8
サンドリッジ警部とウィンター刑事が関係者を集める為に出ていき、部屋の中にはマオとカレンの二人だけになった。マオは中央のソファーに腰を掛けぼうっと宙を眺めている。
「……あの、一つ聞いてもよろしい?」
「なんでしょうか」
「さっき言っていた『思いついたこと』っていうのは、やっぱりこの事件の犯人が分かったってことなのかしら?」
そんなカレンの問いに対してマオは「はい、まあ、そうですね」と、歯切れの悪い返事をした。
「はっきりしませんわね。何か気になる事でも?」
「私も一つ聞きたいことがあるんですが」
「なんです?」
「今回の関係者はみんな魔法使いとの事ですが、どれくらいのレベルの人たちが集まっているのですか?」
「はぁ……どのくらいのレベルと申しますと?」
「例えば、戦闘に長けた人というのはどのくらいいますか?」
「戦闘タイプの人ですか……あまりいらっしゃらないのでは? 大学生がお二人、お手伝いさんがお二人、研究職と事務職の方が一人づつ……この方たちは違うでしょうね。ローランさんは昔レスキュー隊に所属していたらしいので動ける方なのではないでしょうか。アンナ夫人は関係者の中で一番魔力を持っていますが戦闘の方はどうでしょうね……」
「ロザリアは?」
「まあまあね。
「そうですか……ちなみにあなたはその中でどのくらいの位置?」
「もちろん一番です! 全員に勝てる自信がありますわ、それはもうバリバリと……詳しくお聞かせしましょうか?」
「いえ別に」
「そこは聞きなさいよ」
二人がそんな話をしている時、「ああ、すみませんお待たせしました」とウィンター刑事がやってきた。
「関係者全員、広間に集まってもらいました」
「ありがとうございます、では行きましょうか」
「ええ……」
マオはクラビスの部屋を出ていく。そんな彼女にカレンは、「なんだか得体のしれない子だけれども、取り合えずお手並み拝見とまいりましょう」と考えつつ後に続いた。
***
──広間では、昨夜食事会に使われていた大きなテーブルに関係者全員が座っていた。そのテーブルから2メートルほど離れた位置に、サンドリッジ警部は腕組みをして立っている。
「お二人をお連れしました」
「おお、来たか。みなさん、お待たせいたしました。こちらの方は今回の捜査の協力者であるマオ・ドーソンさんです。事件に関して思いついた事があるそうなのでこうして皆さんに集まっていただきました」
「どうも」
「では早速……」
サンドリッジ警部が話を進めようとした時、アンナが「あの、すみません」と言いつつ手を挙げた。
「どうかしましたか?」
「事件に関して思いついた事と言っていましたけれども、それはつまり……夫を殺した犯人が分かったという事なんでしょうか?」
「えーっと……どうなんだね?」
「はい、そうですね」
「そうですか……」
それを聞いたアンナは、胸のあたりを押さえ呼吸が荒くなっていった。
「大丈夫ですか!?」
「すみません、まさかこんなにも急にお話が進むなんて思わなくて」
「お察しします。何せご自分の夫を殺した犯人がこれから判明するわけですからな。一旦横になりますか?」
「大丈夫です、続けて下さい。ローラン、紅茶をお願い」
そう指示されたローランは、保温カバーに包まれたポットから紅茶を注いだ。
「……では、始めましょうか。ドーソン君、頼む」
「まず、この事件のポイントは二つあります。一つはクラビスさんが殺されたと思われる時間、全員にアリバイがあるということ。もうひとつは殺害現場の扉には鍵が掛かっていたということです」
「ここにいる全員にアリバイがあるっていうのなら外部の人間が犯人ってことなんじゃないっすか?」
エリックが意見を投げかけた。態度に出さないようにしているが、声のトーンから疑われていることに対する不満が伝わってくる。
「そうですね。しかし外部の人間が犯人だと考えた場合おかしな点がいくつか出てきます。一刻も早く逃げ出さないといけないにも関わらずわざわざ部屋に鍵を掛けていること、なぜこんなに多くの来客がある日に殺害を実行したのか、等ですね」
