食事会を行っていた広間を出て、階段があるメインホールまで走って15秒、そこから階段を駆け上がり、クラビスの部屋まで走って20秒。計35秒かけて、ウィンター刑事は広間からクラビスの部屋まで移動してみせた。

 三人はまず、2分程度ではあるが一人になる時間があったエリックとジミーとローランについて、犯行は可能なのか検証を行っていた。 


「こんなもんすかね。全速力で走れば5秒くらいは縮まるかもしれませんが、その場合今よりも大きな音を立てる事になります。しかしそういった音が聞こえたという証言はありませんでしたので……」

「では片道35秒で考えてみるか。往復で1分10秒。エリックとジミーの二人は、トイレに行くために離席した時間は2分程度だったと証言している。そうすると殺害を実行するのに使える時間は50秒程度ということになるのだが……」

「何食わぬ顔で部屋に入れてもらい、雑談をしつつ隙を見て背中をナイフでめった刺し。その際返り血を浴びぬよう魔法で防ぐ必要があるから、普通にやるよりも手間取るでしょうね。そして殺害後何らかの方法で外から部屋に鍵を掛けて広間へと戻る……それらを50秒程度で行うのは現実的ではありませんわ」

「トイレに行っていない残りの容疑者たちはそれぞれのグループ内でアリバイを証明しあっている。となるとこの屋敷にいた人たち全員犯行不可能ということになりますよ。外部からの侵入者が犯人ということっすかね?」

「普通ならそうだろうな。しかし、今回は魔法使いによる犯行ということも考えなければいかん」

「それなら例えば…………魔法で脚力を強化してもっと早く移動したとか?」

「それでも短縮できるのは10秒程度ではないでしょうか? 肉体強化の魔法を使ったからといっても光の速さで動けるようにはなりませんわ」

「そうっすか……」


 三人はしばらくの間考えを巡らせた。そんな中、「こういうのはどうだろう」と一番最初に案をだしたのはサンドリッジ警部だった。


「転送魔法を使うんです。扉を現場の近くの部屋に繋げれば移動時間は往復で10秒程度になるのではないでしょうか」

「それだと殺害に使える時間は1分50秒程度になりますね」

「ギリギリ可能な時間かもしれませんが……それだと少し釈然としない部分が出てきますわ」

「というと?」

「移動時間を短縮するために転送魔法を使ったのなら、殺害を実行している間も扉を繋げたままにしていた筈です。その時に誰か他の人が扉を出入りしようとすれば、すぐにばれてしまいますわ。人が多ければ多い程その可能性が高まるのに、わざわざ今日みたいな食事会の日に実行するのは少々不自然かと」

「そうですか……えーと、他にどんな魔法があるんだ? これだから魔法が事件に絡むと手間がかかるんだ……」

「警部さん、この問題はとりあえず棚上げいたしまして現場を調べてみません? 何か解決の糸口が見つかるかもしれませんわ」

「そうっすね、このままだとなんだか埒があかない感じがしますもんね」

「……そうだな、じゃあ現場を調べてみるか」


 サンドリッジ警部がそう決めた後、扉を開けて三人は部屋の中へと踏み入れた。

 部屋の左右は本棚で埋め尽くされており、中央にはローテーブルとソファー二つが配置されていた。そのローテーブルの奥に執務机があり、机の背後に窓という配置である。その窓の両脇にある棚には、色んな種類のブリキ人形が飾ってあった。その人形たちは一つ一つが持っている武器や鎧の装飾が違っており、非常に手の込んだ造りになっていた。そんな光景を眺めつつ、カレンは警部に質問を投げかける。

 

「発見当時、ピーター氏は机に突っ伏した状態だったとお聞きしたのですが」

「ええ、それが何か?」

「もし外部からの侵入者が犯人だったのならと考えてみたんですけれど、その場合少しおかしいな、と」

「…………あっ、そうか。ピーター氏が座っていた執務机は扉と向かい合った場所にあるから、誰かが入ってきたらすぐわかるはずなんすね」

「ええ、それなのに机に突っ伏した状態で殺されたという事は何の抵抗もしなかった事になります。普通、立ち上がって抵抗したり逃げだそうとするはずですわ」

「それは……銃か魔法で動くなと脅されていたのでは?」

「だったらその銃か魔法で殺害すればよろしいじゃありませんの。わざわざ何倍もの労力を要するナイフでの刺殺を選ぶ理由はありませんわ」

「じゃあナイフを突きつけられて脅されたとか?」

「ナイフ相手なら魔法を使えば勝てますわ。よほどの使い手であれば話は変わりますが、基本的には圧倒的なリーチの差があるので魔法が勝ちます」

「それもそうですな。という事は……犯人はピーター氏と顔見知りであり、堂々と部屋に入ることが出来た。そして雑談している途中隙を見てナイフで刺殺。これならどうでしょう?」

