の職場で一緒になっただけで」

「そうですわ! それに、昔も仲が良くなんか……」

「おい、店の前で騒ぐなよ」


 三人で盛り上がっている所に一人の男が声を掛けてくる。その男は黒のレザーブルゾンとパンツ、サイドを刈り上げたアップバングの髪型で、なんとなく『遊び慣れている』雰囲気を纏っていた。


「あ、すみません……とりあえずお店は入ろうか」

「そうね」

「おう、わかりゃいいんだよ……じゃなくてさ! 俺だよ、俺!」

「…………どちら様?」

「下手なナンパですわね。行きましょう」

「えぇ、嘘だろ……それ、マジな反応?」


 男ががっくりと肩を落として沈んでいるの見て、三人はくすくすと笑いながら声を掛けてあげた。


「冗談よ。あなたジェイクでしょ? ジェイク・アンダーソン」

「なんだよ、驚かせるなよ! そうだよな、こんなイケメン忘れるはずないよな」

「その軽薄で自信過剰な態度、変わっておりませんわね」

「お前の毒舌もな、カレン……まあいいや、冷えてきたし早く入ろうぜ」


 四人は扉を開け店の中へと入り込む。小さなエントランスの先は15メートル程の廊下が続いており、その先に豪華な扉が一つ。その扉までの両側に扉が二つずつ、計五つの部屋があった。妙な間取りに四人は戸惑っていると、左側手前の扉が開きエプロンドレスに身を包んだ二人の女性が現れる。二人は双子なのか、同じ顔つきに同じ服、同じ黒いロングウェーブの髪型をしている。唯一違ったのは前髪で、一人は前髪で右目を隠し、もう片方は左目を隠していた。


「いらっしゃませ、本日はどのようなご用件でしょうか」

「えっと、同窓会の誘いを受けて来たのだけれど……」


 そう言ってロザリアは案内状を右目を隠した方の女性に見せた。


「はい、お待ちしておりました。お召し物をお預かりいたします。それと、案内状で注文を受け、それぞれお持ちになられた物もお預かりいたします」


 四人は外着を右目を隠した方の女性にあずけ、それぞれ持ってきたものを左目を隠した女性に預けた。ロザリアとカレンはアルバムと花束、アリスは押しボタンがいくつか付いた、小さめの弁当箱程の大きさの機械を手渡す。


「アリスの渡したあれ、何だ?」

「テープレコーダーよ」

「テープレコーダー? 何だってそんな物を」

「知らないわよ、案内状に書いてあったの。ほら」

「ほんとだ……っていうかよく持ってたな。それとも、わざわざ買ったのか?」

「職業柄ちょっとね」

「職業柄って……何の仕事だよ」

「それは後で教えるわ、お互いの近況を話し合ったりするでしょ?」

「それもそうだな。お姉さん、俺らの部屋どこ? あの豪華な扉の部屋?」

「どうぞこちらへ……」


 四人はエントランスから見て右側手前の部屋へと案内される。中は五メートル四方程の部屋になっており、中心に丸いテーブルと五つの椅子が置かれていた。その椅子の内の一つに、栗色ナチュラルマッシュのヘアースタイルをした男が座って手帳を眺めている。


「あ、えーっと」

「やあ、みんな久しぶり…………あれ、もしかしてわからない?」

「えっと、ほら……カレン!」

「ちょっと、私に振らないで下さる!?」

「はは。まあ、僕は目立たなかったからね」男は苦笑した。

「おいおいお前ら正気か? ヨエルだろ? ヨエル・クラーク」

「…………あ! そっか、ヨエル君か!」

「良かった、もしかしたら誰も憶えていないんじゃないかって思っていたんだ」

「んなわけねえじゃん! たかが三十人ちょっとのクラスでよ……っていうかさ、椅子が五つしかないんだけど。もしかしてこれで全員なのか?」

「そういえばそうね……最低でもクラスの半分くらいは集まると思ってたわ」

「だろ? 俺も同窓会ってもっと大勢でわいわいやるもんだと思ってた。もしかしてこれ、待合室か何かなのか?」

「よっぽど皆さんの都合が合わなかったのかしら……」

「だったら日を改めたりするんじゃないかなぁ」


 そんな会話をしていると、部屋にノックの音が響き扉が開く。アルバムや花等のそれぞれが持ってきた物と、前菜やワインを乗せたカートを先程のウェイトレスらしき二人の女性が運んできた。


