注文の多い同窓会

 クレルモン=フェランにある魔法研究所。

 その建物の二階にあがってすぐの部屋が、ロザリアが在籍しているフィールドサービス課の事務室となっていた。


 部屋の両側にはスチール製の書庫やバインダーが並べられた棚が隙間なく並べられており、中央には向かい合わせの事務机が3組、つまり計6台の机が設置されている。窓を背にし、6台の机をよく観察できるように少し離れた位置にある机は課長の机だ。 

 そんな6台の机のうち部屋の入口に一番近い、一番下っ端の席にロザリアは座っていた。現場での仕事を終え一番下っ端の仕事である提出済みの報告書のチェックを行っていたのだが、集中力はすぐに途切れてしまい何度もぼうっと宙を眺め仕事は全く捗っていなかった。


「────おい、おいっ! ロザリアちゃん、聞いてるか?」

「……えっ!? あっ、はい! なんでしょうリナ先輩?」


 そんな半分放心状態だったロザリアに対し、向かいの席に座っていた先輩のリナ・ブレアが声を掛けた。明るいブラウンのソバージュボブにすらっとしたスレンダーな体型、口にはタバコを咥えている。彼女はそのタバコに火をつけ煙を吐き出し、指をぱちんと鳴らす。そうすると頭上に溜まった煙は窓の方へ伸びていき、窓がひとりでに開き煙を外へと排出する。


「今日の分の報告書のチェックは終わった? って聞いたんだけど」

「あ、はい、報告書ですね。えーっと、まだ……」

「おいおい、今日の現場は少なかったはずだろ。報告書に何か不備でも?」

「そういう訳ではないのですけど……すみません、集中出来ていませんでした」

「……まあ、別に責めようと思って言っているわけではないんだ。君、そんな雑務さっさと終わらせてとっとと帰りなよ」

「いえ、そういうわけには。これが終わったら明日の準備をします」

「いや、そうじゃなくてだね。今日は確か」

「失礼いたしますわ!」


 リナが何かを言おうとした時、突如現れたかん高い声の女性によってそれは遮られた。ロザリアは聞いただけでその声の主が分かったので、振り向かずに溜息を一つついた。


「おや、カレンちゃんじゃないか」

「ブレア先輩、ご無沙汰いたしておりますわ。最近は如何お過ごしでして?」

「順調さ。私の優秀な部下である君が異動になって楽が出来なくなると思ってたけど、代わりに来たロザリアちゃんも優秀だったからね。おかげで私は相変わらず楽をさせてもらっているよ」

「まあ、そうでしたか。やっぱりローザにはフィールドサービス課の仕事の方が合っているのね」

「うるさいわね。あんた、何しに来たのよ」

「はあ? あなた、今何時だと思っているの?」

「何時って午後六時を過ぎた辺り…………あっ」

「君、今日は同窓会があるから六時にはあがらせて欲しいって朝言ってただろう? だから私はとっとと帰れって言ってたのに」

「エントランスで待ち合わせのはずでしたのにあなたが一向に現れないからこうして来てみれば……」

「ごめんごめん、うっかりしてたわ。すぐに終わらせるからちょっと待ってて」

「ああ、いいよいいよ。そんなの私がやっておくからさ」

「でも……」

「いいいから。それと、ロザリアちゃんは明日休みね。先週の休日出勤の振り替え休日。明日は金曜だから、土、日曜と合わせて三連休だな」

「それは先日消化しましたよ」

「ん、そうだっけ? じゃあ有給でもなんでもいいよ。とにかく休みだ」

「あの、何でそんなに……」

「あなたねぇ、そんな呆けた状態で仕事をしていたんじゃ周りに迷惑かけまくるでしょう? ブレア先輩はそれが迷惑だって言っているのよ。ごらんなさい、あの吸い殻の山を。きっとストレスで喫煙量が何倍にも膨れ上がってしまったのね。可哀そうに、次の健康診断は間違いなく引っかかりますわ」

「や、これはいつも通りの量だけど」


 最近仕事に集中できていない事をロザリア自身も自覚していた。今日だけではなく、今週は毎日のようにいくつかの小さなミスを起こしている。なので、いつもならカレンの軽口に反論するところなのだが、ロザリアは素直に受け入れる事にした。


「すみませんでした。お休みの間でしっかりと調子を戻しておきます」

「まあそう気張らずにさ。今日の同窓会もしっかりと楽しんでリフレッシュしてきなよ。カレンちゃん、この子を頼んだよ」

「お任せください。さあ、行きますわよ! 急がないと始まってしまいますわ」

「ちょっと待ってよ!」ロザリアは手早く机の上を片付けた。「すみません、お先に失礼します」

「ああ、係長には私から言っておくから楽しんでおいで」


 ばたばたとしながら部屋を出ていく二人を見送った後、リナは新しいタバコに火を付けつつ部屋の隅に設けられた休憩スペースに移動した。そこでコーヒーを淹れる準備をしつつ思考を巡らせる。