「普通執事の方がご案内をするはずなので一人でこの部屋まで来るとは考えにくいですが、よっぽど親しい間柄なら案内無しで入ってくる可能性も無いとはいえない……ですわね」


 その言葉を聞いた瞬間、サンドリッジ警部の顔が明るくなった。


「やはり外部の人間の犯行か! よぉし、早速ピーター氏の交友関係を調査するぞ。その中でも特に親しかった人をピックアップだ」

「了解っす!」


 そんな風に盛り上がっている二人を横目に、カレンは頭の中で考えを巡らせつつ執務机に近づいていった。


(本当に外部犯の仕業なのかしら? 何か釈然としないものを感じますわ……でも、今は他に考えが浮かばないですし……あら?)


 カレンは執務机の上にあるブリキ人形に気が付いた。その人形は血まみれで、握りつぶされたかのように壊されていた。


「あの、警部さん。これは一体……?」

「どれ……ああ、その人形ですか。後ろの棚に大量に飾ってある通りピーター氏のコレクションの様なのですが、詳しい事はまだ確認しておりません」

「警部さんはこの壊れた人形に何か意味があると思いますか?」

「特に無いかと。ピーター氏の死体が発見された時、その人形を握っていたそうです。それは殺される直前にその人形を眺めていたり、手入れをしていたと思われます。そして刺されたショックで人形を強く握りしめ、その結果壊れた……といった所でしょう」

「ああ、それなら知人が犯人だという説の信憑性が増しますね。親しい間柄なら人形の手入れをしつつ雑談、なんておかしくない光景じゃないっすか」

「だろう? カレン君は何か気になるのことがあるのかね?」


 カレンは机の『ある物』に気をとられており、サンドリッジ警部の声は彼女には届いていなかった。


(机の上とブリキ人形に付着しているいくつかの水滴……こんな小さな粒なのに力強い魔力を感じますわ。これってもしかして)


「警部さん、もしかして被害者は殺される直前エリクシルを飲んでいたのでは?」

「ほう、よくお気づきで。机の足元をご覧ください、瓶が落ちているでしょう。ああ、触らないようにね」


 そう聞いたカレンはしゃがんで執務机の下をのぞき込んだ。そこには、青色の瓶が一本転がっている。


「おそらく、エリクシルを飲んでいる所を丁度襲われたのか、襲われてとっさにエリクシルを飲んだのかのどちらかでしょうな。それと、机の一番下の大きい引き出しをご覧になってください」


 カレンは手袋をはめ、引き出しを開いてみた。その中には、エリクシルの瓶がいくつか入っている木箱があった。


「ピーター氏は普段からエリクシルを飲んでいたみたいですな。まぁ、こんな高級な物を栄養ドリンク替わりにするなんて我々一般庶民からすると信じられない話ではありますがね」

「そうかしら? エリクシルならばほんの一口だけでも普通の栄養ドリンク一本分をはるかに超える効果がありますから、意外とコスパは悪くありませんのよ。私も今日、ぐいっと一口キメてからここに来ておりますの」

「そ、そうですか。どうりでうるさ、いや、お元気なはずだ」

「そんなことより、気になるのはエリクシルを飲んでいた理由ですわ」

「ですから、栄養ドリンク替わりに普段から飲んでいた、もしくは襲われた瞬間少しでも助かる確率を上げようと咄嗟に飲んだのでは?」

「それ以外にも何か病気を患っていた、という可能性がありますわ」

「病気? エリクシルには病気を治す効果もあるんすか?」

「胃や腸などの内臓の病気に効果があるみたいです。もちろん、エリクシルだけでは完治できませんから専門の治療と合わせる必要がございますわ。このように常備しているのを見るとそう言った可能性は十分あるかと」

「わかりました。アンナ夫人かローラン氏に確認してみましょう」

「お願い致しますわ……はぁ」


 カレンは浮かない顔をして溜息をついた。


「……何か?」

「いえ、決定的な手がかりが見つからなかったのでつい……」

「そうですか? 外部犯の可能性が高まり我々としては一歩前進出来たと感じたんですがね」

「警部さんは大切な事を忘れていらっしゃるのね」

「大切な事? それは一体」

「鍵です。アンナ夫人とローラン氏がこの部屋に駆け付けた時、部屋の扉には鍵が掛かっていたのでしょう?」


 サンドリッジ警部とウィンター刑事は揃って「あっ!」と声を上げた。


「内部犯にしろ外部犯にしろ、犯行後は速やかに現場から立ち去りたかったはずです。それなのに何故わざわざ扉に鍵を掛けたのかしら……ちなみにお聞きしたいのですけど、ここの鍵を持っていたのは?」