「皆様、お待たせいたしました。これより料理の方を……」

「ちょっとお姉さん、聞きたいことがあんだけど!」

「如何なさいました?」右目を隠した方の女性が答える。

「この同窓会について色々聞きたいんだけど……えっと……あ、そうだ! 幹事って誰になってる? ヨエルじゃないよな? 一番乗りしてたけど」

「ああ、僕じゃないよ」

「幹事の方ですか。その方は本日は来られないそうです」

「……は?」


 ウェイトレスの言葉に、一同はざわついた。


「おいおい、何かおかしくねぇか? これ本当に俺らの同窓会?」

「お店の名前は案内状にあった通りでしたけど……」

「それにウェイトレスさん達にはちゃんと話が通ってるみたいよ」

「けどさぁ…………その来れない幹事の名前、教えてよ」

「それにつきましてはお答えすることが出来ません」

「ほらな、やっぱりおかしいぜ! 変な物を持ってこさせるわ、幹事は来ないわ、名前は明かさないわ……」

「ジェイク、落ち着きなさいよ。あの、何故答えることが出来ないんですか?」

「それにつきましては後ほど説明がございますので、もうしばらくお待ちください」

「……だってさ。確かに少し変だけど、とりあえず様子を見ましょうよ」

「チッ、大丈夫かよ……」


 ロザリアは落ち着かせるようにそう声を掛けると、ジェイクは渋々と自分の席に着いた。全員が席に着いたことを確認した後、二人のウェイトレスは料理とワイングラスを並べていき、最後にテーブルの中央にカレンが持ってきたピンク色のチューリップを生けた花瓶とアリスのテープレコーダーを置き、録音ボタンを押した。


「まず初めに、今回の主催者様からのメッセージをお伝えいたします」


 そういって右目を隠した方のウェイトレスは手紙を取り出し、それを読み上げる。


『皆様、本日はお忙しい中集まり頂き誠にありがとうございます。この手紙が読まれる頃いくつかの疑問が浮かんでいる事と思われますので、それらについて説明させていただきます』


『まず一つ目、何故このような少人数なのか? それは、どうしてもこの日程に同窓会を開きたかったからです。私事ではございますが、あと数日で遠く離れた所へ行かなくてはならないのです。その前にどうしても同窓会を開きたかったので、日程を優先させていただきました。その結果、本日予定が空いていたのが今そこにいる五名(全員来てくれているのならば)というわけなのです』


「なるほどな、そういう理由だったのか」

「でもおかしくありません? そうまでして同窓会をやりたいという割には当の本人は今日来ないのでしょう?」

「それはこの後説明してくれるんじゃないかな?」

「そうよ、とりあえず聞いてみましょう」

「……よろしいですか? では続きを」


『二つ目、何故私は姿を現さないのか? それはとある余興を行うためです。その余興とは、「私は誰なのか?」という事を皆さんに当ててもらうというゲームです。期限を今日から三日後までとし、見事私の家までたどり着くことが出来ればクリアーとなります。簡単ではございませんが、それに見合うだけの豪華賞品をお渡ししたいと考えております』


『三つ目、何故花やアルバムを持ってこさせたのか? それは先程お話しした余興に使用する為です。それらは一見すると何の関係も無い物のように思えますが、私を探し出すためのヒントとなっておりますので、是非ご活用下さい』


『尚、この手紙に書いてある以上の事はこのお店の方にはお伝えしていないので、質問をしても何のヒントも得られません。また、この余興は強制では無く、達成できなかったとしても皆様には何のペナルティもございません。あくまで余興としてお楽しみいただければと思っております。本日は短い時間の上、妙な形式での同窓会ではありますが、楽しんでいただければ幸いです』


「以上が主催者様からのメッセージとなります」

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