「そうなんだ、我々もそこから捜査が行き詰っていてね。ドーソン君はそれに関してどう考えているのだね?」
「私はまず、犯人は一人ではなく複数なのでは? と考えてみました。犯行当時皆さんは三つグループに分かれており、それぞれでアリバイを証明しあっています。しかし、そのグループ内で口裏を合わせれば偽のアリバイを作ることが出来ます」
「そんなことしませんよ!」エリックがいきり立って反論した。
「ええ、私もすぐにその説は違うと思いました。複数人で犯行可能だというのならば、もっと上手くやれたと思います。今回の様な、自分たちが疑われるような日をわざわざ選ぶメリットがありません。突発的な思いつきの犯行という可能性もありますが、その場合証拠が残ってなさすぎるのが気になりますね」
「しかしそうなると一体誰が……」
「そこで、私はもう一つ思いついた事があります。ただ、その前に一つおさらいしたい事がありまして……」
「なんだね?」
「皆さんは、建物がダンジョン化する過程をご存じですか?」
予想外のマオの言葉に全員が戸惑い、部屋の中がかすかにざわついた。
「えっと……」
「せっかくなので簡単にご説明します。まず、何らかの理由によって建物に魔力が集まることがダンジョン化の始まりです。その魔力が特定の『物』に集まり、それがダンジョンのヌシになります。そうやって誕生したヌシはさらに魔力を集め続け、自身を守るために鍵が掛かったヌシ部屋を作ります。そうやってダンジョン化が完了するわけですね」
「それは今回の事件に何か関係あるのかね?」
「これからするお話に深く関係しています。結論から申し上げますと……」
そこまで言うと、マオはある人物の様子をさりげなく観察した。
「どうかしたのかね?」
「……いえ、なんでもありません。結論から申し上げますと、今回クラビスさんを殺害した犯人、それはクラビスさん自身です」
「…………えーとそれはつまり、自殺という事なのかね? 確かにそれだと、鍵の問題やアリバイの問題は一気に解決するが」
「それは無いと思いますよ。昨日の先生の様子からそんな雰囲気は全然……ですよね?」
「そうね、何かに悩んでいるようには見えませんでした」
クラビス自殺説に対してエリックやモニカが反論する。それがきっかけとなり、広間内はざわめき出した。
「みなさんお静かに! えーと……奥様、いかかですか? 最近のピーター氏を見て何か気になるようなことは」
「特に無かったとように思います……ローランはあの人から何か聞いたり、相談を受けるようなことはあったのかしら?」
「いいえ、私の方も特に。最近新たに企業との共同研究が始まると言って喜んでおられましたし、自ら命を絶つようにはとても……」
「みなさんはこう言ってるのだが、それでもドーソン君は自殺だと思うのかね?」
「いいえ、思いません」
「は? いや、だって君はさっき」
「自殺したとは一言も言っていません」
「そりゃ、確かにそうだが……」
「昨夜の午後八時頃、食事会を途中で抜け出したクラビスさんは自分の部屋に戻って仕事をしていたそうですね。そして九時半過ぎに遺体となって発見された。その間、何が起こったのか私の考えを言わせていただきます」
ざわついていた広間内は水を打ったように静まり返り、マオへと視線が集まる。
「部屋に戻ったクラビスさんは『ある事』をしながら仕事をしていたと考えられます。それは『エリクシルを飲んでいた事』と、『ブリキの人形を手にしていた事』ですね」
「確かに、それらは死亡したクラビス氏の周りに落ちていたな」
「ブリキ人形の手入れをしていたのか、ただ単純に眺めていたのかわかりませんが、クラビスさんはその時誤ってエリクシルをブリキ人形にこぼしてしまったとのだと思います。人形と机の上にエリクシルが飛散していたのはそのためですね」
「ほう」
「そしてこぼしてしまったエリクシルを拭きとった後人形を棚に戻し、クラビスさんは殺されたと私は考えました」
「いや、殺されたって、おかしいだろ……犯人は何時現れたんだね犯人は」