「えーっと……ピーター氏本人とアンナ夫人の二人だけです。事件当時、アンナ夫人が自分の机から鍵を取り出すのをモニカ・フレミング、ロザリア・バーナードの両名が確認しています。ピーター氏の鍵は……机の二番目の引き出しにいつも入れていたと言っていました」


 それを聞いて、カレンは上から二番目の引き出しを開けてみる。中にはペンなどの文房具と一緒に鍵が一本入っていた。


「試してみても宜しいかしら?」

「ええ、どうぞ」


 サンドリッジ警部から許可をとり、カレンは部屋を出て外から鍵を回してみる。その結果、何の問題も無く扉に鍵を掛けることが出来た。


「本物のようですわね」

「ということはその鍵を使わずに、扉に鍵を掛けたという事か……くそっ、『何故鍵を掛けたのか』という事だけでも頭を悩ませているっていうのに全く……」

「あの、その扉って本当に防犯仕様なんですかね?」

「防犯仕様……つまり、クラビス合金が使われているのか、ということですわね? ええ、先程鍵が本物かどうか試す際、魔法が効くかどうか試しましたが全く効きませんでしたわ」

「という事は『魔法で鍵を掛ける』という手段はとれないのか」

「そういや、魔法で物を転送する事って確か出来ましたよね? 机の中から鍵を取り出して扉に鍵を掛けて、その後元の位置に鍵を転送すれば……」

「確かに可能ですけど、あの小さい鍵を机の引き出しの中に転送するには結構な集中が必要です。よっぽどの天才でもない限り2、30秒はかかるかと。なので、そんな時間のかかる手段は選ばない思いますわ」

「そっすか……」

「本来、『密室状態を作り出す』という行動には『鍵を持っている人物に疑いの目を向けさせる』みたいな目的があるのだが……この事件の密室は妙だな。誰にも、何の影響を及ぼしていないんだ」

「唯一鍵を持っていたアンナ夫人には完璧なアリバイがありますもんね」

「おそらく、この鍵の謎を解くことが出来れば事件は解決へと向かうのだと思われます。でも、今の所さっぱりですわね……」


 事件の捜査は完全に暗礁に乗り上げてしまい、三人は深いため息をついた。そんな三人のもとに近づいて来る足音が二つ聞こえ、カレンは音のする方へと向く。足音の主はロザリアと付き添いの警官だった。


「警部、お疲れ様です」

「バーナード君じゃないか、どうしたんだね?」

「いえ、別に……早く目が覚めたので様子を見に」

「目が覚めたって……? おっと、いつの間にかこんな時間になっていたのか」


 サンドリッジ警部が腕時計を確認すると、時刻は既に朝の五時になっていた。


「……あなた、昨日はちゃんと寝たの?」

「ええ、必死に働いているカレンには悪いと思いつつぐっすり寝させてもらったわ」


 そう強がるロザリアだったが、目の下にはクマが出来ていた。


「こっちの捜査は順調に進んでいるから、あなたはさっさと寝床に戻りなさいな」

「嘘よ、さっき三人揃って大きなため息ついていたじゃない」

「えっと、バーナード君、それはだね……」

「ねえ警部。一つ提案なんだけど、マオちゃんに相談してみては如何でしょう」

「マオ……? ああ、ドーソン君か。でも、あの子の専門はダンジョンだろう?」

「だとしても、あの推理力はきっと捜査の役に立つと思うの」

「ふーむ……」

 

 ロザリアからの提案を受け、サンドリッジ警部は腕組みをしつつ目を閉じる。一分程考えを巡らせた後、答えを出した。


「よし、わかった。これからリヨンに行ってあのダンジョン屋に会ってくる。その間カレン君は休んでいなさい。おっと、バーナード君、君もだよ!」

「えぇ、警部本気ですか? 僕ら一睡もしていないんですよ」

「ふん、誰がそんな危ない事をするか。そこの君!」


 サンドリッジ警部はロザリアに付き添っていた警官を勢いよく指さした。


「君、リヨンまで運転を頼んだぞ。私たちは到着まで車の中で仮眠だ、行くぞ!」

「ハッ!」


 かっこ悪い台詞を残し、二人は『ダンジョン探偵』に会うため屋敷から飛び出ていった。

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