その骨董品店の棚に並べられている商品の殆どは、不気味な雰囲気を醸し出している。サンドリッジ警部は棚に並べてある食器や置物を眺めていった。そのうちの一つ、磁器の顔にガラスの瞳、金髪縦ロールでドレスを着た人形に目を止める。なかなか良く出来ているなと眺めていると、急にその人形の瞳がぎょろっと警部の方を向いた。


「うおっ!!」

「どうかしました?」

「いや、何でもない……くそっ、ダンジョンで仕入れた物だな……」

「警部、相変わらず反応ありません」

「もう一回鳴らしてみろ」


 そう言われて、ウィンター刑事はカウンターの呼び出しベルをチーン、と鳴らし「すみませーん!」と奥へと声を掛けてみる。しかし、誰かが出てくる気配はおろか、物音一つしなかった。


「留守なんですかね?」

「しかしこうして店は開いているしな」


 二人は以前ギルバートから貰った名刺を頼りに、リヨンにある彼らの拠点を訪ねていた。その建物には、『antique shop』という何のひねりもない店名が記された看板が掲げられている。入口の扉には、「ダンジョンに関する相談も受け付けております」と書かれたボロボロの紙が貼られていた。


「店番はいないし、商品は怪しい物ばかりだし、店の名前は適当だし、何を考えているんだあいつらは……」

「どうします? 辺りを探してきましょうか?」

「いや、そのうち来るだろ」


 そういってサンドリッジ警部はカウンターすぐそばにあるソファーにどかっと腰を下ろす。それを見て、ローテーブルを挟んだ向かい側のソファーにウィンター刑事も腰を下ろした。


「なんだが不思議な二人組でしたけど、店も不思議ですね」

「ああ、全くもってな」

「今回の事件はダンジョンとは無関係ですけど、果たしてあの二人に解くことは出来るでしょうか?」

「わからんよ。しかし、完全に行き詰ってしまっているこの状況を打破する為には色んな事をやってみるしか……」


 そんな話をしているとカランカランという鐘の音ともに扉が開き、誰かが店の中に入ってくる。その男は二人が探し求めていた人物だった。


「……おお、やっと来たか!」

「いらっしゃい……あれ、なんだ、警部さんじゃないですか」

「久しぶりだね、ブラウン君」

「どうしたんですか、またダンジョン絡みの事件でも?」

「ダンジョンで起きた事件ではないんだが、ドーソン君の力を借りたくてね。彼女はいないのかい?」

「いえ、いるはずですよ」


 そう言ってギルバートはカウンターの呼び出しベルをヂーン! ヂーン! と乱暴に鳴らした。


「こんなので大丈夫なのかねこの店は……」

「まあ、不思議とやれています。こんな胡散臭い店には強盗も近づかないんですかね? ああ、来たみたいです」


 爆発でも起きたかのようなぼさぼさ頭のマオが、いつにも増して気怠そうな目つきで店の奥からのろのろとやってきた。


「僕は出かけるから店番頼むって言っただろ……まあいいや。警部さんが君に用事があるってさ」

「久しぶりだね」

「…………どうも」

「突然で申し訳ないんだが今回もある事件に関して君の力を借りたくて来たのだが……えーっと、話を始めさせてもらってもいいかね?」

「どうぞ……」


 あくびをしながらカウンターの席の後ろにある安楽椅子に掛けつつ、マオは煙草に火をつけた。前回殺人事件を見事解決に導いた人物とはとても思えないな、と不安になりつつもサンドリッジ警部は話を切り出す。