(事件から十日くらいじゃ気持ちは切り替えるのは難しいか。無理もない、大学の恩師が妻に殺害されるなんて事件に巻き込まれたんだもんな)


 そんな考えを巡らせていると、扉が開いて一人の男が大きな欠伸をしながら部屋に入ってくる。中肉中背で髪型は軽くパーマのかかったセンターパート、丸眼鏡を掛け顔つきは柔和で、『優しそうな上司』という雰囲気を醸し出していた。


「あら、エイベル係長。お疲れ様です」

「ああ、お疲れさん……お、コーヒーかい? 僕にも頼むよ」


 そう言いつつエイベルは休憩スペースにあるソファーに腰を掛け、持っていた書類の束をローテーブルへどさっと放り投げる。その後ネクタイを緩めつつタバコに火をつけた。


「お疲れの様ですけど会議で何かあったんですか?」

「いや、別に? 退屈で眠かっただけ。ああ、そういえば来る途中バーナード君とすれ違ったよ。彼女、まだ元気無さそうだったね」

「ええ……例の事件の被害者とは仲が良かったみたいですから」

「お察しするよ。しかし、例の事件の話を聞いた時はびっくりしたな。あのピーター・クラビスが殺されただなんて……魔法工学会は大混乱だったろうな」

「クラビス家は魔法工学の中心的存在でしたからね……これをきっかけに魔法派、科学派それぞれの過激派が衝突するなんて可能性はあると思いますか?」

「どうだろう、あり得ない話ではないと思うけど。まあなんにせよ、今僕らがすべき事は彼らの動向を調査するのではなく、部下のメンタルケアだな」

「はい。ということでロザリアちゃんは明日休みにしたんですけど、よろしいですね?」

「ああ、構わないよ」


 リナは淹れたてのコーヒーをエイベルに差し出すと対面のソファーに腰を掛ける。その後二人は紫煙をくゆらせつつ、しばしの間それぞれの思いを巡らせた。




「────ちょっと、どこへ行くの? 同窓会のお店は違う方向じゃない」

「わかっていますわ。会場へ行く前にわたくし、この先にあるフラワーショップに用事がありますの」

「どうして花屋に?」

「同窓会の案内状に書いてあったのよ。『尚、お越しになられる際はお手数ではありますが赤かピンクのチューリップの花をご持参いただきたく存じます』ってね」

「何でチューリップの花を? しかも色まで指定して……」

「知りませんわよ、そんなこと。ねえ、同窓会ってこんな風に幹事の方から色々と注文をつけられるものなの?」

「さあ、あんまり聞いたことないけど……でも、同窓会って初めてだから違うとは言い切れないわ。もしかしたらそういうものなのかもね。ほら、私も」


 そういってロザリアは肩に掛けていたトートバッグから案内状と一冊のアルバムを取り出す。その案内状には『尚、お越しになられる際はお手数ではありますが卒業アルバムをご持参いただきたく存じます』と書かれていた。


「でもさ、今の時期チューリップなんて売っているの? 旬は春頃じゃなかったっけ?」

「ご心配なく、ここはエインズフール家御用達のお店でしてね」カレンは店に入りつつ言った。

「おばさま。お久しぶりでございますわ」

「ああ、お嬢様……お話しいただいていたお花は用意できていますよ」

「ありがとうございます。ですが……一種類だけじゃ寂しいですわね。チューリップの他に何種類か見繕って花束にして下さる?」

「かしこまりました」


 カレンが花を用意してもらっている間、ロザリアは花屋の前で案内状に記載されてい会場の位置を確認しようとする。そこでふと、いくつかの疑問が沸き上がってきた。


(……どういうわけか今まで気にならなかったけど、そういえばこの案内状には幹事の名前が書いていないわ。カレン以外に誰が来るのかも全く分からない……それによく見ると、『卒業アルバムを持ってきて欲しい』としか書かれていない。それなのに……



「──ちょっと、ねえ! どうしたの?」

「……え?」

「どうかなさいまして? ぼーっとして。具合でも悪いのかしら?」

「ううん、別に……ちょっと気になった事が」

「なんですの?」

「…………あれ、なんだっけ」

「あなた、本当に大丈夫? 今日はやめておいた方がよろしいんじゃなくて?」

「大丈夫よ、体の調子が悪いとかじゃなくて……多分、たいして重要な事では無かったと思う。そのうち思い出すわ、さあ行きましょ」

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