「あっ、まさか……!」
何かに気が付いたカレンが、半信半疑のままそれを言葉にする。
「クラビスさんを殺したのは…………そのブリキ人形?」
「おいおいおい、そんな馬鹿な話が」
「そうです」
「そんな馬鹿な!」
予想だにしなかった犯人の名前が挙がり、広間の中は再びざわめきに包まれた。
「お静かに! ええと、犯人がその人形に何らかの細工を施して、殺害を実行した、という事かね?」
「……違います。人形が犯人です。正確には『ヌシ化した人形』ですね」
「ヌシ化……? いやいや、それこそおかしいだろう。だってここはダンジョンではないんだぞ」
「ダンジョンだったんですよ。クラビスさんが殺害される数分の間」
「私はダンジョンに詳しくないのだが、そんな簡単に建物はダンジョン化するのかね?」
「普通はしません。ダンジョン化する過程の中の『ある出来事』をクラビスさん本人がやってしまったので、この屋敷はダンジョンとなり、ブリキ人形はヌシになってしまったんです。それに加えて、件のブリキ人形はダンジョンの中で生まれた材料で作られているので、よりヌシになりやすかったのでしょうね」
「ある出来事?」
「『人形にエリクシルをこぼしてしまった』ということですわね。エリクシルには多くの魔力が含まれています。それを人形にこぼすということは、『人形に魔力が集まる』ということですわ」
「ははあ、なるほどな……」
「人形を棚に戻してからしばらくした後、クラビスさんは背後からヌシ化した人形に襲われた。なんとか抵抗しヌシ人形を握りつぶしはしたものの、その後息絶えてしまったのだと考えられます。殺害に使用されたナイフは、元々人形が持っていた装飾用の剣がヌシ化の際にナイフ化したものだと考えられます」
「なるほど、人形にとっては両手剣ほどの大きさの剣も、人間にとってはナイフみたいなものだからな」
「部屋に鍵が掛かっていたのは、その部屋が『ヌシ部屋』になったからだと考えられます」
「うーむ、正直話の筋が通っているのかどうかよくわからんのだが……その説を裏付ける証拠は何かあるのかね?」
「あります。ウィンター刑事、ナイフの写真を警部に」
「了解っす」
ウィンター刑事は鞄に入れていた捜査資料の中から写真を数枚取り出し、サンドリッジ警部に手渡した。
「ナイフが大きく写っている写真の、柄の部分をよく見て下さい。血が小さく途切れている部分が二カ所ありませんか?」
「ああ、あるな」
「その二つは人形がナイフを握っていた跡だと思われます。ナイフを握っていたのが人間なら、もっと大きく血が途切れるはずですからそんな跡は付きません。現場にあった壊れたブリキ人形の手と、その途切れている部分を確認してみてください。おそらくぴったりと一致するはずです。……ということで、今回の事件はクラビスさんの手違いによって起きてしまった事故である。そう私は考えました……以上です」
「………………」
予想外な事件の真相に、関係者一同はあっけに取られていた。そんな中、信じられないという思いを抱えつつもサンドリッジ警部は周りの警官に指示を出し始める。
「……よし、再現実験で実際に人形をヌシ化できるか確認だ! ウィンター刑事は実験の手配を、残りは手分けして書類の作成だ。では、みなさん順番にお呼びしますので──」
事件が解決して緊張の糸が緩み、広間は一気にばたばたと騒がしくなった。そんな中部屋の隅に置いてある灰皿を見つけ一服をしようとしていたマオだったが、誰かが近づいて来る気配を感じ手を止める。
「ロザリア……」
「マオちゃん、ありがとう」
そう言ってロザリアはマオの手を両手で握る。
「別に気にしないで。それよりもケーキの件、忘れな……」
そう言いかけたところで、マオはロザリアが顔を伏せつつ嗚咽を漏らし、手は小刻みに震えている事に気が付いた。
そんな彼女に対し、マオは黙って手を強く握り返した。
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