「今回協力して欲しい事件は、とある魔法使いが自宅で殺された事件なんだが……容疑者全員が魔法使いという事もありなかなか思うように捜査が進まなくてね」

「あれ、そういう魔法絡みの事件ってローザが協力してくれるんじゃないんですか?」

「彼女は事件の容疑者の一人なんだよ」

「なんと……それじゃあ、今回は魔法研究所のヘルプ無しで?」

「いや、代わりの人物を寄こして貰ったよ。その人も中々優秀そうではあるんだが……如何せん光明がみえてこなくてね」

「大変ですね……マオ、どうする?」

「……私は魔法の知識はないんですけど」

「そうらしいね……でも今はとにかく、どんな小さな糸口でもいいから見つけたいんだ。君の力を貸してくれないか。バーナード君も、恩師が殺されてまいっているし……」

「へえ、あの気丈なローザが。珍しいですね」

「…………」


 そんな時、カウンターの上の電話が鳴った。


「はい、もしもし…………なんだ君か。今ちょうどその話をしていたんだよ。え? ああ、いるよ。ちょっとまって……ほらマオ、ローザが君に話があるんだってさ」

「はい……」

『もしもしマオちゃん? 警部に捜査の協力を頼まれたでしょ?』

「ええ」

『それ、断っても良いからね』

「……何故? 大変な事になっているのでしょう?」

『そうなんだけど、前回の事件はダンジョンに関係していたけど、今回は特に関係ないし……私、あなたの都合も全然考えずに思い付きで言っちゃって……ごめんなさい、突然迷惑だったでしょう』

「…………」

『とにかく、こっちでなんとかするから! まあ私は容疑者だから何もできないんだけど……』

「……この前のケーキ」

『え?』

「あれをまた買ってきてくれるのなら協力するわ」

『マオちゃん……』

「ケーキの量は二倍ね。それと、あの時とは違う種類の物も追加でお願い。シュークリームのようなカスタードクリームを使った物を優先的に選んでくれると助かるわ」

「え、ええ。わかったわ……」


 そう言い終えるとマオは電話を切り、コート掛けに掛けてある白衣を手に取った。袖の中に仕込んである投擲ナイフの確認をしつつ、「ちょっと行ってくるわ」と言った。その様子を見ていたサンドリッジ警部とウィンター刑事はさっと立ち上がる。


「ご協力、感謝致します。ブラウン君はどうする?」

「今回はダンジョンに関係していなんですよね? 僕はやめときます」

「わかりました。準備は宜しいですか? では行きましょう──」



 ***


 

 ──リヨンにあるマオの店から二時間程かけ、再び警部たちはクレルモン=フェランのクラビスの屋敷へと戻ってきた。


「……さて、まずは今回魔法研究所からの応援に来ている人物を紹介しましょう」


 そう言ってサンドリッジ警部はマオを関係者達が待機している広間へと案内する。その広間で待機していた人物たちは皆疲れ切った表情をしており、中の空気もどんよりとしていた。


「カレン君、ちょっと」

「お戻りになられたのね警部さん。あら、その方がローザの言っていた……」

「ええ、こちらマオ・ドーソンさんです。普段は骨董品店の経営やダンジョン研究を行っている方なのですが、以前事件の解決に大きく貢献してくれたことがありましてね。今回も協力してくれることになりました」

「どうも……」

「初めまして、わたくし、カレン・エインズワースと申しますわ。ローザからお話は伺っております。アラン・クリフォードの事件を解決したのはあなたなんですってね?」

「はあ、まあ」

「事件の内容はもうお聞きになりまして?」

「一応来る途中に」

「どうです、何か閃いたかしら」

「今の所なんとも……それに、今回はダンジョンで起きた事件というわけではないので……」

「なんだか頼りないですわねぇ……警部さん、大丈夫なんですの?」

「まあまあ……そうだ、バーナード君は?」

「さっきようやっと寝付いたところですわ。起こします?」

「いいや、大丈夫。じゃあ、まずは……」

「現場を見たいのですけれど」

「わかりました、こちらになります」


 サンドリッジ警部は広間での仕切りをウィンター刑事に任せ、二人を連れて殺害現場であるクラビスの部屋までやってきた。部屋に入ると、マオはまず奥にある窓を確認した。


「事件発生時この窓の鍵は?」

「しっかりと掛かっていました。ほこりが積もっているのを見るに、しばらく開け閉めされていないものだと思われます」

「そうですか」


 続いてマオは、窓のすぐ横にあるブリキ人形が並んだ棚へ近づいていく。


「ドーソン君は骨董品を取り扱っているからそういう物に詳しそうだね。そのブリキ人形は事件に関係ありそうかね?」

「これは、ダンジョン好きの間では有名なブリキ人形ですね。事件に関係あるかどうかはまだ……」

「ダンジョン好きに? どういうことですの?」

「ダンジョンに『動く鎧』っていますよね? その鎧を倒し外へ持ち帰った端材を再利用して作られたものなんです。その中でも、ダンジョンの深い位置で取れた端材で作られた人形はとても高価で、中には1万ユーロを越える物も……」

「たかがブリキに何故そんな値段が?」

「動く鎧には『元々置いてあった鎧に魔力が宿った物』と、『ダンジョンの魔力によって作られた物』の二種類います。前者はただの鉄なわけですからそれ程価値はありませんが、後者の場合、普通の材料では出せない光沢等がありマニアの間ではとても人気があるんです」

「ほう。確かに良く見ると……なかなか渋い輝きを放っているな」

「そうですか? 私にはよくわかりませんが……殿方っていくつになってもそういうの好きですわよねぇ」

「同感です。こういうのを仕入れるといつもすぐ売り切れるんですが、何がいいのかさっぱり」

「ふん。こういうのはな、男のロマンなんだよ、ロマン! ……ところで、どうだいドーソン君。何かピンとくるものは」

「…………何も。事件当時建物内にいた容疑者は全員、ほぼ完璧なアリバイを持っています。では、外部の人間の犯行なのか? といえば、その可能性も低いと思います。セキュリティはしっかりしているみたいですし、こんなに人が来ている時にわざわざ罪を犯すメリットはありません」

「ふーむそうですか……」


 サンドリッジ警部が「はぁ……」と深いため息をついた時、「失礼します」と言ってウィンター刑事が部屋に入ってきた。


「警部、例のエリクシルの件について何ですか……」

「おお、どうだった?」

「ピーター氏はエリクシルを栄養ドリンク替わりに飲んでいたり、自身が病気で治療のために飲んでいた、ということではないみたいですね」

「ほう、では何故机の中に大量のエリクシルがあったのかね?」

「ローラン氏に聞いてみた所、製薬会社に勤めている知り合いから開発中の製品のモニターを頼まれていたらしいです。その知り合いに連絡をしてみまして、確認も取れています」

「新製品ねぇ」

「はい。ピーター氏が飲んでいたのは通常のエリクシルとは違い、ハチミツやローヤルゼリーを配合させた栄養ドリンクに近い物らしいです。それと、アンナ夫人にはこのことを伏せておいて欲しいとも頼まれました」

「何故だ?」

「この開発中のエリクシルには粉末状のハチノコも使っているらしいのですが、夫人の家は昔蜂を使い魔にしていた過去があるらしく……」

「今でも蜂が好きなのか。ピーター氏が死んでしまった今あまり関係ないとは思うが……まぁ夫人には秘密にしておくか」

「…………変ですわね」


 二人のやり取りを聞いていたカレンが、ぽつりとそう漏らした。 


「何か気になる事でもあるのかね?」

「ええ、ピーター氏はハチミツ入りのエリクシルのモニターをしていたとおっしゃいましたよね?」

「そうっすけど……」

「私が机の上の水滴と、足元に落ちていた瓶を確認した時そんな甘い匂いはしませんでしたわ。だからてっきり普通のエリクシルかと……」


 その言葉を聞いて、マオは落ちていた瓶と机の引き出しに入れてあった瓶の匂いを確かめた。


「確かに引き出しに入っている瓶からははっきりとハチミツの匂いがします……それに比べ落ちていた瓶からは何も。つまり、机の下に落ちているのは普通のエリクシルの瓶ですね」

「それは本当かね!? となるとその場合…………どうなんだ?」


 しばし思考を巡らせた後、マオはある事を思いつき警部に質問を投げかけた。


「…………警部、凶器のナイフは今どこに?」

「それなら死体に刺さったまま検視に送ったと思うが……写真は撮ってあるよな?」

「ええ……これです、どうぞ」

「どうも」


 ウィンター刑事から写真を受け取ると、マオはその中でもナイフの柄が写っている物をじっくりと観察した。


「どうだね、何かぴんと来たかね」

「はい。一つ思いついたことがありますので関係者をあの広間に集めて貰っても宜しいですか?」

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